再び密林へ

 キエスタとグレートルイス国境の密林。

 磁石の効かないところもあるこの一帯はいまだ未開の地である。

 密林の中では少数民族が暮らし、そのなかのいくつかの部族は未確認である。


 熱帯植物生い茂る道なき道を薙ぎ払いながら一行は進み、湿気と襲い掛かる蚊に辟易していた。


「で、なんでお前もついてきてんだ」


 全身サファリルックで決めたシアンに、キースはあきれて言った。


「いいじゃん。何事も経験、経験。せっかくあの国出られたんだからさあ。いろんなところ行きたいじゃんかよ」


 あー、それにしても蒸すなあ、オレ、やっぱ暑いのだめだわ、と手で顔をあおりながらシアンはぼやく。


「オレのおかげでボスに頼んでウー引っさらってきてやったんだからよ。感謝しろよ。ウーのお付きのおにーさん優秀だからまくの苦労したんだぜ」


 あれから、シャチの手配によってウーを連れ去り、国境沿いまでトラックで移動した。それは本当にありがたいと思う。

 しかし。


「ミナさんも来ることはなかったのでは」


 シアンの隣にいる普段同様にシェリル族の服を着ているミナは当然のように笑った。


「あら、森は私の故郷よ。たまには、里帰りしなくちゃ。ウーさんと同じでね」


 言いながら、ミナはあっち、と指さした。

 キースはミナが同行したことに内心は非常に感謝していた。彼女の特殊能力で、一行は安全で行きやすい道へと導かれていたからだ。

 ウーがニャム族への道を覚えていると思うがなぜか彼女は率先して歩こうとはせず、ミナについていくのみだった。

 ニャム族の殺戮女王タオの存在を恐れているのかもしれない。それは自分も同じだ。

 女王に逆らった下女は死をもって償う。

 今回ウーに危害がおよびそうな気配があれば、すぐにとんぼ返りするつもりだった。


 だが、ミナが太鼓判を押したのだ。

 今すぐ、ウーはニャム族に帰っても大丈夫だと。危険なことはないと。

 ウーがニャム族に帰っても大丈夫かと聞いたキースに大丈夫だと笑顔で言い切ったミナの答えに、彼女の能力を信じているキースはウーと再会する気になった。

 もしミナの答えが反対だったのなら、キースはウーとは会わないつもりだった。

 ウーとレンとの関係は周知の事実で、ウーはグレートルイスの生活に適応していたようだったから。

 ウーがニャム族への帰郷を望まないようなら、そのまま彼女のもとを去るつもりだった。



「しかし、すごいね、ウー。こんなとこに住んでたんだ。お前も、よくここで生き延びたよなキース。あ、一番すごいのは置いてけぼりにされたルーイか」


 明るく声を上げるシアンにキースは眉をひそめる。


「彼(・)はなぜ来なかったんだ」

「あ、デイー? あいつ、ついてきたがったんだけどさ、オレが止めさせた。だって、あいつまだチェリーだもん。蚊に刺されて大事なとこがどうにかなったら大変じゃん。かわいそうじゃん」


 また、彼(・)に嫌われることになるのでは、とキースは背の高いキエスタ人の彼を思い出し憂えた。


「あいつも、ここに来たことあるんだけどさ。密猟のバイトしてたんだと。で、そのときウーに会ったんだとさ。一歩、間違えりゃお前と同じだったんだぜ、あいつ。そう考えると、すげえよな。なんか、運命感じるよな」


 確かに。

 自分のあずかり知らぬところで何かの力が働いているとしか思えない偶然だ。カチューシャ教ではないが、アルケミストの言っていた運命論は正しいのではないかと思えてくる。


 連れてきたウーが密林で会った少女と同一人物だと分かったデイーが取り乱した光景をキースは思い出した。

 ウーに向かってキエスタ語で『悪霊』とわめいたデイーをシアンがなんとかして落ち着かせた。彼にとっても、ウーとの出会いは自分がニャム族に抱いたのと同様に恐ろしい記憶であったのだろうか。



「なあ、キース。ウーだけど」


 シアンが声をひそめた。


「ウー、あの様子じゃアレだ。多分ニャム族には戻んない。今回は里帰りでお前んとこに戻ってくんのに賭けるわ、オレ」


 シアンは良かったな、とニヤリと笑う。

 と、次の瞬間には眉をひそめて首をひっぱたいた。


「オイオイ蚊に刺されちまったぜ。なあ、オレも帰ったら薬飲んだ方がいいかなあ、キース。一応半分なんだしよ。ボスに感染(うつ)しちゃマズイよな」


 知るか、とキースは答えて久しぶりの感覚に内心微笑む。

 シアンがいると、自分は素の自分になることができて非常に楽で心地よい。

 五歳から共に同部屋ですごした存在というのは、家族以上に特別な存在ではないかと思う。

 だが、|背の高いキエスタ(デイー)人の彼が目を光らせているこの頃では、シアンに近づくのもままならなかった。


「もうすぐね」


 ミナがいい、急に立ち止った。


「ウーさん。すぐ近くにあなたの血縁者がいるみたい」


 立ち止まったミナがウーを見つめた。


「呼びかけて。あなたの一族の言葉で」


 ウーは一瞬ためらった後、息を吐きながら舌を震わせ、ライライライライ、と音を発した。

 直後にがさりと繁みがかきわけられ、中から一人の女が現れる。


『ウーか?!』

『カン!』


 草で編んだ衣服、蜜色の肌、縮れた黒髪は後ろで束ねてある。

 シャン・カン。

 ウーと同じく第五女王(メヤナ)セイラムから生まれた下女(クアン)。ウーの姉でもある。

 二人は寄るなり抱き合った。

 久しぶりの姉との再会に、ウーは息が詰まるかと思った。


『無事だったか! どうしてるのかと思った』


 ニャム族の言葉でカンはウーとの再会を喜び、ウーの後ろにいる一行を見やった。


『なんだ、あいつらは』

『外の世界の者だ。あたしの面倒をみてくれた』

『……お前と逃げた男だな』

『ああ。キースだ。世話になった。また、あたしをここに帰しにきてくれた』


 他の者には分からないニャム族の言葉で、ウーとカンは語り合う。

 カンはシャツとジーンズ姿のウーをしげしげと眺め、目を丸くした。


『ずいぶん、変わった、ウー。外の世界の服を着てるし女王(メヤナ)のような身体になったな』

『ああ。外に行けば、みんなそうなるんだ。後で詳しく話すけど……。もう、あたしは子供も産める』

『本当か? なぜ?……ああ、でもお前が帰ってきてくれて良かった』


 カンはもう一度ウーの身体を抱きしめた。


『……お前が去ってからすぐ、いろんなことがあった。まず、タオ女王(メヤナ)が死んだんだ』


 リラは目を見開く。


『タオ女王が?』

『それから、タオ付きの|下女(クアン)、外に出たがっていたカン・タオを始めとして、お前のようにここを出て行った。どこにいったのかは知らない。そして、ウー女王が突然死して……太っていたからだと思う。スー女王はこの前の出産で死んだ…………今、|下女(クアン)は、半分もいない。これじゃ、子供や|女王(メヤナ)の世話ができない。……パイ|女王(メヤナ)、シャン|女王(セイラム)母さんは、|下女(クアン)の仕事をしてくれている。……ほかの|女王(メヤナ)は子供の世話をしてくださっている』

『母さん……パイ様も?』


 自分が去った後に起こったニャム族の信じられない話にウーはあんぐりと口を開けた。

 その中でも、依り神(捕まえた男)の殺戮を繰り返していたタオ=ジェミリがなぜ亡くなったのかが最大の疑問だった。

 しかし、そういう状況ならばウーの帰郷を阻むものは何もない。


「キース! 大丈夫だ! タオ女王はいない。帰れる」


 ウーは弾んだ声をあげてキースを振り返った。


「だから言ったでしょ」


 ミナが満足そうにくるくると瞳をまわした。

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