3
店の入り口のドアが開いた音に、シアンは振り返った。
馴染み客の一人が入って来るところだった。
シアンは彼に近付き、言葉と共に彼の両頬に自分の頬を合わせるゼルダ式の礼を施し、彼を店の奥に案内した。
なんだよ、あいつ。来ねえのかよ。
シアンは時計に目をやった。
九時を過ぎている。
皆が開いてくれたパーティーは盛りを過ぎ、落ち着いた雰囲気になりつつあった。
テーブルの上に置かれたケーキは、既に原形をとどめていなかった。
シアンは皿の上に崩れたクリームとスポンジをのせる。
「いいの、シアン?ダイエットするんじゃなかったの」
からかうように、近くのソファーで座っていた女性が声をかけた。
「……誕生日だよ。今日は、例外」
シアンは彼女を見やり、ついでに彼女にもたれかかるようにして目を閉じているパイ・ムーアに目を移した。
「相変わらず、お酒に飲まれる子だね」
「そうね。酔う量をまだ把握できないのね」
苦笑して、彼女はパイ・ムーアを見下ろした。
シアンはパイ・ムーアをはさむ形で彼女の隣に座った。
彼女の名は、シャン・カン。
蜜色の肌を持つ、エキゾチックな美女だ。年は、自分より少し下ぐらいだと思う。
シャン・セイラムから産まれた彼女は、シャン・ウーの姉でもある。
「今年はボスから何もらったの?」
カンが聞いた。
「ダイヤ。昔の考えの人だからさ。宝石しか思いつかないんだろうね」
シアンは、フォークでクリームとスポンジを口に運ぶ。
オレ、あんまりジュエル着けないんだけどな。着けないと、突っ込まれるからボスの前ではたまに着けてるけど。
もったいないよな。
入り口のドアチャイムの音がして、シアンは顔を上げた。
客の一人が、女の子の一人に見送られて帰るところだった。
「あのコのこと、待ってるんだ。……来ないわね」
ふふ、とカンは笑った。
「オレのこと祝う気なら、来いってんだよな」
シアンは二口めのケーキを口いっぱい頬張る。
「レストランカイザー、キャンセルさせたんでしょ。ショックだったんじゃない?」
「……まあね」
「機嫌直しに、いい加減ご褒美でもあげたら」
カンは言って、妖艶な笑みを浮かべた。
「いい加減可哀想。生殺しもいいとこ」
「……」
シアンは答えず、三口めのケーキを運ぶ。
「……この間、サボイホテルで食事したの。なかなか、良かったわよ」
カンは自分の肩にもたれていたパイ・ムーアをソファーの背に寄りかからせた。
「お詫びにあそこで食事すれば?あんまり気張らなくていいし。気楽に楽しめるわよ」
「ふうん。……誰と行ったの」
そっちに興味がわき、シアンは聞いた。
「この間の仕事のカメラマン」
美貌の彼女は、たまにモデル業もしていた。
「プラチナブロンドがたまらないの。話も面白いし、飽きないわね。……あっちもいいし」
カンは意味ありげにシアンを見て微笑んだ。
「それに……彼、子種がないの」
シアンは軽く目を見張った。
「めっけものでしよ」
「めっけもんだね」
微笑みながら言うカンに、シアンも笑みを返して答えた。
カンは、生涯子供は持ちたくないと考えているようだった。
それを知ったとき、妹であるウーはあんなに子供を欲してたのに、とシアンは面食らった。
十人十色ってことだよな。
と、シアンは妙に納得したのを覚えている。
彼女いわく、折角楽しい世界に出てきたのに今更育児に追われるなんて気がしれない、だそうだ。
突き抜けた彼女の考え方に清々しさを感じるとともに、シアンは自分が少し救われたような気持ちになった。
「どこ出身?」
「さあ。以前はフェルナンドに住んでたみたいだけど」
「芸術家か。いいんじゃない」
シアンは言いながら考えた。
プラチナブロンドか。ゼルダでは結構いたけど、グレートルイスじゃそう見ねえな。
もしかしてゼルダのスパイとかじゃねえの、そいつ。
まさかな。
それ以上の興味は失せて、シアンは皿に残った最後の一口を平らげた。
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