店内の掃除を終えたシアンは、カウンターに寄りかかり一息ついた。

 ボスに出資してもらって、開業してから七年。

 ニャム族の女の子たちと始めたこの店は、すごくはやってるわけではないけども、それなりに黒字だ。

 明朗会計で堅実にやってきたつもりだし、法に触れることは一切してこなかった。

 今では、馴染みの客も増えてきた。エキゾチックなニャム族の女の子のファンも多い。

 ニャム族の女の子は、最初のころに比べると半分以下に減った。他の道を見つけた子は、ここを去っていったからだ。


 今日は、自分の誕生日だ。

 店の女の子たちと馴染みのお客さんが、誕生パーティーを計画してくれた。

 ……今日で、三十四歳になる。

 誕生日とか、もう来て欲しくねえんだけど。

 ふう、とシアンはため息をついた。



 入り口のドアチャイムが澄んだ音を立て、シアンはドアの方向を見やった。


「おう、デイー」


 シアンは、入ってきたのがデイーだと気づいて少々驚いた。


「どうしたよ。まだ、明るいのに。仕事終わったのか」


 いつもより、いいスーツに高そうなコートを着ている。

 え、キャラバン社のかよ。大丈夫なのか、そんなの買っちまって。

 すげえ嬉しそうな笑顔だな。なんか、いいことでもあったのかよ。


 デイーはシアンに近づいて、花束を渡した。

 シアンは花束を見下ろす。


 赤いバラの花束?

 なんだよ、洒落てんな。


「なんだ、これ」

「やる」


 デイーははじける笑顔で答えた。


「今日、店まかせて俺と夕飯食べようぜ。……レストランカイザー予約とれた」


 顔中を笑顏にしてデイーはシアンに言った。


 ……おいおい。


 もしかして、オレの誕生日知ってたのかよ、デイー!

 それで、あのレストランカイザーの予約をとってくれたのかよ。

 すげえ、あそこ、一年待ちだぜ。一年前から、わざわざ計画してくれたってことだよな。


 思わず声を上げそうになったシアンは、目の前でにこにこと自分を見下ろすデイーを見てふと思った。


 あ。そういえば、こいつ、ボスの許可とったのかな。

 オレ、ボスから聞いてないし。


 あー、あー、あー……。


 絶対、こいつ忘れてるわ。バカだな。


 シアンはデイーの額を指で弾いた。


「ばーか。ボスに了解とったのかよ」


 デイーは、は、と気付いてみるみるうちに表情を変えた。

 ほら、やっぱり。そう思ったぜ。

 あぶねえところだった。


「それから、今日オレの誕生日なんだよ。知らなかっただろ、お前。……今日これから店の皆でお祝いしてくれる予定なんだよな」


 でもレストランカイザーに行きたいじゃねえか、ちくしょう!

 一年待ちだぜ? カップルの行きたいレストラン最高峰の頂点だぜ?

 くそ、前もって知ってりゃ、皆がしてくれるお祝いをなんとかいって断ったのに。


 デイーは弾かれた額に手をやり、うつむく。

 オレもショックだよ。

 シアンは身をよじって後ろのカウンターに花束を置くと、デイーに目を戻した。


「……だから、もったいないけど今すぐキャンセルしてこい。キャンセル料、オレも出すわ。……分った?」


 本当にもったいねえよ。レストランカイザーをキャンセルかよ。あーあ。


「……」


 うつむいたまま、答えないデイーにシアンはため息をついた。

 と、その時すべりこむようにしてパイ・ムーアがシアンとデイーの間に立ち、シアンの腕に手を絡ませた。


「今日は、シアンの誕生日よ。皆でここで祝うんだから。かなり、前から準備してたの」


 ああ、この子はまた。

 シアンはうんざりした。自分のことを気に入って慕ってくれるのはうれしいけど、オレに好意寄せてくる男すべてに噛みついてくれるのはなあ。まあ、そのおかげで面倒くさいこと省けていいけど。


 密林から彼女を連れ帰って世話して以来、デイーとパイ・ムーアは犬猿の仲だ。

 睨み合って、威嚇し合って、もう少しお互い大人になってくれねえかな。


「ま、だから、今回はそういうことだ」


 デイーとパイ・ムーアとの間に体を割りいれて、シアンがデイーを見上げた。


「……な、だから早くキャンセルしてこい」


 デイーに向かって微笑む。

 デイーは、ふてくされたように顔をそむけた。


「それと、きれいなバラだな。ありがと」


 本当に。花束もらうなんていつ以来だろう。

 ときめいちまったじゃねえか。


「……」

「OK?」


 デイーの頬に触れようとのばしたシアンの手を、デイーは振り払った。

 その反応にシアンは、少々驚いて目を見張った。


「なんだよ。どうしたんだよ、お前」


 いっちょまえに、怒ってんのか? すねてんのか?

 お前がボスに確認取るの忘れてたんだからしょうがないだろうがよ。


 デイーはシアンに背を向けるとドアの方に歩いて行った。

 彼のいつもとは違う様子に、シアンは少々不安になってその後ろ姿に呼びかけた。


「……なあ、終わったら、お前も店に来いよ!」


 デイーは応えずそのまま店を出ていった。


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