第21話 旅立ち


 キースが次に目覚めたとき、傍らに彼女の体はなかった。

 自らの制服の上着だけが、彼女の形を残して地に置いてあった。


 キースは上半身をさらして起き上がると制服をはおった。


「ウー」


 呼びかけて辺りを見回し、キースは口を閉じた。

 川のよどみの中に、すでに衣を身につけたウーが佇んでいた。


 声をかけるのを阻む空気が、彼女にはあった。


 ウーは目を閉じて、不思議な動作をしていた。

 手を合わせたり、自らの体を抱きかかえたり、天に腕を突き上げたり、髪をなでおろしたり。

 無宗教のゼルダ出身であるキースだったが、それは宗教儀式であることを感じとった。あたかも、巫女が瞑想にふけり、神に祈るかのように。

 長く複雑な動作にキースは最初見とれていたが、その場を立ち去った。

 こういう行為を観ることはタブーとされていることが多い。


 キースは岩陰にうずくまり、しばらく寒さに耐えながら待っていたが、数分後、奇妙な声音が聞こえてきたのでウーの所へ戻った。

 今度はウーはすぐにキースに気付き、涙をはらはらと流しながらこっちを見た。


「リー・ユンファ女王が亡くなった」


 泣き顔を恥じる様子はなく、ウーはまっすぐに顔を向ける。


「あの叫び声は、逝去されたからだ。……今、ニャム族中の者たちは泣き伏している。ユンファ女王を囲んで……。私はユンファ女王を看取ることができなかった。御身をもう見ることさえ……」


 言うと、ウーは泣き出した。

 頭を抱え、水の中にうずくまったまま、声を漏らして泣いた。


「水の中から、出ろ。冷えるぞ」


 手を差し出したキースを振り払い、ウーはキースをにらみあげた。


「お前のせいで! わたしはユンファ女王に会えない!」


 キースは手をおろした。

 さらに激しく、ウーは泣き続けた。

 何かつぶやいているのは、ゼルダ語ではなかったのでキースには理解出来なかったが、おそらくリー・ユンファ女王への詞を捧げているのだろうと思われた。


(女王、女王、偉大なるリー・ユンファ。一族の母であるユンファよ。安らかに眠りたまえ。御身が安らぎの場へ去ることを心から願います。共にゆけない私たちの無礼をお許しください……)


 肩を震わせ、激情に身をまかせるウーを見て、キースはただ立ち尽くす他なかった。


 自分は、このウーのような感情を持つことはないだろう。

 無宗教で、生命はクローンの繰り返し。ゼルダでは、ウーのような死人への激しい執着心は見られない。


 うらやましくもあった。


 宗教心を野蛮で未開の民の象徴とみなす傾向がゼルダにはある。しかし、キースは多くの信者たちがもつひたむきさに、劣等感を感じていた。

 心の奥底の、確かな深いつながりの世界。

 自分には一生理解出来ないであろう。


 ひとしきり泣いたウーが静まったので、キースは声をかけた。


「すまなかった」


 ウーはうつむいたままだった。


「リー・ユンファへのお悔やみ、心より申し上げる」


 キースはたいした言葉を言えない自分を、わずらわしく思う。


「お前は、あそこにはもう……戻れないのか」


 キースの問いに


「ああ」


 とウーは頷く。


「タオ女王に逆らったんだ。戻れば、吊られるか……タオ女王の好きな殺し方で殺される。女王への反逆死は誰も弔ってくれるものがいない。体は遠くに打ち捨てられ、その者の話をすることは一切許されない。初めから、存在しなかったように扱われる」

「……すまない」


 キースは小さくつぶやいた。


「わたしが選んだことだ。さっきは、怒鳴ってすまなかった」


 ウーはまだしゃくりあげながら告げる。


「代わりにはならないかもしれんが、お前のこれから先の生活は、俺が保証する。……約束する。お前は命の恩人だ」


 キースはウーの瞳から目を離さずに言った。

 ウーは腫れた目でキースを見返していたが、立ち上がった。


「行こう。ユンファ女王の死で、城は混乱している。今のうちに森を抜ける」


 二人は水の流れに沿って歩き出した。



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