第24話 サボイホテル
病院から帰り、サボイホテルに入った途端、横から肩をたたかれた。
「よお、生きてやがったな。生還、おめでとう」
「レン!」
キースは珍しく顔全体で笑う。
「どうした? こんなとこにいていいのか?」
「ヤボ用で近くまで来たんでね。……やつれたんじゃないか、お前」
「まあな」
レン=メイヤ=ベーカーはキースの肩を抱くと、ホテルのカフェへと促す。
ウエイターに、コーヒー二つ、と告げるとレンとキースはテーブルを挟んでソファーに座った。
「しかし、いつ見てもお前はその格好だなあ」
レンはキースの制服を見る。
ホテルでクリーニングに出して却ってきたのを着ているが、できればもう一着替えが欲しいと、キースは思っていた。
「ああ、悪いか?」
ゼルダの外務局では、局員はみな制服を着用している。グレートルイスの大使館職員はそうでもなく、スーツを着用してるものも多かったが。
「いや、楽でいいよなと、思ってよ。俺はスーツ何着持っていると思う?」
レンの今日の服は世界有数ブランド、キャラバン社のものだ。かなり、値をはるだろう。しかし、ネクタイやシャツの選び方といい、レンのセンスの良さがうかがえる。
「……三十着ぐらいか?」
「ばか言え。三百はくだらねえよ。叔父貴にも少しは俺の甲斐性が伝わればいいんだがな」
煙草吸っていいか? とレンは聞き、一本くわえる。
ホテルのウエイターがコーヒーを運んできた。
「ミルクレープ、一つ。お前は?」
「いや、いい」
キースはソファーに深くもたれこんだ。
「とりあえず、わが国で災難に遭ったことを謝るよ。申し訳ない。辺境地は治安が悪くてね。地元の警官もマフィアに頭を下げてるって話だ。無法地帯同然だな。運転手と、ルーイ氏にはすまないことをした。……しかし、お前が無事に戻ってきてくれて本当に良かったよ」
レンが、彼特有の澄んだ瞳で語りかけるのに、キースは体の奥の最後まで残っていた緊張がほぐれるのを感じた。
「ルーイ氏は全力で捜索する。こちらに任せてくれ」
「……ルーイ」
小声でキースはつぶやき、カップの中のコーヒーに落としていた目を窓の外に向けた。
「気にするなよ。お互い大変だったんだ」
レンは一言いい添えただけだったが、キースの心はいく分和らいだ。
レンの血の巡りの速さと思いやりを、キースはいつもうらやましいと思っていた。
「それより、キース。忘れちゃいないだろうなあ」
突然レンが声の調子を変えた。
「社交辞令はここまでだ。今日お前に会いに来た理由を薄々感じてんだろ?」
キースは目を閉じて天井を仰いだ。
「……例のパーティーの件か」
ため息をつき、キースは目を開いた。
『あの晩、さっさと逃げやがって! 俺がどんな思いであそこから逃げ出したか!』
『すまないと思っている。俺も必死だったんだ』
急に二人は小声で言い争いを始める。
『キッサン家の娘は娘でも、どっち側かいってくれてもいいだろ!』
『お前が勝手に次女だと思い込んだんだ』
『だれが、長女だと思うかよ! 彼女はお前が目当てだったんだろうが! どうして俺がお前の始末をつけなきゃならん!』
『悪い。申し訳なかった。謝る。お前の気持ちは理解……』
「わかってたまるか! 俺は、あの肉ダルマに押しつぶされかけたんだぞ!」
レンの声がカフェ中に響き渡った。
注目を受け、レンは照れ隠しに咳きばらいする。
「いや、まあ……」
目の前にウエイターが皿とケーキを置いた。コーヒー2杯目をたのむ、と彼に告げてから
「まあ、でもこのことはチャラにしてやるよ。お前の今回の災難に免じてな」
レンはいたずらっぽい表情でキースに笑いかけると、ミルクレープにざっくりとフォークを入れた。
「で、マフィアからどうやって逃げてきたか教えてもらおうか。情報では、女と一緒だったらしいな。どういうことだ」
口の中をクレープの層でいっぱいにして、レンは問う。
「彼女は……命の恩人でね。話せば長くなるから簡単に言うが、ジャングルの未知の民族だった子だ。俺のせいで一族を追われた。だからこの先、面倒を見てやりたい」
「またまた。お前に惚れた女が離れなかっただけだろう?」
「……」
ルーイの言葉にキースはそういうことにしておいた方が、面倒は省けると気づき黙っていた。
「未知の民族? よく意思疎通できたな」
「彼女の父親が、ゼルダ語を話したらしい。彼女はゼルダ語をほとんど話せる」
「ゼルダ人か? ……そんなはずないか、いや、失礼」
レンはごにょごにょと言葉を濁す。
「まったく未開だったから、全然文明を知らない。着ていた服も、草を編んだものだった」
「すごいな」
うーと、レンは顔をしかめてみせた。
「で、美人か」
「美人だ」
キースの即答に、レンは口の中のものを吹き出しそうになるのをこらえる。
「まて。そんな返事が返ってくるとは、思わなかった。本当か?」
「ああ」
「……いま、彼女はどこにいる?」
「ホテルの部屋にいるが。話を聞いてくれ。彼女をどこに置くか。入国は難しいだろうから、お前の助けが必要……」
「助けをこう前に彼女を一目見せな。俺の働きは、彼女いかんで決まるな。よし、行こうか」
レンはケーキを水で流し込むと、立ち上がる。
二杯目のコーヒーを持ってきたウエイターが来たが、レンは彼の肩をぽんとたたき、目でキースを促した。
こいつは、閣下の女好きに勝るとも劣らんな。
キースはため息をつき、ソファーから立ち上がった。
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