【ゲオルク・フォン・フロレスクの手記】


 村人たちや旅芸人たちに囲まれているときに、ふと見慣れない顔があることに気づいた。見事な金髪に、古めかしい衣裳を着ている。

「ブルーノ、あれは誰だ? 新入りか?」

 役者の一人かと思い、近くにいた一座の頭に声をかけた。ブルーノは彼をちらりと見遣り、おかしな顔をした。

「そうです、フロレスク伯。つい最近入ったばかりで」

「そうか。まだ若いようだな。役者か?」

「ええまぁ」

 そんなふうに話していると、彼はこちらに気づいたようだった。

「私のことを話していましたか?」

 人の群を泳ぐようにかき分けて目の前に来た。すらりとした長身は、知っている誰かに似ているような気がした。

「ああ、君、新入りの役者らしいな。名前は?」

「はじめまして、フロレスク伯。クロード、と申します」

 ふんだんにレースを使い、刺繍に飾られた上着を着ている彼が、ゆっくりと頭を下げる。胸に手を当てた仕草は優美だ。

「よろしく、クロード。君はどういうのが得意なのだ?」

「Suiven-moi, que j'aille un pen montrer mon habit par la ville.(ついてきなさい、私の都会風の服装を見せてあげよう)」

 少し驚いた。モリエールの「町人貴族」のジュルダンの台詞だ。

 このルーマニアの地で完璧なフランス語を聞けるとは。

「素晴らしい。あなたの芝居は面白そうだ。楽しみにしている」

 メルシィ、と彼が呟いた。

「ゲオルク!」

 食堂にヘルシング教授が飛び込んでこられた。

「そいつから離れろ!」

 教授がそうおっしゃった瞬間、衝撃が走った。クロードが私の腹を殴り、一瞬意識が遠のいた。

「やはりお前が最初に来たか」

「ゲオルクを離せ!」

「誰が」

 ひょい、と肩にかつぎ上げられるのを感じた。

 布越しに伝わるクロードの体は、ぞっとするほど冷たかった。これが、ノスフェラトゥか。薄れる意識の中必死にもがく。

 教授が何か呪文のようなものを唱えた。

「…お前には我々の力は無意味らしいが…ニンゲン相手にどこまでできるかな?」

 いくぶん苦しげな奴の声とともに、移動する感覚がある。

「逃がすか!」

 ヘルシング教授の声と、笛のような甲高い音が聞こえたところで意識が途絶えた。


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