【ガブリエル・アルミニウス教授の手記】


 盗賊団の討伐はあっさり終わった。昼間かなりの痛手を受けていたから無理もなかろう。首領を取り逃がしたが、捕まえるのも時間の問題だ、というのが騎兵連隊長の話だった。

 このシャトーペールという連隊長もなかなか面白い男だ。もともとはフランス人の傭兵のようだが、とにかく陽気でゲルマン系の騎兵たちをよくまとめている。フロレスク伯より若いらしい彼を、多くのものが慕っているのがわかる。このような男がいるなら、このあたりは大丈夫だろう。

 そんなことを思いながらの帰り道、奴らが現れた。

 最初は盗賊団の残党かと思った。暗がりから飛び出し、直接襲いかかってきたらしい。

 隊列が乱れたことに、シャトーペールが大声で状況を確認していた。

 そのとき、炬火の向こうに人影が照らし出された。濁った瞳と尖った牙が光に浮かび上がる。

 ぞっとした。奴らだ。

「逃げろ! フロレスクの城へ!」

 叫ぶと馬と兵士たちがパニックを起こした。

「アルミニウス教授、あれは…」

「説明してる暇はない! あれに捕まるな!」

 馬を駆りながら森の外を目指す。

 おそらく、盗賊団の死んだものたちだろう。考えたくはないが、奴の眷族にされたのだ。敵を甘く見ていた、と馬上で歯噛みする。

 ふと、エイブラハムはこれを知っていたのではと思い至った。

 そういえばしきりと盗賊団の出現時期を気にしていた。だから早い討伐を提案したのか。

 幸い奴らの動きは遅い。これなら振り切れる。

 そう安堵したのも束の間、前方に人影が見えた。援軍かと思ったが様子がおかしい。

 いななきとともに馬が棒立ちになる。振り落とされまいと必死に鞍にしがみつく。まずい、と背中を冷たいものが流れる。

「…囲まれた」

 シャトーペール隊長が呟いた。我々は、ぐるりをヴァンパイアの群に囲まれていた。

「なんなんです、こいつらは…」

 低いうなり声をたててこちらの様子を伺っている。フロレスク伯も我々を見つけて馬を寄せてきた。

「フロレスク伯、これが奴の手下です」

「…ではまさか」

「どういうことです」

「隊長、やつらは人ではない。だがこちらの攻撃も多少は効くはずだ。とにかく撃って撃って撃ちまくるのです」

 こんなときに専用の武器を何一つ持ってきていなかった自分を殴りたいが、今はこの窮地を脱する方が先だ。

 恐怖に駆られて暴れようとする馬をなだめながら、奴らの眉間に狙いを定める。銀の弾丸でないただの銃でも、一時的に動きを止めるくらいはできる。

「撃て! とにかく撃て!」

 叫びながら撃ち始めると、兵士たちも少しは我を取り戻したか、銃声があがりはじめた。すぐに耳をつんざくほどの轟音になり、我々を囲んでいたうちのいくらかは怯んだようだった。

「今だ、突破しろ! 隊長、あんたが先導してくれ!」

「わかった! こっちだ!」

 囲みを飛び越え、シャトーペールが森の出口へと向かう。

 雪崩を打って騎兵や歩兵たちが、囲みの崩れに殺到していく。

「フロレスク伯、あんたも!」

「私は残る! あなたをお守りするものが…」

「私はいい!」

 兵士たちを逃がす時間を稼ぎながら声を飛び交わせる。

 ただの鉛の弾での攻撃に、そろそろ奴らも慣れ始めている。それに、奴らを操っているものが近くにいるはずだ。それを叩かないうちはキリなく戦う羽目になる。

 弾を込めなおしながら内心焦っていると、突然ぎゃっと悲鳴があがった。

「ガブリエル! ゲオルク!」

 炬火が目を焼いた、と思ったのは気のせいで、奴が掲げていた大きな十字架が反射する光だった。片腕で馬を器用に繰りながら、人の背丈の半分はあろうという十字架を支えている。

 たぶんフロレスク城の霊廟か、近くの教会か墓地から持ってきたのだろう。

「エイブラハム! 戻ったのか!」

 奴は手綱を持った手の瓶の中身を周囲に振りまきながら、こっちへ駆け寄ってきた。

「聖水で怯んでる隙に!」

「助かった!」

 我々のすぐ横に馬をつけ、奴が手綱を引く。馬首を巡らせて、ヴァンパイアどもに向け高々と十字架を掲げた。

「去れ、闇のものよ!」

 さらに聖水を振りかける。

 奴らは完全に足を止め、混乱しているようだった。殺気立った気配は薄まり、その隙にと兵士たちを逃がす。

「エイブラハム、我々で最後だ。行くぞ!」

 声をかけると、こくりと頷いて鐙を蹴った。

 その瞬間。

「…エイブラハム!」

 奴らの中から何かが飛び出してきて、エイブラハムに襲いかかった。背後から「それ」にしがみつかれたエイブラハムが闇の中に落ちるのが見えた。

「エイブラハム、どこだ!」

「ガブリエル、行けっ!」

 それが、最後に聞いた奴の声だった。

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