再び旅立ち
一夜明けた次の日の朝。
「で、ウーは来ねえんだ」
一同とともに石の城から綱をつたって下りてくるのを待っていたシアンがキースに言った。
「残る女王(メヤナ)の世話をすることにしたんだそうだ」
キースは地面に下り立つとシアンを振り返る。
「ふうん。そうか。悪かったなキース。オレのカン今回外れたわ」
「……」
「それでよ、今回外に連れて行くニャム族の女の子たちは、オレに預けてもらっていい?」
「何する気だ、お前」
尋ねるキースにシアンはにやり、と笑った。
「オレ、昔からしたいことがあったんだよな。まあ悪いようにはしないから」
そうシアンは答えて背後の下女(クアン)たちを見る。
外に出ると決断した下女(クアン)たちは、30歳以下の下女(クアン)全員6名。
反対にニャム族に残ることに決めたのはそれ以上の年齢の下女たち7名と、第二女王カン、第五女王セイラム、そしてウーだった。
第7女王(メヤナ)チー・リラと、第8女王(メヤナ)パイ・ムーアも外に行くことを選んだ。
「みんな、オレのこと信じてついてきてね」
にっこりとシアンは外に行くことを選んだ女たちに告げる。
シアンが両性をもつということは、皆が知っており、女たちは特異な身体をもつ人間が自分たち以外にも外の世界にいたことに安心したようだ。
シアンが持つ天性の人をひきつける魅力も、彼女たちが外へと出る勇気に作用した。
とりわけ、第8女王(メヤナ)パイ・ムーアはシアンを一目見るなり気に入り、シアンの腕を抱いたまま離れようとしない。パイは多くのティーンエイジャーの例にもれず、性別を感じさせない美形がタイプだったらしい。言葉は理解できないが、女たちに優しい声をかけるシアンの横顔を見上げパイはにこにこと微笑んだ。
「ねえ、あなた」
そんなシアンを若干呆れ気味に眺めていたキースに、第7女王(メヤナ)リラが近づいた。
「お願いがあるの」
リラは背の高いキースの真ん前に立ち、見上げた。
「私を|あのひと(・・・・)のところへ、連れて行って」
彼女の有無を言わせない迫力にキースは息をのんでリラを見下ろした。
「……分かるわよね?」
キースはリラの言葉に小さく頷いた。
「よし! じゃあいこうぜ。 ミナちゃん、道案内またお願い」
シアンが出発の声をあげ、一同は石の城に背を向ける。
キースは頭上の高い窓からこちらを見下ろしているウーを見上げた。
*****
「ウー、いいの?」
眼下の下女たちを見ていたウーに、傍らのセイラムが声をかけた。
「かあさん」
セイラムが浮かべる表情はいつも穏やかで優しく、ウーを悩ませる。
自分の選択が正しいのか間違っているのか、セイラムは何も言わない。
ただ、こちらの気持ちを確認するように言葉と笑みを自分に投げかけるのだ。
「……これでいいんだと思う。これからは、女王(メヤナ)と年老いた下女(クアン)の世話をして償いたいと思う。私がここを置いて飛び出してしまった罪を」
ウーは何度も心の中で繰り返した言葉を口に出してつぶやいた。
「女王(メヤナ)ウーと女王(メヤナ)スーの死に目にもあえなかったし」
「そう」
セイラムは微笑みながら頷いた。
「若いあなたが残ってくれるなら心強いけれども、あなた一人がいなくてもどうにかなるかとも思うわ」
セイラムはウーの横に立ち、同じように下にいる人々を見下ろした。
「あなたは知っていると思うけれども、後悔しないように言っておくわね」
シアンがじゃあねまたねウー、と声をかけてウーとセイラムを見上げ手を振る。
「……ゼルダ人は早く死ぬのよ」
見上げたキースと目が合った。
その目の色が深い茶色をしていることをウーは感じる。
キースの表情はどんな感情をしているのか読み取りにくかった。
キースは目を伏せると、そのままゆっくりと背を向けた。
「ウー!」
背後で母、セイラムの悲鳴がしたように思った。
その瞬間にはウーはすでに空中へと身を躍らせていた。
振り返ったキースが自分を見上げて大きく目を見開き、近づいてきた。
ウーは受け止めようとする彼の腕の中に飛び込んだ。
ウーを抱きとめたキースだったが、衝撃に地面へと背中から倒れ込む。
固唾をのんで見守る一同の中で、ゆっくりと二人は起き上がった。
「危ないな、打ち所が悪かったら死ぬぞ」
痛みに顔をしかめてキースはウーを支えながら身を起こす。
「……悪かった」
キースから身を離しながらウーは小さく応える。
二人の様子を見守っていたシアンが、ため息をついた。
なんかいつもこの二人違うんだよな、どうしてもっとこう甘くできないのかね、とぼやく。
「……まだ、したいことがあるのを思い出した。あたしも外へ戻る」
ウーの言葉に
「キース、やっぱオレの勝ちだな」
見下ろしていたシアンが弾むような朗らかな声で言った。
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