【ガブリエル・アルミニウス教授の手記】
ヴァンパイアどもを始末しながら、合間にエイブラハムに訊ねてみた。
「なぁエイブラハム、こいつらの大本は何だと思う」
「歴史学は私の専門外だ」
「わざわざ奴らに捕まりにいったくせに」
若者たちには聞こえないよう言ってやると、奴は小さく溜め息を吐いた。
「気づいていたのか」
「当たり前だろう。いくら噛まれる可能性が低いとはいえ…無謀だ」
「奴はこの地のものではない。それに比較的新しい」
私の苦言を無視するのは、奴のいつものことなのでこちらも気にならない。しかし、奴の中でまだあの出来事が影を落としているのかと思うとやりきれない。もう妹の…ロザンヌのことは忘れろと言ってやりたい。だが奴は拒むだろう。私には、ただそっと見守るしかできない。
「ヴァンパイアたちは奴を“メートゥル”(la maeitre)と呼んでいた」
「フランス語か」
「ああ。服装などからも勘案すると…大革命の時に逃げてきたエミグレ(亡命貴族)かもしれん」
「ふぅむ」
「そう考えれば、奴の目的は見えてくる。狙いはフロレスク伯の領土だ」
「領主に返り咲こうというわけか」
「他人のものを奪ってな」
道理で、と息をつく。奴らは組織立った動きをすることは少ない。人間とは違う論理で動く奴らの次を予測することは難しい。
しかし、目的さえわかれば防ぐことも倒すことも容易になる。
「奴はどこにいる」
「わからない。彼らに私を投げ与えて姿を消した。おそらく故郷の土を入れた棺がどこかに隠されているのだろう。だがまずは…」
「ああ、そうだな」
次のヴァンパイアを振り返る。もう何体を滅ぼしただろうか。
何度体験しても慣れることはない。
肉を裂き骨を砕く感覚が腕に伝わり、気を抜けばがたがたと震えだしそうになる。エイブラハムは私を剛胆だと言うが、こういう場面では奴の方がよほど肝が据わっている。きっと手術で血の色や臭いに慣れているのだろう。
なるべく何も考えないように手早く片づけていくと、気がつけば数時間が経っていた。途中でフロレスク伯やシャトーペール隊長と交代し、作業を続けた。すべて終わる頃には、ランタンの油がほとんどなくなりかけていた。
「ヘルシング教授、これで奴らはもう蘇らないのですか?」
飛び散った血飛沫を拭いながら、シャトーペール隊長が訊ねる。
「ああ、本来なら首をはねておくべきだが……今日はもう遅い。そろそろ奴が動きだす」
「奴?」
「こいつらを操っていた張本人。あと二時間ほどで目覚めるだろう。早く城に戻らねば」
急ぎ洞窟の入り口へ戻って、再び馬に乗った。暗くなり始めた森の中で余計に疲れて見えるフロレスク伯を気遣ってか、エイブラハムは奴と馬に乗って自ら手綱を取った。
城に戻ると使用人たちに血みどろの姿を驚かれたが、大事ないと伝え風呂を借りた。全身の血を洗い流しさっぱりした衣服に着替えてから、城の大食堂に集まった。
シャトーペールの隊や、フロレスク伯の私兵たちも食卓に着いていて、かなり雑然とした印象だった。
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