ニャム族のその後
シャン・カンの案内のもと、滝をぬけて洞窟を通り、石の城にたどりついた一行はニャム族の世界にため息をついた。
「すげえなあ、おい。カメラもってくりゃ良かったよ」
シアンがはしゃいだ。
「未知の部族だろ? オレたちが発見したって言ったら新聞のるんじゃねえ? インタビューとか受けてさ」
岩壁をくりぬいて作った建造物。窓と出入り口の役割を果たすところどころ空いている穴からは、編まれた綱が垂れている。
「あ、オレ、腕の力ないから無理だ。中に入れねえわ、残念」
「入るな」
キースは応えて、隣で石の城を見上げたまま立ちつくしているウーを見た。
「どうした」
「本当に静かだ。下女(クアン)が本当にいないんだ」
その時、城から綱を伝って下りる一人の女が現れた。その女の姿にウーは驚いて声を上げる。
『チー女王(メヤナ)!』
てっきり下女(クアン)の一人だと思ったその姿は、第七女王(メヤナ)チー=リラだった。
『あら、あんたはウー。久しぶりね』
下女(クアン)のように粗野な草で編んだ服に身を包んだリラは、特に驚いた様子もなく返した。
城から地面に下り立ったリラはもともと女王(メヤナ)にしては細身の体型であったが、更に痩せたようだ。
それよりも、以前リラがまとっていたぼんやりとした人形のような空気が全く削げ落ちていることにウーはびっくりした。
いつも霞みがかったようだった目はウーを焦点としてはっきりと見据えており、強い光があった。
『どうされたのですか、そのような格好をされて』
『しょうがないでしょう、人手がないのよ。私は下女(クアン)になったの』
リラは説明が面倒くさいのかウーの隣にいるカンに丸投げしようと彼女を見た。
『そうなんだ。リラ女王……リラは真っ先に下女になってくれた』
『よかったわね、ウー。あの人はもういないから、あなたが帰ってきても何の心配もないわ』
リラがふふ、と笑った。
『なぜ、タオ|女王(メヤナ)は亡くなったんで……』
『私の子供を殺したからよ』
リラが答える。
『私の子供を殺したと、|タオ姉さん(ジェミリ)の|下女(クアン)たちに話したの』
その先の展開は容易に予想がついた。
同胞を殺した|女王(メヤナ)は、|下女(クアン)にとってはもう|女王(メヤナ)ではない。
ウーはうつむいている隣のカンを見やってから、自分を見つめているリラの顔を見返した。
『……あなたの子供を、タオ女王(メヤナ)が本当に……?』
七歳の頃、リラの死産に立ち会った自分の記憶では、なんら不自然なことは感じられなかったが。
それよりも、リラの子供が死産だった理由は彼女の喫煙癖のせいだったのではないかと、外の知識を仕入れたウーは思っていた。
『……あの人はニャム族で要らない存在だった。ただ、それだけの理由よ』
ウーの視線に疑惑の感情を感じたのか、リラはかすかな微笑みを浮かべた。
『それだけ。他に疑問がある?』
ウーは首を振った。
タオ女王亡き今、このニャム族にウーが怖れるものは何もない。
『お前が帰ってきてくれて良かった。助かる』
カンがそう言って再びウーを抱きしめた。
ウーも抱きしめ返す。
タオがいなくなった安堵とともに、郷愁の想いが堰切ったようにあふれた。
『早く、パイ様、母さんに会いたい』
ウーはカンから身を離すと、岩肌から垂れている綱に飛び移った。
「おお、すげえなウー。さすが。鍛えてるわ」
するすると素早く岩壁をのぼりきるウーの様子を見上げていたシアンは感心した。
岩壁の穴に到達したウーは、下を見下ろして叫んだ。
「キース! おまえも来い! 大丈夫だ、もうお前にニャム族はなにもしない! 安心していい!」
キースは名指しされて驚いた。
「母に会わせる! 上ってこい!」
思わず顔を見合わせたキースとシアンだったが、一瞬の間を置いてシアンがにやり、と笑った。
「おお、行ってこいよ。お母様にしっかり挨拶してこい」
一番心配していたタオ女王という存在がいないのなら、怖れることはないのだろうが。
ニャム族にいた時の記憶は恐怖しかないので、不安にかられながらもキースはカンが手渡した綱を受け取り、上った。
ウーほどの俊敏な動きではないもののキースは綱を上り切り、窓に脚をまたがらせて待っていたウーとともに城の中へと消える。後につづいたシャン・カンの姿も城の中へと消え、見守っていたシアンとミナは顔を見合わせてため息をついた。
「さて、ミナちゃん、どうする? これから、きっと長いよ」
「……シアン姉さん。あのヒトがこっちを見てるけど?」
残されたチー=リラが、シアンとミナのもとへと近づいてくる。
シアンは頭をかいた。
「あー、参った、言葉分かんねえんだよな……あー、コンニチハ、おねえさん、キレイデスネ」
シアンはこちらへと来るリラに、とりあえずグレートルイス語で話しかけてみた。
彼女を初めて見た時から、美女だと思った。自分より五歳ほど年上だろうと思う。
ウー程の美女ではないが、ウーとはまた違うタイプの美女だ。すっきりとした硬質な顔立ちと広めの額は知的美人という言葉が合う。
こんな密林のど真ん中で暮らし、粗野な服を着ているのに、都会で見る美人となんら変わらなかった。
先程ウーと抱き合っていたお姉さんも綺麗な顔をしていたし、ニャム族は美女の宝庫なのかもしれない。
「……その言葉、分かるわ」
リラがたどたどしいグレートルイス語で返した。
シアンは目玉が飛び出るかと思うほど、大きく目を見開いて驚いた。
「ほんと! おねーさん! そりゃ、良かった」
「ここに来た男に教えてもらったの」
グレートルイス人の男と懇意だったのだろうか。あ、いや、連れてきた男とは必然的にそういう関係になるんだっけ。まあ相手の言葉を覚えようとすると早いよな。
シアンは思いながら、天性の笑顔を彼女に向けた。
「初めまして。オレはシアンです。こっちの子は、ミナ」
「あたしの名はリラ」
その名前にシアンは急速に彼女に親しみを持った。
グレートルイス人の愛すべき親友。キッサン家の長女と同じ名前だからだ。
「リラさんか」
「……煙草、ある?」
リラの言葉に握手しようとしたシアンはあわてて手をひっこめ、ポケットからゼルダ産煙草の箱をつきだした。リラは一本選びだし、口にくわえる。
ちらりと自分を見るリラにあわてて、シアンはライターを取り出し火を点けた。
「ええと、ちょっと、その煙草きついですよ。パンチきいてて」
「……平気よ。ここで吸う煙草の方がもっとすごいわ」
リラは平然と煙を吸って吐く。
ふうん。ここでも、煙草あるんだ。手作り、ってやつ?
それにしても、こっちのリラさんはキッサン家のリラさんとは比べもんになんねえな。
目の前のリラを観察しながらシアンは彼女の独特の雰囲気に気おされる。
「よろしく、リラさん」
改めて片手をつきだしたシアンの手をリラは煙を吸いながら見つめた。
「あなた」
シアンの手を取ることなくリラはシアンの顔を見返す。
「ジャックと寝たわね」
……おいおいおい。
ちょっと待てよ。
まさか、その、まさかなのかよ。
シアンは凍りつく。
「シアン姉さん」
傍らにいたミナがためらいがちに声を出す。
「この人、あたしと同じような力をもつ人みたい」
マジかよ。
|彼女が(・・・)、|ジャック兄(・・・・・)|さんの恋人か(・・・・・・)……。
ふー、とリラがシアンの顔にめがけて煙を吹きかけた。
シアンは手をつきだした姿勢のまま目を閉じた。
「ごめんなさい……」
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