第2話 森の中で 2

「さあ、出発だ!」


 二人揃って服を着て、ピクニック気分で出かけようとした時だった。

 木立の間からヒュンっと風を切る音がして、いきなりカミトの首に鞭が巻き付いてきた。

 彼は力に引っ張られるままに倒されてしまった。


「うげっ、これはきっとあいつの仕業!」


 カミトの見上げる視線の先には案の定、怒った顔をした少女、クレアの姿があった。彼女はルビー色の瞳を震わせて怒鳴ってきた。


「心配になって来てみれば。あんたはいったい女の子に何やらせてるのよ!」

「誤解だ。って言うか、何でお前がここにいるんだ!」

「あんたがコソコソ出かけるから、何かしでかすんじゃないかと思ってついてきたのよ!」

「何かって何だ! って言うか、いつからいたんだ!」

「最初からよ!」


 クレアは顔を真っ赤にさせて言った。

 随分と暇な人もいたものである。もっとも休日というのはそういうものかもしれないが。

 エストは倒れてもがいているカミトを見ても顔色一つ変えなかった。

 無感情というよりはいつもの日常の風景なので感情の動かしようがないようだった。


「大丈夫。クレアが手を出さないように見張ってたから」


 エストは静かなドヤ顔をしているが、今のカミトはちっとも大丈夫じゃなかった。


「だったら最後まで見張ろうよ! 俺に伝えようよ! 俺、今ピンチだよ!」

「カミトが私に脱げと、一緒に入ろうと、好きにしていいと言ったから私はそれに従ったのに」

「誤解を招くようなことを言うのは止めようよ。ほら、クレアさんが怒ってらっしゃる!」


 案の定、クレアは全身から炎が吹き出るんじゃないかという勢いで怒っていた。その手が鞭を力強く握った。

 比喩ではなく炎が出た。クレアは炎の使い手なのだ。


「この変態! 奴隷の不始末は飼い主であるあたしの責任だわ! 消し炭にするわ!」

「するなあああああーーーーー!」


 炎が鞭を伝って、クレアの手元からカミトの首へと掛かろうとする。

 さすがに冗談じゃ済まない。カミトは力を使って自分の首を絞めつける鞭から逃れようとした。

 その時、不思議でも何でもないことが起こった。

 よく見知った氷の矢が二人の間を駆け抜けて、クレアは鞭を引いてその場を跳びのいた。

 カミトは力を使うまでもなく束縛から解放された。

 二人揃って矢の飛んできた森の方を見る。その方向へクレアは文句を言った。


「ちょっと! あたしの大事な鞭に傷を付ける気? リンスレット!」


 そこで弓を構えて立っていた少女はリンスレットだった。

 ブロンドの髪をして高貴さを感じさせるお姫様のような顔立ちをした少女だが、彼女はクレアと同じ穴のむじなだ。

 カミトは助かったというよりは、また面倒なことになったと思った。

 クレアがいるならよく一緒につるんで怒鳴り合っている彼女がいても何ら不思議ではなかった。覚悟しておくべきことだった。

 そんなカミトの覚悟はさておき、弓を下ろしたリンスレットは優雅さを感じさせる足取りで近づいてきた。


「ご挨拶ですわね、クレア・ルージュ。わたくしの下僕を傷物にしようとしたのはあなたでしょうに」

「誰が誰の下僕よ!」


 怒鳴るクレア。それは俺の言葉だろうとカミトは思ったが、口を開く間もなくリンスレットの腕が力強くカミトの腕を取ってきた。


「さあ、カゼハヤ・カミト。こんなうるさい奴のいない場所へさっさと行きましょう」

「お……おう?」


 どうでもいいがあまりくっつかないで欲しい。年頃の男子としてはいろいろ気になるものがあるのだ。

 どこへ行こうとこの場を離れられるならどこでも良かったが。

 だが、もちろん見逃すクレアではなかった。

 歩き出す暇もなく反対側の腕をクレアが取って引っ張ってきた。


「待ちなさいよ! カミトはあたしの奴隷精霊なんだからね! 教室でも先にそう宣言したでしょう!」


 確かにクレアは出会ってすぐに教室のみんなにそうした宣言を行っていた。だが、それで引き下がるリンスレットではなかった。


「誰が先かなど関係ありませんわ。精霊はそれにふさわしい気品ある者が持つべきものなのです。低俗なあなたはそこら辺のお猿さんとでも契約していればいいのですわ!」

「あんたがミジンコとでも契約してればいいのよ! カミトはあたしの奴隷精霊よー!」


 カミトは右へ左へと引っ張られる。

 どうしてこうなったんだろう。こんな日常から離れようと静かな森の中へと来たはずなのに。

 だが、現実逃避をしているわけにはいかない。

 騒ぎを聞きつけて風紀委員がやってくれば、問題がさらにこじれてしまう。

 カミトは異国で習ったロープ抜けの技術を応用して二人の間から腕を抜いて言った。


「はーい、止め止め。争いは同じレベルの者同士でしか発生しなーい」

「誰と誰が同レベルよ!」

「こんな奴と同じにされるのは不愉快ですわ!」


 二人は同じような怒った表情をしていた。カミトはなだめようと頑張った。


「同じ教室の生徒じゃないか。手を取り合って仲良くしよう」

「同じ教室でもピンとキリよ!」

「月とスッポンですわ!」

「どうすればいいんだ」

「では、こうしましょう」


 その時、どこからともなくメイドの少女が現れた。彼女の名前はキャロル。お嬢様であるリンスレットのお付きのメイドだ。

 リンスレットがここにいるのだから、オプションが付いてきていても何の不思議もなかった。キャロルは提案する。


「勝負で決着を付けるのです」

「勝負? 何の?」

「それはこのくじで決めるのです!」


 キャロルの手には数本のくじがあった。きっと一生懸命に考えて作ってきたのだろう。

 カミトはまじまじとそれを見る。

 その時、今まで傍観を決め込んでいたエストのおなかが鳴った。


「おなか空いた……」

「そうだな。じゃあ、釣りをするか。元からそのつもりだったし」


 そのつもりでいたのに騒いでいる間に随分と時間が経ってしまった。

 その提案にクレアとリンスレットは乗った。


「釣りか。いいわね。狙った獲物は必ず捕らえるあたしにぴったりの勝負だわ。消し炭にするわ」

「いや、するなよ」

「誰が上に立つ人間か。その自慢の鼻っ柱をへし折ってよ~く教えてさしあげますわ」

「いや、同級生なんだからどっちが上もないだろう」


 困惑するカミトをよそに二人は火花を散らして勝負が始まった。


「あの、くじは……」


 涙目になったキャロルを置いて。

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