第14話 アレイシア学院 雪模様 3

 昼食を食べ終わって午後になった頃には、クレアのスキーはかなりの上達を見せていた。

 緩い坂を見れる格好で滑れるようになっていた。


「どう? あたし上手くなったでしょ」

「ああ、人類の進化を目にしている気分だよ」

「やっとスタート地点といったところですわね」

「カミトの教え方が上手いのよ」


 リンスレットとレスティアの評価も好意的だ。


「じゃあ、そろそろ上の方にも行ってみようかしら」


 クレアが見上げた時だった。上の方から何やら騒ぎが聞こえた。

 何かに追い立てられるように人々が一斉に降りてきた。


「魔精霊が出たぞー! みんな、避難するんだー!」

「魔精霊だって?」


 カミトはそれを知っていた。

 魔精霊、それは精霊の中でも異形の存在で、決して人の手では手懐けられない危険な存在だ。

 遠く離れて姿は見えなくてもその異質な力の大きさは肌に強く感じることが出来た。


「まずいなこれは。俺達も避難するぞ!」


 カミトはそう決断するのだが、


「あたしのレベルアップした力を見せる時が来たようね」

「逃げるなどわたくしの流儀に反しますわ」

「やっぱりそうなるか」


 クレアとリンスレットはやっぱり乗り気だった。

 レスティアはそれを面白そうに見ていた。


「カミト、頑張ってね」

「ああ、頑張るよ! 仕方ねえ!」


 仲間を置いて班長だけ逃げるわけにもいかない。カミトも戦う覚悟を決めた。

 やがてゲレンデの頂上に魔精霊が姿を現した。

 それは巨大な雪の玉を二つ縦に積み重ねたような体をしていた。頭には斜めになったバケツを被り、顔には黒い丸い目と純粋な笑みを浮かべる黒い口があった。首にはマフラーを巻いている。

 それは巨大な雪だるまの姿をしていた。


「あいつが雪の魔精霊か!」


 姿は間抜けそうだが力は強そうだ。それに何より体が大きい。

 ゲレンデの頂上に立っているだけで、それは違和感と畏怖を与える存在だった。

 だが、クレアとリンスレットは物怖じもせずに立ち向かう。怖い物知らずの奴らだった。


「雪には炎ね。消し炭にしてやるわ!」


 クレアは鞭に炎をまとわせて大きく振った。だが、それは相手に届くこともなく、ずっと手前の雪の坂道を叩いただけだった。

 鞭の炎で周辺の雪が少し溶けた。

 こちらはゲレンデのふもとで相手は頂上にいるのだ。

 炎で多少距離を延長出来るとはいえ、鞭の長さで届くはずもなかった。

 クレアは地団駄を踏んで文句を言う。


「もっと近づいてきなさいよ!」

「いや、相手に行っても無駄だろう」


 敵が自分の有利な地形を放棄するはずがない。

 魔精霊は様子を見ているのか興味が無いのか動くそぶりを見せない。


「わたくしに任せなさい」


 今度動いたのはリンスレットだった。氷の弓を構えて、ゲレンデの頂上に立ち続ける巨大な雪だるまを狙った。


「いや、雪に氷は」


 効かないだろうとカミトは思ったのだが。

 リンスレットが矢を放つ。

 だが、それは効く効かない以前に途中で失速し、また届きそうになかった。

 相手のいる場所が高いのだ。弓でも不利な位置取りだった。


「あんたの矢も届いてないじゃない!」

「高いんですもの! 降りてきてひざまづきなさいよ!」


 リンスレットは地団駄を踏んだ。それで何かが変わるとも思えないが。

 すっかり勢いを無くした氷の矢は雪だるまの足元に落ちていった。雪だるまは滑って転んだ。


「「おお!」」


 みんなは驚きと興奮に目を見張る。


「ま、まあ狙いとおりですわね」


 リンスレットは髪をかきあげて自慢げに言うが、ことはそれだけでは済まなかった。

 転んだ雪だるまがそのまま横になったまま坂道を転がり落ちてきたのだ。

 その巨体の迫る勢いに一同はパニックになった。


「危なーい!」

「何とかしなさいよ!」

「あなたが何とかしなさいよ!」

「詰めが甘いわね。カミト」


 慌てる一同の前に静かに歩み出たのはレスティアだった。


「おお、レスティア。お前が何とかしてくれるのか。頼む」


 レスティアは転がってくる雪だるまに向かって片手をかざした。

 彼女の力なら大丈夫だ。カミトはかつての相棒として彼女の力を信じていた。

 雪だるまが迫ってくる。その体当たりを受けてレスティアの体は空中高く吹っ飛んだ。


「って、何でやねん!」


 カミトは慌てて跳躍して、彼女の体を空中高くでキャッチした。

 雪だるまの着地で巻き上げられた雪の中にクレアとリンスレットは飲み込まれていった。

 と思ったら、顔を出して怒りの声を上げてきた。二人とも大丈夫そうだ。

 エストは精霊としてカミトの中に戻っていた。

 カミトはみんなの無事を確認して、意識を腕の中のレスティアへと戻した。

 彼女はいたずらをした子供のように笑っていた。


「危ない危ない。危うくあなたの見せ場を奪ってしまうところだったわね」

「そんな余計な気は回さなくていいんだよ!」


 カミトは着地し、彼女の体を下ろした。

 レスティアは笑みを浮かべたまま、少し離れて立った。


「見せてくれる? 今のあなたの力を。どれほどの物か」

「そうだな。あんな雪だるまの攻撃を受けてまで見たいってんなら見せてやるぜ。来い! エスト!」


 呼びかけ、エストの姿が剣となってカミトの腕に現れる。

 それは人が振るうにはあまりにも巨大な剣、魔王殺しの聖剣だ。

 カミトは精霊の力と同調し、その剣を起き上がった雪の魔精霊へと向けた。

 レスティアは冷めた眼差しでカミトを見つめた。


「その剣が今のあなたの力なのね。だとしたら興ざめもいいどころだけど」

「まあ、見ていろよ。これが今の俺のスペシャルパワーだ!」


 カミトは疾走し、一気に距離を詰める。

 立ちはだかる雪の魔精霊の頭より高く跳躍し、剣を一閃した。

 雪の魔精霊はただ一撃で両断され、その姿を消滅させていった。


「フッ、決まったぜ」

「何が決まったぜよ! あたしの見せ場を取るんじゃないわよ!」

「そうですわ! 降りてきたこれからが本気の見せどころでしたのに! もう! この!」

「いてて、叩くなよ、お前ら」

「カミト、雪が」

「え……」


 戦闘が終わって人の姿に戻ったエストが指をさす。そこの雪が溶けていく。

 いや、そこだけではない。

 見渡す景色全体から雪が消えていっていた。


「雪はあの魔精霊が起こしていたようね」


 レスティアが見上げて呟く。

 空は青く澄み渡り、春の日差しが注いでいた。

 レスティアはその黒い瞳をカミトに向けて微笑んだ。


「スキーが出来なくなったのなら、もうここには用は無いわね。また会いましょう、カミト」

「ああ、またな」


 そう言い残し、レスティアは姿を消していった。



 束の間だった雪の季節が去り、学院にはまた元の生活が戻ってきた。

 カミトは相変わらずみんなに困らされながらも平穏な毎日を送っている。


「まあ、それも悪くはないさ」

「消し炭にするわよ!」

「カミトはわたくしの下僕ですのよ!」

「あたしの奴隷精霊だって言ってんでしょうがー!」


 教室ではクレアとリンスレットがまたつまらないことで喧嘩している。

 炎と氷が飛び交っている。

 どうでもいいが周りに被害を出すのは止めてほしい。責任を取るのは俺なんだから。


「暑くなったから服を脱いでみた」


 エストが久しぶりに脱いでいた。止めてほしい。周りの女子の視線が冷たいから。


「カミトってやっぱり変態じゃ……」

「鬼畜紳士だわ……」


 ほら、また噂がぶり返してきた。最近やっと収まってきていたのに。


「お前らはまた問題を起こしているのかー!」


 頭を悩ませていると、騒ぎを聞きつけたエリスと騎士団がやってきた。

 カミトは我慢出来なくなって立ち上がった。


「だから、俺は悪くないって言ってるだろーーーー!」


 学院は今日も平和だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

精霊使いの剣舞 二次創作 けろよん @keroyon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ