【ゲオルク・フォン・フロレスクの手記】


 途中賊の襲撃を受けたが、なんとか振り切り、お二人を城に案内できた。客間に荷物を置くと、旅装も解かずに教授は息子に会いたいとおっしゃった。私も息子のことは気がかりだったので、すぐに三人で部屋に向かった。

 途中、リヒャルトとすれ違った。

「あれが君の弟君のリヒャルトだな?」

「ええ。何か気になることでも?」

 もしかしてリヒャルトも犠牲になっている兆候でも見つけたのだろうかと焦ったが、教授は眉間に深く皺を寄せたまま首を振るだけだった。

 ラドゥの部屋には、妻か女中が必ず付き添うようにさせていた。

 私たちが部屋に入ると、ラドゥに本を読んでいた妻が振り返った。今日は起きあがれるほど調子がいいらしい。部屋の中は出たときと同じくニンニクの香りでむせかえっている。十字架や主の絵姿も、変わった様子はない。

「何かあったか?」

「いつも通りです。そちらが…?」

「ああ、こちらがヴァン・ヘルシング教授。それからこちらがアルミニウス教授。教授、妻のヘレナです」

「はじめまして、マダム・フロレスク」

 ヘルシング教授が妻の手にキスをし、アルミニウス教授もそれに続いた。

「ラドゥに話があるのだ、しばらく席を外していて…」

「いえ、奥方にもいてもらいましょう」

「教授?」

「まずは診察を」

 教授の意図はわからなかったが、私たち夫婦はソファに座り、教授の診断が終わるのを待った。その間アルミニウス教授は、ラドゥの部屋をあちこち歩き回って、なにやら調べていた。

「おかしいぞ、エイブラハム」

「どうした」

「こいつは奴の仕業じゃない。困ったな、奴の痕跡がどこにもないぞ」

「そうだろうな」

 ラドゥの体を調べながら、ヘルシング教授が返す。

「そうだろうなって、お前さん、予想してたのか?」

「言ったろう、奴の…奴らの仕業にしては腑に落ちない点がいくつもある」

「それはそうだが…」

「それに決定的なのはこれだ。この傷は、奴らのつけたものではない」

 アルミニウス教授が慌てて近寄り、息子の首筋を覗き込み、唸り声を漏らした。

「教授、どういうことです? 奴の仕業では…ノスフェラトゥではないのですか?」

「幸いなことに…いや、もしかしたらあなたには不幸なことに。ご子息の体調不良は闇のものの仕業ではない」

「しかし……」

「奴のつけた傷なら、一度見れば忘れっこないし、見間違えるはずがない。これは、人の手によってつけられたものだ。弟君も同じような傷だったと言ったな?」

「……はい」

 もう一度、私はラドゥの首筋に付いた傷を見てみた。ふちが少し盛り上がり、白くふやけている。 父に聞いた、ノスフェラトゥ(不死者)の犠牲者の傷と寸分変わらないように見える。

「ゲオルク、父上が不死者について話したのを聞いたことがあるものは?」

「私たち兄弟には時折。母にもしたかもしれません。ですがあとは……」

「…ところで、花壇の管理は誰が?」

「ずっと昔から母が」

「…そうか」

 そういったきり、ヘルシング教授はじっと考え込まれてしまった。

 一瞬、グロスターという言葉が聞こえた気がした。

「教授?」

「…………少し、時間をもらいたい。この城の人間一人一人に話を聞かせてくれないか」

「それはかまいませんが…奴の仕業でも、病気でもないなら…」

「結論はまだ話せない。だが、………君にとってつらいことになるかもしれない、その覚悟はしておいてくれ」

「………はい」

 客間に、手の空いたものから来るよう伝えてくれと言われ、ヘルシング教授とアルミニウス教授は我々親子をおいて出ていかれた。と思ったら、すぐにヘルシング教授が顔を出された。

「奥方、ご子息から目を離してはなりませんぞ」

 警告するように人差し指をたててから、返事する間もなくすぐに引っ込んだ。城の人間を疑っていらっしゃるのだ。


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