第6話 カミト、チェンジする

 スライムの騒ぎから数日後の休み時間、カミトは再びグレイワースに呼出しを受けていた。

 ノックをして部屋に入ると、彼女はいつもと変わらない油断のならない笑みを浮かべて待っていた。


「よく来たな。すぐに動く真面目な青年は好きだぞ」

「俺はあんたの便利屋じゃねえ。今度は何の用なんだよ。俺だって暇じゃないんだぜ」

「そう邪剣にするなよ。手柄を上げる良い機会を与えてやろうというんだ。年頃の女の子達といちゃいちゃしたいというお前の欲求は分かるがな」

「そんな欲求抱いてねえよ」

「本当にか?」

「それは……」


 本心を見透かすかのような魔女の視線に見つめられて、カミトは思わず視線をそらしてしまう。


「少しは……あるかもしれないけどよ? 俺はそんなことよりも平穏な学生生活を暮らしたいんだ」


 それはカミトの本心だった。

 変態だの鬼畜だのとあらぬ誤解を受けるのは、一番のご免したい事柄だった。

 グレイワースは納得したように身を引いた。


「ふむ、お前にもいろいろあるのだな。まあたまには茶でも入れてやろう。そんな大変なお前の労をねぎらってな」

「あんたにしては珍しいじゃねえか」

「これでもお前のことは気に入っているんだ」

「便利に使える男としてか」

「まあな。この学院には女子しかいないし、知っている男達もろくな奴がいないからなあ。お前は素直な良い奴で助かるよ」

「そりゃどうも」


 この魔女がどこまで本当のことを話しているのか、カミトには分からないが、褒められるのは悪い気はしない。

 カミトは受け取ったお茶を一口飲んでから話を本題に戻すことにした。


「で、今回の俺に頼みたい用事って、なんなんだ?」

「実は新しい魔法の薬を手に入れてな。チェンジというと体が入れ替わるらしいんだが」

「ふーん、チェンジねえ」


 と呟いた瞬間、カミトは不思議な力に引っ張られるのを感じた。

 その感じが収まり気が付くと、カミトの前にはカミトがいた。


「え? 何で?」


 わけが分からない。目の前のカミトと同じ姿をした男は悪そうな笑みを浮かべた。

 グレイワースの表情に似ていると思った。


「ふむ、どうやら薬の効力は本物だったようだな」

「本物? 薬? ……って、何だ?」


 カミトは嫌な予感がした。

 目の前のカミトは実に何でもないことのように楽しそうに言った。


「実はさっきお前が飲んだお茶にさっき言った薬を混ぜておいたのだよ。いきなり自分で飲むのも危ないからなあ。お前で試したというわけだ」

「何てことをしやがる。ペッペッ。元に戻しやがれ!」

「それもいいだろうが、ここで私は一つお前に恩返しをしたいと思うのだ」

「恩返し?」

「そうだ」


 魔女は何をやるつもりなのか。

 そこでグレイワースは立ち上がった。

 そして、両腕を広げて宣言した。


「度胸のないお前の代わりにこの私がキャッキャウフフのハーレムを築いてきてやろう! ありがたすぎて涙が出るだろう。それじゃあ、行ってくるぜー!」


 カミトの姿をしたグレイワースはキザな男っぽい笑みを残して、素早く部屋を飛び出していった。


「ちょっと待てや。ババア!」


 立ち上がろうとしてカミトは気づいた。今更ながらに自分の姿に。


「くっそっ、俺が婆さんかよ! 待ちやがれ!」


 カミトは慌てて追いかけるが、廊下にはもう相手の姿は陰も形も無かった。


「なんて元気な奴なんだ。このままではまずい!」


 グレイワースが言った通り、カミトの姿であの行動を取られれば今以上の悪名が広がるのは避けられない。

 変態、鬼畜どころか、変態王、鬼畜王と呼ばれるようになるかもしれない。そんなのはご免だった。


「落ち着け、俺。こんな時こそリラックスだ。とりあえずエストを呼ぼう」


 カミトは精神を集中させて自分の契約精霊を呼び出そうとするが、エストはいくら呼んでも現れなかった。

 それどころか存在の気配も感じられなかった。


「俺の体の方についていったのか、ちくしょう! こうなったらあいつらの手を借りるか」


 助っ人としては頼りないが、カミトはクレアとリンスレットの手を借りることにした。

 あの二人なら身内のようなものだ。余計な他人を巻き込んで騒ぎを大きくするつもりはカミトにはなかった。

 カミトは二人のいる教室へと向かった。

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