第10話 カミトがこたつをゲッツした件について 2

「あったかあ」


 こたつはとろけるようなぬくもりをカミトに与えてくれた。

 ただそれが部屋の中央にあるだけで部屋全体が優しいぬくもりに包まれていくような感覚がする。

 カミトがそんな幸せなぬくもりにほんわかしていると、家のドアを開けてクレアがやってきた。


「あんたの面倒を見てあげるのはあたしぐらいなんだから感謝しなさいよね」

「どうしたんだ?」


 カミトは顔を上げて訊ねる。


「寒いだろうから火を付けてあげようと思ってきたのよ。温まるわよ」

「止めてくれ。火事になるから。今はこのこたつがあるからいいよ」

「何よ? こたつって」


 どうやらクレアは知らないようだ。カミトは教えてあげることにした。


「人類の生み出した素晴らしい発明さ。お前も入ってみるか? あったかいぜ」

「本当に? 怪しいわね」

「何も怪しくはないぞ。俺だってこうして入っているだろう?」

「む~」


 クレアは訝る視線で見つめながらこたつの横へと回り込み、警戒しながら片足を入れ、そしてすぐに両足を滑り込ませた。


「ほわー」


 その顔が幸せそうに緩んでいる。

 こいつのこんな顔、初めて見たかもしれない。

 カミトがそう思っていると、続いてリンスレットがやってきた。

 来ると思った。本当に仲の良い二人である。


「カゼハヤ・カミト、このわたくしが寒がりの哀れな下僕のためにあったかいココアを入れてきてあげましたわよ。おや、それは」

「ああ、これはな」


 カミトは教えようとするが、それより早くリンスレットが答えていた。


「こたつではありませんか。それもとても庶民には手の出ないような最高級の」

「え? これってそんなに良い物だったのか?」


 どう見ても普通のこたつにしか見えなかったが。

 どうやら学院長はかなり奮発してくれたようだった。それはそのまま大きな借りを返せという催促でもあるわけだが。

 まあ、今が幸せならいくらでも返してやるさ。カミトはそう決断する。

 リンスレットは身を乗り出して訊ねてきた。


「これはどうしたんですの?」

「学院長からゆずってもらったんだ。お前も入っていくか?」

「いいんですの?」

「俺とお前の仲だろう」

「では、お言葉に甘えて」


 リンスレットは持ってきたココアを横に置いて、実に慣れた動作でこたつに入った。

 その顔がすぐに緩んだ。


「ふわー、最高品質」

「良い気持ちだろう」

「ええ、とっても」


 そんな幸せそうな彼女を対面に座っているクレアが睨んできた。


「早くココア入れなさいよ。気が利かないわね」

「別にあなたのために持ってきたわけじゃありませんのよ」


 不満そうに言いながらもリンスレットは人数分のココアを入れてくれる。そのコップをこたつの上に並べた。

 三人でそれを飲む。

 クレアが疑問を口にした。


「そう言えば今日はあのメイドは来てないの?」

「まさか風邪を引いたとか?」

「いいえ、お嬢様頑張れと言われて笑顔で送り出されました」

「何を頑張るんだ?」

「さあ?」


 リンスレットも知らないようだが、どうせどうでもいいことなのだろう。

 しばらく無言の時が流れる。ココアを飲み終わってクレアが無茶ぶりをしてきた。


「何か面白い話をしなさいよ」

「そうだなあ」


 カミトは少し考え、前に聞いたことがある物語を話すことにした。


「これは昔々の話なんだがな。お婆さんが川で洗濯していると上流から大きな桃がどんぶらこどんぶらことと流れてきたんだ」

「へえ、大きな桃がねえ」


 クレアはあまり興味が無さそうだったが聞いてくれる。カミトは話を続けた。


「ただの桃じゃないぞ。これぐらいの大きさのあるとても大きな桃なんだ。お婆さんはそれを持って帰ろうとするんだが……」


 そこまで話したところで横から寝息が聞こえてきた。

 カミトは話を中断させて横を見た。

 見るとリンスレットが幸せそうに寝ていた。クレアも背筋を伸ばしてそのだらしない顔を見た。

 カミトはリンスレットの肩を揺さぶって呼びかけた。


「なんか静かだと思ったら。おい、こんな所で寝るなよ。起きろー」

「気持ちよさそうな顔をして。こいつ、寝てるのね」

「どう見てもそうだろう」

「よし」


 クレアは立ち上がった。その手にはマジックが握られていた。

 カミトは嫌な予感しかしなかった。


「おい、何をするつもりだ。止めろよ。かわいそうだろ」

「そうね。また騎士団に目を付けられて反省文を書かされても面倒だから、額に肉と書くだけで勘弁しといてやるわ」

「まあ、それぐらいならいいか」


 カミトが見守る前で、クレアはゆっくりとリンスレットの額にマジックを近づけていく。

 その先端がもう少しで触れると思った、その時!

 いきなりリンスレットがむくりと起き上がった。まるで幽体離脱を見ているようだった。


「わぎゃ!」

「いぎゃあ!」


 額をぶつけあって二人は倒れた。


「おい、大丈夫か?」

「痛あい! なんですの!」

「いきなり起き上がるんじゃないわよ! この石頭!」

「何やってるんだか」


 石頭はお互いだ。リンスレットも今のですっかり目が覚めたようだ。

 二人は涙目になって額をさすりながら、自分達の席に座り直した。

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