第22話 グレートルイス 大使館にて
「やあ、キース君。無事で良かった」
電話の向こうで、キルケゴール氏が応えた。
「ご心配をおかけしました」
キースは疲労の色濃く、電話に応じる。
「残念ですが、いまだルーイの行方はわからずじまいでして。グレートルイスの州保安部に捜査を依頼しています。出くわしたマフィアが、どのグループかだいたい見当はついてますので」
「そうか。ルーイは気の毒だが、とにかく君がこうして戻ってきてくれて、良かったよ。……ところで、仕事復帰はいつ望めるかな?」
「……明日にでも。大丈夫ですが」
「冗談だよ。わしもそこまで鬼じゃない。二週間、休暇をとりなさい。密林をさまよったんだ。それくらい、いいだろう」
「ありがたいお言葉ですが、一週間程で結構です」
「そうかい? なら、わたしも反対しないよ。ジャングルでの冒険談はそれからになるな」
キルケゴールのコーヒーをすする音が聞こえる。
「ぬるいな。ルーイが消えてから、コーヒーをまともにいれる奴がいなくてね」
舌打ちして彼は小声で言う。
「ルーイを見殺しにしたんだろう、キース」
「……お言葉ですが、別行動をとったまでです」
キースはちらり、とまわりの外交官に目を走らせる。
「その方が、お互いの生存率が上がるとそのときは思いました。……ですが、結果的には、見殺したことになるのではないかと」
「まあ、だれも君を責めんよ。極限状況下だ」
キルケゴールは言った。
なら聞くなと思うが、一年以上この人のそばにいて、こういうことは慣れている。
「話は変わるが、君はいまどこのホテルにいるんだ?」
「サボイですが」
「ああ、そこのサービスはいい。ちょうどいい。その裏にジュノという店があるだろう。わしの名を言ってごらん。サービスしてくれるだろう。まあ、君なら私の名前を出さずともサービスしてくれるだろうと思うが」
「……ご遠慮します」
キースはやんわりと告げた。
「まだ、体が本調子ではないので。病院の検査結果もまだですし。休養に全力をかたむけます」
「そうか。じゃ、ゆっくり休んでくれ。君と会える日を心待ちにしているよ。あ、そうそう。シアン君には、わしの方から連絡しておこう……シアン君には丁重に頼むぞ。君のせいで嫌われてね」
「承知いたしました」
電話を終えたキースは軽くため息をつく。
そばにいた外交官の一人が、コーヒーでもどうです、と尋ねた。
「いや、結構です。今から検査結果を聞きに、病院へ参りますので」
とキースは手で制す。
「お疲れですね、無理もありませんが。いつ、本国に戻られます?」
「さあ、一週間休め、といわれたので。3日以内には戻りたいですが」
キースは一礼した。
大使館を出ていこうとする、彼の後姿に外交官は、
「あれが、キース・カイル氏か? 思ってたのとずいぶん違う」
と、となりの同僚に聞く。
「なぜさ。容姿端麗、キルケゴール様のお気に入りだろ」
「いや、キルケゴール氏の下なら、もっと派手かと」
「派手なのは外見だけらしいぜ。本人は遊ばない、酒も飲まないお堅い仕事人間らしい」
「お堅いね、たしかに。だが人好きするなあ、妙に」
「俺もやっこさんの顔は好きだよ。文句なしにいい男だしな。小さいころから教科書で見せられるだけある」
「あっ」
小さく、おどろきの声を彼はあげる。
「彼か?!」
「やっと、気づいたか。200年前の救世主、あの人のダミーだよ。俺も生まれるならあの人をレプリカにしてほしかったね」
「なんてこった、気づかなかった」
「しょせん、そっから俺たちとは違うんだよなあ、道が」
二人は二階の窓から大使館の門をくぐるキースを見送った。
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