第23話 病院


「血液検査の結果、好酸球と抗体の一つが異常に高い数値でしたので、もう一度検査させてもらいました」


 白衣の初老の医師は、眼鏡の奥からキースを確認するように見ると、言った。


「陰嚢に違和感があると、おっしゃいましたな。画像を拡大確認して、出ましたよ。寄生虫です」


 医師は、分厚い本を取り出して開き、そのページを見せてくれた。白黒写真に、線虫がらせんをかいていた。


「私も、この年ではじめて見ましたな。40年ほどまえに、ほぼ根絶されたと思っておりました。ジャングル国境域の風土病ですわ。……男性の陰嚢が好きでしてな、中に入り込むんです。媒介者は蚊とされておりますな。蚊に幼虫が存在して、吸い口から混入するとされております。駆虫薬を出します。半年は飲まなければいけませんぞ」


 医師は本を閉じ、棚に戻す。


「甘く見るなかれ、怖い虫でしてな。微量の毒素を出し続けるんです。宿主は、じわじわと手足の自由が利かなくなって、ついには呼吸機能も低下して死に至るというものですな。この虫のせいで、昔は国境地域の少数民族は男性の割合が、異常に低かったようです。安心してください、薬さえ飲めば、大丈夫ですよ」


 ほ、とキースは表情をゆるめる。


「女性には、寄生しないんでしょうか」

「そのようですね、文献では。……あー」


 ちらりと、医師はキースを見やった。


「ヒトからヒトへの感染は確認されてはおりませんが、念のため、同性間の性行為は半年は避けられた方がよろしいかと思いますな」


 キースは苦笑する。


「ちなみに、一緒に検査を受けられた女性ですが」

「採血の際はご迷惑をおかけしました」


 キースは謝った。

 初めて注射針を見たウーは当然拒否反応を示し、暴れたのだ。


「いえいえ、まあ、初めて注射をする子供と同じようなものでしょう。……彼女ですが、第二次性徴不全だと思いますな。栄養不良か、ホルモンの障害か原因は不明ですが。ホルモン治療をおすすめします」

「……普通の女性になれると?」


 キースの問いに、医師はなんといっていいかわからないように、首をかしげた。


「あれだけ美しい女性だと、普通というには語弊がありますでしょうなあ。妊孕性の程は分かりませんが、まあ、体つきに女性らしさが出てくるので、今よりもさらに魅力的になられることは違いないでしょう」


 医師は書類に走り書きしながら


「カイル様、めずらしい症例ですので、いつか学会等で発表させていただいてもよろしいですか? もちろん、個人が特定できるようなことにはいたしませんので」

「……どうぞ、お好きに」

「ありがとうございます。くれぐれも薬だけはお飲み忘れになりませんよう」

「ありがとうございました」


 キースは椅子から立ち上がり診察室を出た。


 

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