ケダン教会
ケダン教会の前に軽トラックが止まった。
車から出て来た女性は、キエスタ語で運転手の若い男に礼を言った。
人間離れした美女だった。
鹿毛の馬を思わせる褐色の髪は後ろの高い位置でひっつめにしている。
シャツとジーンズに包んだ身体は、完璧な黄金比のスタイルをしていた。
軽トラックは軽くクラクションを鳴らしてから、砂埃をあげて走り去った。
軽トラックを見送って手を振る彼女の後ろから、教会の入り口のドアが開き、一人の修道士が姿を現した。
枯れ草色のローブ、サンダル。
テス教の修道士の髪型は顎の長さのワンレングスが基本だが、彼の前髪は額を覆うぐらいの長さでとどめている。
「キース」
彼女は振り返り、彼に近付くと微笑んだ。
彼女は彼を昔の名前のままで呼ぶ。
長身の彼を見上げ、手を伸ばすと彼の顔を引き寄せる。
茶色の髪に深い茶色の目。
ゼルダ出身の彼も、際立って整った容姿の持ち主で、顔を見合わせている二人は一対の人形の様だった。
彼も彼女の腰に手を回し、口づけた。
「お帰り。アキドに送ってもらったのか」
テス教の修道士にしては髪の長さが足りない彼は、彼女から顔を離して見下ろした。
「グレートルイス語が上手だった。いろいろ話した。……ナシェとちがって、面白い子だ」
そう答えた彼女の、裾をウエストで結んだコットンシャツと、ボタンを外してファスナーだけでとどまっているジーンズの間からのぞく下腹部はほのかに膨らんでいる。
「……今何ヶ月だ」
「五ヶ月。ジーンズが苦しくて仕方ない。はやく、こっちの服に着替える」
彼女は答えて、ヴィンセントの首にぶら下がったまま続けた。
「父親は、東海岸ヨランダの漁師だ。面白い男だった。……会ったら、きっとお前も気に入る」
彼女は答えると、もう一度ヴィンセントの顔を引き寄せた。
ヴィンセントは彼女の腹を圧迫しない程度に抱き寄せた。ーー
――――――――――――――――
ケダン教会の晩餐中、キエスタ北部の貫頭衣に着替えたウーは、飲んでいたスープのスプーンを置いた。
大きな灰色の目で食卓の皆を眺め渡す。
テーブルに着いているのは、修道服を着たヴィンセントと一人の老修道士、ナシェとナジェールの若者、それ以外は十歳以下の子供たち八人だ。
「今日はあたしがキースと寝る」
途端に、座っていた子供たちから非難の声が上がった。
「今日は、僕の番なのに」
四歳になるキエスタの孤児の少年が、口を尖らせて抗議した。
「うるさい。あたしが帰ってきたんだ。……隔日であたしはキースと寝る。いいな」
他の子供たちから不平の声が上がったが、ウーはものともせず目の前の皿のスープを飲むのを再開した。
ナシェは隣に座っているナジェールと顔を見合わせた。
ナジェールは、不快そうに眉をひそめてウーを見やった。
「あー、ウーさん」
ナシェのもう片方の隣に座っていた老いた修道士が咳払いしてから告げた。
カール修道士。
今年で八十歳を迎える彼は、矍鑠たる老人で、医師としてもまだ現役だった。
「あなたには耳にタコが出来るほど言ったと思うが、また言わせてもらうがね。……子宮の収縮というのは、妊娠中は避けた方が良いのだが。ここには、病院のような設備はないし、前の二人の子も早産だったからね」
左目が白く濁って使い物にならない彼は、ひとつしかない右目でウーを見ながら言った。
「わかってる」
ウーはカール修道士の顔を見ようともせずに答えた。
「キースに任せてる。大丈夫だ」
カールは、真向かいに座る彼の顔に視線を移した。
ヴィンセントは小さく頷いた。
「まあ、君が気をつけると言うなら。ヴィンセント」
カールは口笛を吹くと、首を振りながら下を向いて食事を続けた。
まだ抗議の声が収まらない子供たちに、ウーが苛立った声で一喝した。
「うるさい!」
その迫力に、子供たちはぴたりと黙った。
「しょうがないから、三日に一回にしてやる。……だけど、今日キースと寝るのはあたしだ。いいな」
気の立った猫のように、子供たちをにらみつけてそういうと、ウーは再び食事を口に運び始めた。
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