【ガブリエル・アルミニウス教授の手記】


 旧友エイブラハムの呼び出しを受け、ビストリッツ駅で合流。馬車でフロレスク伯爵の城へ向かう。

 道中、かいつまんだいきさつは聞いたが、フロレスク伯爵の弟君が例の病にやられ、今ご子息まで同じく苦しめられているということだった。特徴も一致するし、間違いないだろうとは思ったのだが、エイブラハムの意見は違うらしい。しかし自分の考えは言うつもりがないという。相変わらず慎重というか、確信が持てるまではなにも言う気はないらしい。しかしどちらにせよ、我々の仇敵が相手なのだろうから、どのみち骨が折れる仕事だろう。

 準備はすでに整えてある。あとは城で奴の証拠を見つけ、奴を追いつめるだけだ。

 そう思っていたとき、突然銃声が聞こえた。その直後急に馬車の速度が落ちた。

「どうした?」

 窓から顔を出して驚いた。我々の馬車は寂しい森の中を走っていたはずだが、いつの間にやら周りを裸馬に乗った荒くれどもに取り巻かれている。おおよそ十人以上はいるだろうか、銃を向けてきている。

「なんだこいつらは」

「最近このあたりを荒らしている盗賊団です。金目のものがあると思われたんでしょう。突っ切るしかない」

「おい、御者がいないぞ」

 伯爵が青ざめた堅い顔で言うと、別な側から顔を出していたエイブラハムが声を張り上げた。逃げたか、引きずりおろされたかのどちらかだろう。待ち伏せでもしていたのだろう、道理で先程からやけに車体が左右に振れると思っていたら、エイブラハムが自分のいる側の扉を開けた。

「ガブリエル、どうやらあんたお得意の荒事のようだぞ。こっちは頼んだ。ゲオルクは銃をもっているな? 私は手綱を」

 馬車の天井を掴んで体を持ち上げ、そのままひらりと視界から消える。屋根を物音がして、すぐに前方に移ったから、御者台に移れたのだろう。すぐに馬車の速度が上がる。

「伯爵、そちら側は任せても?」

「……大丈夫です」

 伯爵が銃を手に、緊張の面もちで頷く。

 エイブラハムが開けていった扉を閉め、窓を睨む。敵も一気に距離を詰めてきた。

 私も銃を取り出した。最近手に入れた連発できる銃だ。

「伯爵、できるだけ引きつけてからお撃ちなさい」

 窓から敵を睨みながら声をかける。はい、という声が聞こえたから大丈夫だろう。

 敵の数はざっと二十人。向こう側にもいるからその倍にはなるだろうか。

 ときおり、短い「ハッ!」と馬を駆るエイブラハムの声が聞こえる。

 そろそろ敵の顔もはっきり見える距離になった。一人一人が銃を手にし、止まれと威嚇するように馬車を銃弾がかすめていく。撃鉄をあげ、狙いを定めた。近い順に馬を狙う。

 六発撃ち尽くすと頭を引っ込め弾を込める。伯爵の方は古い銃で、一発撃つごとに込め直さなければならないらしい。

「伯爵、こちらを。私の方が銃には慣れている」

 声をかけると、ありがたいと差し出された。伯爵の銃は宝石類に飾られた、実用性に乏しいものだ。幸い銃弾は共通で使える。

「この先森を抜ければ城まではもう少しです」

 二人で両手に余るほどの敵を倒した後だろうか、伯爵がこう言った。頷き、窓から身を乗り出す。

「エイブラハム、森を抜ければ助かる!」

「わかった」

「馬はもつか?」

「馬より先にへこたれないでくれたまえ」

 切羽詰まった状況だというのに、奴の声はあくまで落ち着き払っている。腕力こそないが、彼のこの剛胆さには舌を巻く。

 もう一鞭くれ、馬車の速度がまたわずかにあがった。

 敵の数ももう数人を残すのみ。突破できる、と思ったそのとき、馬車ががくんと傾いた。

「っ!」

 目の端に、ばらばらになって転がる車輪が見えた。敵の襲撃に、車輪の方が耐えられなかった。

「ガブリエル!」

「車輪が壊れた!」

「前へ! 馬に乗れ!」

「わかった。伯爵、いけるか?」

「…ああ」

 馬車の屋上へよじ登る伯爵に手を貸し、次いで自分も上った。振り返ると、こちらの危機に勢いづいたのか、十人にも満たない賊どもが銃を構えている。伯爵が馬に乗り移るまで応戦したが、馬車の上にいてはいい標的だ、腕や頭にいくつか痛みを感じた。

「ガブリエル、早く!」

 振り返ると、長柄の部分でエイブラハムがバランスをとっている。四頭のうち一頭には伯爵が跨り、別の一頭の轡をエイブラハムがとっていた。御者台の後ろに置いてあった奴自身の鞄は、別な馬の背にくくりつけられている。

 エイブラハムの手を借りて馬に跨り、ハーネスをはずす。すぐにエイブラハムも鞄を乗せてあった馬に飛び乗った。手綱を取り、馬の腹を蹴る。

「森の出口まであと少しです!」

 伯爵が振り返って叫んだ。そのまま、裸馬を操り三人で森の出口を目指した。馬たちも我々も滝のような汗をかいていた。

 伯爵の言うように、すぐに森を抜けた。川を渡り振り返ると、賊の姿は消えていた。

「…………助かったようだな」

 馬を止め、息をつく。汗を拭うと、袖にべっとりと血が付いた。

「ガブリエル、撃たれたのか」

 近寄ってきたエイブラハムが眉を寄せた。かすり傷だと言っておいたが、奴は溜め息をついた。相変わらず心配性だ。

「もうすぐ城につきます。そこで手当を」

「ああ。ガブリエル、そこまでもつな?」

「何時間でもかまわんよ」

 そうして我々は、フロレスク伯の居城に招き入れられた。

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