第3話 森の中で 3
森の中で流れる川は綺麗に澄みわたっていて清らかだった。
水面は陽光をキラキラと反射させ、ここが平和だと感じさせる。
そんな川に釣り糸を垂らし、カミトはやっと平和が来たことを実感した。
「はあ~、落ち着くなあ~」
だが、その平和をそう噛みしめる暇もなく、少し離れた同じ川岸でクレアが早速不満の声を上げていた。
「退屈ね。ちっとも釣れないじゃない!」
「落ち着けよ。慌てると魚も逃げるぞ」
カミトは子供に対する大人の態度で声を掛ける。落ち着いて気分もおおらかになっていた。
そんなカミトの言葉にリンスレットが声を重ねてきた。
「不満なら帰ればよろしいのですわ。御一人でね」
「ムカっ、見てなさい。あたしが一番の大物を釣ってみせるわ!」
その思いが通じたのかクレアの釣り竿の糸が引いた。
「おおっ、これは大きい!」
一転して不満気だったクレアの瞳が子供のような好奇心に彩られた。
カミトとリンスレットも同じような瞳をして水面を見る。クレアは力のままに釣り竿を引く。
獲物が出てきた。釣り竿の糸の先に掛かっていた物は黒い不格好な形をしていた。
クレアはそれをまじまじと見つめた。その顔にはもう好奇心は無かった。
「これは……靴ね」
「靴だな」
「ゴム長靴ですわね」
「……」
クレアはそれを手に取ってカミトに押し付けてきた。
「あんたのために取ってやったのよ。感謝して履きなさい」
「なんでだよ!」
「はい、リリース!」
「ああ!」
カミトが困っているとリンスレットがそれを手に取って川へと投げ捨てた。クレアは当然不満の声を上げた。
「何するのよ! あたしが奴隷精霊のために取ってやったのに!」
「釣りとは魚を取るものですのよ! ゴム長靴を取るものではありません!」
確かにそうだが、川にゴミを戻すのはどうかとカミトは思う。
クレアは不満に頬を膨らませていたが、引き下がった。
「次こそは魚を取って……」
彼女はやる気に満ちていた。
「消し炭にしてやるわ!」
そして、やる気でもあった。
そんなクレアに注目していると、メイドのキャロルが声を上げた。
「お嬢様! 引いています!」
「ほえ!?」
いきなりの声にリンスレットはつい変な声を上げてしまった。
見ると確かに引いていた。しかも凄く大きそうだ。
「これは大物ですわー!」
リンスレットは歓喜に瞳を輝かせて釣り上げようとする。
だが、大きすぎて上がらない。カミトは仕方なく手を貸すことにした。
勝負はあるが、せっかくの獲物を逃がすわけにはいかない。
隣に立って、リンスレットの持つ釣り竿に手を重ねるようにして握る。
「せーので引くぞ!」
「はい!」
「せーの!」
「たあーーーー!」
バシャアと気持ちの良い水音を上げて大きな影が舞い上がった。
それは大きかった。人間の子供ぐらいの大きさがあった。
リンスレットが釣り上げたもの、それは……
「釣られちゃった」
エストだった。
カミトも驚いていたが、リンスレットも目をパチクリとさせて驚いていた。
「カゼハヤ・カミトの契約精霊。なぜあなたが川底に」
「潜った方が早く捕まえられるかと思って」
「釣りは魚を捕まえるものよ。関係ないものは川に戻しましょうね」
クレアが近づいてきて前に言われたのと同じことを言う。仕返しをするつもりなのだ。
だが、その前にエストが起き上がって言った。
「でも、大きいのが取れた」
確かにエストの腕の中には大きな魚がいた。それも数匹。食事には十分そうだった。
「この勝負はエストの勝ちだー!」
カミトはエストの勝利を宣言した。
彼女が勝利者なら、クレアやリンスレットが勝つよりはマシな結果に思えた。
それに放っておくと二人も川に潜りかねない。
問題が起こったら責任はなぜかカミトが取ることになるのだ。
魚は取れたし、幕引きをするには良い頃合いだと思えた。
クレアとリンスレットはしばらくポカンとしていたが、その結果を受け入れてくれたようだった。
「ま、魚は取ってしまったんだし、仕方ないわね」
「でも、今日だけですわよ。川に潜るなど正々堂々とした釣りの勝負としては禁じ手なのですから」
「カミトが私の奴隷精霊……」
エストはわくわくしていた。こんな嬉しそうなエストは初めて見た気がした。
カミトは諦めのため息をついて叫んだ。
「もう何でも言えよ。何でもしてやるよ!」
「じゃあ……」
エストは迷いながらも喜んで命令した。
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