シアンとキース

 ニャム族の石の城は上階が女王の部屋、下の階は下女たちの雑魚寝の間となっている。

 上階の空き部屋をもらったキースたちは、直に床に身を横たわらせ休んでいた。

 当然ながら電気などなく日が落ちた今は真っ暗だ。

 ミナは森の生活に適応しているのか、すうすうと寝息をたててすでに寝入っていた。

 キースとシアンはまだ就寝するには至らず寝転びながら煙草を吸っていた。


「まだ、七時ぐらいだろ。こんなに真っ暗なんだなあ」


 キースの隣のシアンが声を出した。


「ジャングルって結構うるさいんだな。いろんな音がする。静かじゃねえんだな」

「夜行性の動物のほうが多いんじゃないか」

「ドミトリーの時、キャンプいったじゃん。あれ思い出すな」

「お前が迷子になったときか」

「お前、探しに来てくれたじゃん。助かったよ」


 シアンは思い出したのか、くすりと笑った。


「あんときは狼の声は聞こえるし、月は出てるけど明かり持ってなかったし。びびったね。お前と会えてよかったよ」

「点呼をとろうとしたら、お前がいなかった」

「……実は、あのときさあ……マシュー先輩がさあ」

「わかってる」


 キースがシアンの言葉を遮る。

 シアンは口をつぐむ。


 ドミトリー時代、マシューには執拗な性的嫌がらせを受けた。

 キャンプ先でそれまでとは度を越えた扱いを受け、恐怖のあまり森に飛び出した。

 帰り道がわからなかったわけではなく、ただ帰りたくなかった。


「そうか。お前にはお見通しか」


 暗闇の中でシアンが微笑む。


「虫とか人一倍嫌いで、こわがりのお前が一人で森に飛び出すわけない」

「うん」


 しばらく無言で二人は煙を吸う。


「……ウーはまだ、女王たちと話し合ってんのかな」

「今後どうするか、それぞれ立場があるだろうしな。下女たちは、外に出たいと願う者も多いだろう」

「ウーが証明したもんな。外に出れば、普通の身体になれるって」

「女王たちは外の世界には適応できないかもしれない。特に年配の女王は」

「ああ。おかあさんたちはここで余生を送りたいと思う人の方が多いだろうね」


 シアンの煙草の持ち手が短くなり、熱さを感じたシアンは煙草を床に押し付けた。


「それでお前、ウーのお母様とは何話したんだよ」

「……」

「だんまりかよ。秘密主義め」


 シアンがごそごそと動く気配がする。


「……何してる」


 胸の上にシアンの身体が乗るのをキースは感じた。


「煙草。オレのきれたからよ。お前のよこせ」

「胸ポケット」

「ないぜ」

「じゃあ、ズボンの」


 答えたキースだったが、胸の上のシアンが動く気配はない。

 押し付けられたシアンの胸は厚みがあり、見下ろしているシアンの吐息がキースの頬にかかる。

 キースの心臓が柄にもなく跳ねあがった。

 暗闇の中でシアンの体温が近づくのを感じた。

 お互いの鼻先が触れキースの唇から寸分たがわずの場所にシアンの唇がある。


 数秒後、


「ぷ。お前、なにちょっと元気になってんだよ」


 笑いながら、ズボンのポケットから煙草の箱を探し当てたシアンが身を離した。


「よっぽど、ご無沙汰か? 気の毒にな」

「……俺を殺す気か」


 ごろり、とキースから離れたシアンは床にあおむけに転がった。


「あはは。ボスにばれたらって?」


 いや。どちらかといえば思い浮かべたのは彼(シャチ)より|俺を殴った彼(デイー)のほうだったのだが。

 キースは答えなかった。


「ミナちゃん、そこにいるんだぜ。さすがに無理だわ」


 ライターの炎で浮かんだ、煙草をくわえるシアンの横顔はまだにやけている。

 キースは気持ちを切り替えようと身体を横へ向けた。


「なあキース。オレ、お前がいないとき西オルガンでお前と似たおにーさんと寝たわ」


 暗闇の中で背後のシアンが声をかけた。


「……お前と寝たらこんなもんかと思ったよ」


 シアンの声は静かで平坦で、感情が読み取れなかった。


「……いや、おにーさんのほうが数段お前より技術が上だと思うけど」

「うるさい」


 くく、とシアンが小声で笑い、あー、とため息をついて転がる気配がした。


「……なあ。……オレとお前はこんなもんだよな」

「……」


 密林の中を動き回る生き物たちの息遣いの音。

 真っ暗な部屋にはその音しかしなかった。


「そういやさあ」


 再びくく、とシアンが笑った。


「ミナちゃんの年、知ってる?」

「いや」

「オレたちより三歳も年上。おねえさまだったんだよ」

「……本当か」


 キースはおどろいて息を吐く。


「詐欺だよな。童顔もいいとこ」


 キースは心の中で頷き目を閉じた。

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