第4話 逃げ出したスライム

 休暇を楽しんだ翌日、カゼハヤ・カミトは学院長のグレイワースに呼び出されて、彼女が待っている執務室へと向かっていた。

 グレイワースは魔女だ。逆らってもろくなことはない。そうと知っているカミトは足早に廊下を歩いていく。

 彼が通っているアレイシア精霊学院は貴族の令嬢達を一人前の精霊使いとして訓練する育成校である。

 当然、休み時間に談笑している学院内の生徒達も女子しかいない。

 そんな清らかな乙女の園の中をカミトは学院内で唯一の男子としての居心地の悪さを感じながら歩いていき、目的地である執務室に辿りついた。


「入るからな」


 軽いノックと適当な挨拶をして部屋に入る。その部屋の奥の豪奢な椅子に腰かけてグレイワースは待っていた。


「よく来たな。待っていたぞ」


 彼女は外見は妖艶な美女だがその実年齢は定かではない。

 カミトは彼女のことをいけ好かないババアだと思っているが、何故か学院内の生徒達からは尊敬されているらしい。不思議なものだ。


「今度は遅刻とは言わせないぜ」

「ふむ、学習能力のある少年は好きだぞ。休日はゆっくり出来たかね?」

「世間話をするために呼んだんじゃないんだろ? 早く用件を話してくれ」


 グレイワースが呼び出すような用事だ。どうせろくでもないことに決まってる。


「せっかちだな。まあ、こんな婆さんよりも若い女の子達に囲まれて若いリピドーを発散させたい気持ちは分かるがね」


 彼女は親しみのある笑みを浮かべた。カミトとしては警戒するだけだった。


「話としては他でもない。スライムが逃げたんだ。お前にはそれを捕まえてほしい」

「スライム?」


 スライムと言えば最弱のモンスターだ。平和な学院内の敷地では見かけない存在だが。カミトは念のために訊いてみた。


「スライムといえばあのスライムですか?」

「あのスライム以外の何がいる?」

「あの青くプルプルとした」

「そうだ」

「大きかったり、凶暴だったり、強かったりはしませんよね?」

「誰もキングスライムだとは言ってないだろう? 疑り深い奴だなー。普通のスライムだよ」

「なぜそれがこの平和な学院内に」

「可愛かったから捕まえておいたんだ。お前と同じだ」

「同じじゃねー!」


 カミトは思わずそのスライムに同情してしまった。だが、いくら弱いとは言ってもモンスターを学院内に放置しておいては危険だ。

 その気持ちは学院長であるグレイワースも同じはずだった。


「学院長が捕まえればいいじゃないですか。スライムぐらい余裕でしょ」

「やだよ、めんどくさい」


 めんどくさいと言いきりやがったよ、この人。


「お前ら若者は知らないだろうがなー。この年になると動くのがしんどいんだよ」

「俺より元気な人が何かを言ってやがりますよ」

「お前、私の頼みを聞いて覚えをめでたくしようとは思わないのか? それとも逆らっていろいろなことを吹聴して欲しいか?」

「仕方ないな。あんたのスライムはこの俺が捕まえてきてやるぜ」


 カミトは素直に言う事を聞くことにした。

 学院長は意地悪ではあっても無理なことは言わないだろうし、彼女がすぐに動かないということは学院内の生徒達に即座に危害を及ぼすような危険な存在ではないのだろう。

 それぐらいのことはカミトにも計算出来ていた。

 ならばここはグレイワースに借りを作っておくのが得策だ。


「スライムはこの学院内のどこかにいるはずだ。任せたぞ」

「オッケー」


 依頼を受けてカミトは執務室を出ていった。廊下に出て一息つく。


「さて、スライム探すか」


 面倒な用事は早く片付けるに限る。

 カミトはやる気になってスライム探索に乗り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る