第7話 カミト、チェンジする 2

 休み時間の教室では生徒達がそれぞれに賑やかな雑談に華を咲かせていた。

 ここは女子高。生徒達ももちろん全員が女子だ。

 カミトは入り口から中の様子を伺った。

 席に座ったクレアの前で何やらリンスレットが自慢話をしているようだった。

 カミトは耳を澄ませることにする。


「前のスライムの件ではこのわたくしも自分のいたらなさををいたく実感いたしましたわ。そこでトレーニングをしてきましたのよ。天才であるこのわたくしがトレーニングをですよ! この屈辱!」

「あっそう、あんたいつも頑張ってるじゃない」

「そんな生易しいものではないのです!」


 あ、メイドのキャロルが現れた。


「私もお嬢様のトレーニングの相手を務めて何度も死の寸前まで行きました。実にありがたいことです!」

「どうでもいいんだけど」


 そうだ、こんなどうでもいい話を聞いている場合じゃない。早く二人に協力を取りつけなければ。

 カミトは思い切って教室に足を踏み入れることにした。

 リンスレットはまだ話し続けている。


「わたくしも随分と強くなりましたし、今度何かが現れた暁にはこのわたくしのゴールデンなパワーであなたのやる気をなくしてさしあげますわ」

「ふーん、まあせいぜい頑張りなさいよ。それにしてもカミトは遅いわね。いつまであたしを待たせる気かしら」

「ちょっといいか」


 カミトは彼女達の元に辿りついて声をかけた。少女達の視線がカミトに向かう。

 その瞳はいつもと違う物を見ていた。カミトは気まずさを感じる。


「学院長?」

「何か困りごとですの? 何でしたらこのわたくしのゴールデンなフリーズパワーで立ちどころに粉砕してみせますわ」

「いや、困るっていうか。チェンジしてしまってな」

「え?」

「あ」


 その時、カミトは再びあの引っ張られるような力を感じた。

 それが収まり気が付くとカミトの前には学院長がいた。学院長は自分の両手を見て何かを感じているようだった。

 もう二度目だったカミトはすぐに事態に気が付いた。

 リンスレットになっていた。さっき目の前にいたから入れ替わってしまったのだ。


「あの薬まだ効いていたのかよ!」


 どうやら薬の効果は肉体ではなくカミトの精神に紐づけされているらしい。そして、その効果はまだ続いている。

 カミトは驚いたが、だとしたら話は早い。

 さっさとグレイワースを捕まえてチェンジすればいいのだ。それで今回の事態は解決だ。

 しかし、その前にやることがあった。


「悪いな、リンスレット。すぐに元に戻すからな。チェおわっと!」


 いきなりリンスレットが両腕を振り上げたのでカミトはそれを避けた。

 彼女の顔には歓喜があった。


「この溢れ来る魔力は何ですの。今わたくしは無限の力を手に入れたのですわー!」

「ちょっと落ち着けよ! おい!」

「さっそく試してこなくてはー!」

「待ちやがれ! おいー!」


 駆け出すリンスレットをカミトは慌てて追いかける。


「どうしてどいつもこいつも無駄に元気に走るんだー!」


 教室を出て廊下を見る。幸いなことに今度は後姿が見えていた。


「よし!」


 これなら追いつける。そう確信し、カミトは急いで追いかけようとしたが、その前に首に鞭が巻き付いてきて教室へと引き戻されてしまった。

 倒れて見上げる鞭の先には状況を訝しむクレアの姿があった。


「どういうことよ。事情を説明しなさいよ。あんた、リンスレットじゃないわね」

「カミトだよ! 実は……」


 カミトは事情を説明することにした。クレアはおとなしく席に戻ってその話を聞いた。


「信じられないわね」

「何で?」

「試しにチェンジしてみなさいよ。本当だったら信じてあげるから」

「じゃあ、チェンジで」


 カミトにはすっかり慣れっこになった感覚が再びする。

 気が付くと目の前にはリンスレットの姿があった。


「へえ、本当に入れ替わるのね」

「もう分かっただろ。だったら」

「ふふーん」


 リンスレットの姿になったクレアは何やら嫌らしい笑みを浮かべた。それは何かいたずらを思いついた時の笑みだった。

 クレアはいきなり膝をついて土下座した。


「偉大で聡明なるクレア様! 今までのご無礼、大変申し訳ありませんでしたー」

「え? 何だ、いきなりー!?」


 カミトはびっくりして立ち上がった。クレアは頭を下げたまま謝罪を続ける。


「全てはこのリンスレットがアホだった故の過ち! 何卒ご容赦をー!」

「どうしたんだよ! 精神でもアホになったのか?」

「って、どうしてあたしがあんたなんかに謝らないといけないのよー!」

「俺が聞きてえよー!」


 謝ってたかと思えば、クレアはいきなり立ち上がって、カミトの首を脇に抱きかかえて締め上げてきた。


「もう分かったから、さっさと元に戻しなさいよ!」

「分かった! 分かったからお前が離せー!」


 というわけで元に戻る。クレアは何やら不満の様子だった。


「もっとすっきりすると思ったんだけど、全然駄目ね」

「何がすっきりするんだよ」

「今のお嬢様はカミト様なのですよね?」


 キャロルがおずおずと話しかけてくる。どうやら驚かせてしまっているようだ。無理もない。と思いきや彼女は目を輝かせてガッツポーズをした。


「私はカミト様とお嬢様の仲を応援しています! ですから、どうぞお嬢様のことはカミト様の好きなようになさってください!」

「しねえよ!」

「変なことをしたら消し炭にするわよ!」

「お前らみんな俺のことをどんな目で見てるんだよ! 俺は鬼畜かよ!」

「でも、本当は少し気になっているんでしょう!?」

「それはまあ少しは………………………………あー、………とにかく……えとだな…………探しに行くぞ!」


 カミトはやけになって前進することにした。

 このままでは本当に犯罪者になりかねない。

 速やかに事態の解決をしなければならなかった。

 その時、放送のチャイムが鳴ってグレイワースの声がした。

 今グレイワースになっているのはリンスレットだ。


「みなさん、これからわたくしがとびっきりの魔法のショーをお見せしますわ。どうぞ校庭に集合なさってください」

「あいつ、何をするつもりなんだ」

「校庭に行くわよ!」

「え、放送室じゃ、おわああ!」


 放送室に行くべきではとカミトは思ったのだが、クレアに引きずられるままに校庭に向かったのだった。

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