コテージにて

「先生!」


 シェリルシティ郊外のコテージへと帰宅したキースに、真っ先にナジェールが走ってきて飛びついた。


「ただいま」

「おかえり。……また、とんでもない美女を連れて」


 コテージに帰宅した一行の中にウーの姿を認めたターニャは眉を上げ、口笛を吹いた。


「彼の猫よ。もう一匹の、美しい猫」


 ミナがにこにこしながらターニャに応えた。


「また、お世話になります。すみません。ターニャさん」

「いつまで?……いいよ、気が済むまでここにいてくれても」


 シアンの言葉にターニャは肩をすくめ、笑ってみせた。


「密林はどうだった? お土産はなし?」

「八人の美女。ボスの他の家に、みんな置いてきた。後でターニャさんにも協力してほしいんだけど。話、聞いてくれる?」

「いいよ。できる範囲ならね」


 シアンとターニャの二人がキッチンに消えていくなり、キースに抱きついていたナジェールが勇んで言った。


「先生、外で遊んで!」


 帰ってきたばかりのキースを引っ張り、ナジェールはキースを外へと連れて行く。

 取り残されてあっけにとられたウーは、そのまま今までみたこともないような居心地のいい家庭的なリビングを見回した。

 全てがこじんまりとして、所々に可愛い編みぐるみの人形が置いてある。

 テレビ横の猫の編みぐるみに見入っていたウーに


「あたしが作ったのよ。欲しかったらどうぞ」


 ウーと部屋に残されたミナが笑みを浮かべた。

 ウーは首を振り、外から聞こえてくるナジェールの明るいはしゃぎ声の方向に目を向けた。

 コテージの窓から遊ぶキースとナジェールの姿をながめる。

 びっくりした。

 キースと子供との接点があろうとは今まで思いもしなかった。

 キャッチボールをナジェールと繰り返すキースの笑顔は自然で、あの男はこんな顔も出来るのだとウーは驚いた。


「あの子は孤児なの。彼に懐いてる」


 隣に立っていた小柄なミナがウーを見上げた。


「彼もあの子をすごく可愛がってる」


 ミナは言うと、編みかけの編みぐるみを手に取りソファーに座った。


「驚くよね。でもあれがあいつの本性だと思うよ」


 シアンが紅茶ポットとカップを盆に乗せてキッチンから戻ってきた。


「あいつ、子供好きだからね。保父さんがあいつの天職なんじゃないかなあ」


 テーブル上に盆を置くとシアンは座りなよ、とウーに促してソファーに座った。

 ウーはソファーに座りながらも、まだ窓の外に顔を向けている。

 シアンは無言でそんなウーをしばらく見つめた。


「お茶冷めるよ」


 シアンの言葉に振り返ったウーは前に置かれた紅茶カップを見下ろし、そのまま視線を動かさずにおし黙った。


「……シアン」


 お茶が半分冷めた頃、ウーが口を開いた。


「……あたしは……子供が欲しいわ」


 一言つぶやきウーはシアンを見る。


「……うん」


 シアンは頷いて微笑む。


「いいよ。言い訳しなくても。……オレ、子供産めないからその気持ち分かんないけどウーが前からすごくそれを望んでるのは知ってるし、ウーにとって最重要事項なんだってこともわかる……でも」


 シアンは頬杖をついた後、ウーに向けていた微笑を急に真顔に戻した。


「オレ、今度あいつの泣き顔見たら尋常でいられないと思うから。もう、自分抑えきれる自信ないわ。……そこんとこ覚えといて」

「……」


 ウーは息を飲んだ。

 西オルガンでも垣間見たシアンの感情に、身体が強張る。


「……猫は二匹も要らないわ」


 ふいに二人の横で編み物をしていたミナが編み目から目を離さずに言った。

 ミナに思わず目をやった二人の美女は、もう一度お互いの顔を見つめ合う。ーー


 ーー数十秒後、先に視線を外したのはウーだった。


「……あたしをニャム族に帰らせてくれてありがとう」


 小さな声でつぶやきウーはすっかりさめた紅茶カップを手にとった。


「うん」


 シアンもカップを口に当てると冷たい紅茶をすすった。


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