【ブライアン・シャトーペール隊長の報告書】


 一八八五年一〇月六日


 フロレスク伯とともに比較的軽傷のものたちに当夜の城内の見張りを割り振った後、ヘルシング教授の客間を訪ねた。教授は、薬か何かを調合していらした。アルミニウス教授は姿が見えず、訊ねると城内を見回っているということだった。

 以下、ノスフェラトゥに対する防備その他について、ヘルシング教授の語ったことを書き記す。

「奴らは聖なるものに弱い。十字架、神の絵姿、聖水、聖餅。それからニンニクの臭いを嫌う。気休め程度には役に立つ。ゲオルクが用意しているはずだ。受け取って首にかけておくように」

「はい。……ほかには?」

「今すぐにできることはこれくらいだ」

「わかりました、教授。では」

「待ちなさい。シャトーペール隊長、あんたはフランス人か?」

「………いいえ、私はオーストリア人です。…祖先はそうですが」

「君の祖先がこの国に渡ってきたのは、大革命のときではないかね?」

「…はい、そうです、ですがなぜそれを」

「ガブリエルではないが、私も多少の歴史の心得はある。君の祖先の中に、ルイ・クロード・シャルル・ド・シャトーペールというものは?」

「っ……います。私の、曾祖父の兄にそのような名が…しかしなぜ」

「彼は、非業の死を遂げた、そうだな?」

「はい…ヘルシング教授、いったい…」

「我々の敵は、君の祖先だ」

 正直に言おう、こう聞いたとき私はいったい夢を見ているのかと己の正気を疑った。よりにもよって私の祖先が、ノスフェラトゥになっていると?

「あんたの気持ちは分かる」

 ヘルシング教授が重々しく頷いた。

「だが奴は確かにルイ・クロード・シャルル・ド・シャトーペールだ。フランスから革命を逃れて君の祖先たちとともにハプスプルクに庇護を求め、そうして亡命生活の中で報われることなく死んでいった」

「しかし……」

「奴がこの城を狙ったのは偶然ではない。あんたがこの地にいるからだ」

「私が?」

「そう、国を売った裏切り者の子孫、奴はそう言っていた。最初はフロレスクのことかと思ったが、彼の一族はこの地を治めて長い。奴がことさらにこの地に執着したのは、あんたの連隊が駐屯しているからだ」

「……そんな」

 頭がくらくらした。この惨劇は、私がこの地にいるから、だなど、そう容易に信じられることではない。けれど教授の目は真実だと語っていた。

「先に伝えておいたのは、あんたがこの先どうするかを自分で決めてもらうためだ。あんたはあんたの先祖を滅ぼす勇気があるか?」

 非業の死を遂げた先祖。ルイ・クロード・シャルル・ド・シャトーペールは、国王を処刑した革命政府を恨み、捨ててきた領地や財産を取り返すため、反乱軍に参加したいと望みながらも、病により果たされなかったと聞いている。その祖先が、不死者になっていた。

 私に、滅ぼせるのだろうか。昼間のような行為を。

「…やります」

「もしあんたが、自分の力を越えたことだと感じたなら…」

「いいえ、これは私の役目です。彼の…子孫として」

 ヘルシング教授は、しばらくの間私の顔をじっと見ていた。

「わかった。これを渡しておく。あんたの手で葬りなさい」

 教授は、鞄からあの銀の杭を取り出した。

 受け取ると、昼間以上に重く感じた。

「…奴は、外見はあんたに似ている。だから近親の誰かを思い出すかもしれないが」

「大丈夫です、教授。ありがとうございます」

 溜め息をついてから、教授は私の前で十字を切った。司祭が祝福を与えるような動きだったが、その表情はとても重々しかった。


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