映画祭

 ~映画祭会場近辺にて~


「うっそ、俺、入れねえの」


 映画祭当日。

 昼過ぎになり、夜の本番へと盛り上がりをみせるフェルナンド映画祭会場の付近で、係員の男に締め出しをくらったカメラマンの男は素っ頓狂な声を上げた。


「西オルガンの終戦返還記念パーティーなら、だれでも報道関係者は並ばせてくれたぜ。レッドカーペットの脇に立つだけじゃん」


 係員の男に、カメラマンの男は非難めいた声で詰め寄る。


「残念だが。君はフリーだろう? 大手の新聞、雑誌社たちがもうすでに会場の内、外のすべての場所の権利を買っている。それだけ金になるんだよ。あの国のしけたパーティーと一緒にするな。規模が違う」


 係員の答えた言葉に男はむ、とした顔をした。


「ああ!? あんた西オルガンに、行ったこともねえくせに。そんなにしけてねえよ!」


 が、直後、男は表情を変えて柔和に言った。


「……ま、そうだよな、あの国は入国が難しいからおのずと報道関係者の数はここより少ないし。場所はだれにでも十分に確保できたってことだよな」

「そういうことだ。分ってくれたんなら、ありがたいよ」


 係員は男の容姿をしげしげと眺めた。

 中肉中背のまずまずとしたルックスの男。年の頃は30ぐらいだろうか。襟付きのシャツ、ジャケット、コーデュロイパンツ、それなりには上質な服装をしているが。


「次からの忠告として言っておくが。タキシード姿をしてくれよ。そういう場なんだから。……特になんだ、その髪」


 目の前の男の髪は、根元だけ色が明るい。


「ええ、これ知らないのかよ、兄さん。これはわざとだよ。今から来る流行なんだよ。根元だけ色を染める髪型が次は来るんだよ。知らねえの? 聞いたことない?」


 聞いたこともないね、と係員は彼に返し、彼の根元の髪色がプラチナブロンドなのに気づく。

 なんだ、白髪を染めていたのかと思ったが。せっかく、元の髪色が珍しい色してるんだからわざわざ無難な茶色に染めなくてもいいのに。


「そうか、残念だけど、今回はあきらめるよ。……ところで、例外はないの?」


 係員のポケットに紙幣をねじこみながら言うカメラマンの手をとどめて、係員の男は紙幣を彼につっかえし、冷たく言い渡した。


「例外は、ない」

「隅の端っこでもいいんだけど」

「あきらめな。それでホットドッグでも食って帰れよ」


 突っ返された紙幣をにぎりしめながら、去る係員の姿をカメラマンの男は悔しそうに見つめる。


「くっそ……グレートルイス人にしちゃお堅い奴だな。また、彼女を見逃すのかよ。……畜生、直で彼女を見たかったのになあ」


 ため息をつく彼の後ろにいた、緑のウインドブレーカーと緑のキャップをかぶった小柄な男が彼に声をかけた。


「あなたも中に入れず、残念だと言われた方ですか。我々も同じです。仕方がない」


 ふりかえった彼に緑ずくめの男はため息をついた。


「こんにちは。私は自然保護協会のものです。フェルナンド自然公園の森林警備員をしております」

「あ、そうですか。それはご苦労様です」

「あなたは、昨今の国境密林破壊の現状をご存知ですか? 実に嘆かわしい。最近、密林の地下には資源が豊富にあるなどという情報が流れまして、キエスタ側、グレートルイス側が共同で開発しようとの動きが出ているとか。少数民族が今なお多く住むあの地をですよ。一度破壊された熱帯雨林は二度と元には戻らないというのに。彼らには貴重な自然というものが分かっていないのです」


 怒涛のように始まった緑ずくめの彼の話に、しまった面倒くさいのにつかまったな、とカメラマンの男はうかつに返事してしまった自分に後悔する。


「その自然破壊危機をしらしめようと、我々は過去に破壊された自然の姿、そして現状を訴える映画を今作っているのです。監督は、東オルガン出身の新進気鋭、ゲーリングです。この場を借りてその映画の宣伝にでもなればと私もここに来たのですが……うかつでした。場所代がいるなどと。しかも、一年前から予約制だったとは」


 首を振って緑ずくめの男はもう一度ため息をつき、ポケットから緑の自然保護協会缶バッジを取り出して目の前のカメラマンの胸に勝手に着けはじめた。


「あなたも、自然破壊の危機に脅威を感じられることと思います。興味がおありならぜひ、我々と共に自然保護に協力を。いつでもお待ちしております」

「あ、はいはい。頑張ってくださいね。とりあえず、これはなにかの足しにでも。お願いします」


 カメラマンの男はこれで済むかな、と先程係員に渡して突っ返された紙幣を今度は緑ずくめの男の手をとり中に握らせる。


「ありがとうございます」


 にっこりとほほ笑んだ緑ずくめの彼に


「じゃあ、来年は気をつけましょう。お互い会場で会えたらいいですね」


 と、カメラマンの男は愛想笑いを返し、素早く立ち去ろうとした。


「あ、お待ちを」


 そう言って緑ずくめの男は引き止め、カメラマンの男に向かってなにやらぶつぶつつぶやき手で印を結びだした。

 おいおい、勘弁してくれよ、と髪の根元がプラチナブロンドの男はあきれる。 

 新手の宗教じゃないだろな。大丈夫なのか?

 と、心配するカメラマンの前で緑ずくめの男は言葉をつぶやき終えると、笑顔でカメラマンを見上げた。


「突然、申し訳ありません。不安にさせてしまったなら謝ります。……実は私のルーツはシェリル族でしてな。シェリル族では各々人はそれぞれ守護神がつくと信じられていたというお話はあなたもご存じかと思いますが……私にはたまに、相手の守護神が見えるのです。私が見たところ、あなたの守護神はどうやらイルカのようですね」

「イルカ?」


 カメラマンの男は素直に驚いた声を出して、頭の中で可愛らしい海の人気者を思い浮かべた。


「イルカは愛の狩人と呼ばれております。……特にオスのイルカは快楽を求めるなら、パートナーを選ばないとで有名ですな。それこそ、同性でもウミガメでもウナギでも」

「へー、イルカってそうなんですか。意外だな」

「……海の自然保護にも興味がおありですか?」


 カメラマンの男は緑ずくめの男からあわてて一歩、離れた。


「いいえ。では失礼します」

「あなたが、この国の美女たちからの愛の恩恵に与れますよう。お祈り申し上げます」


 にこにこと微笑みながらひらひらと手を振る緑の男に対して、カメラマンの男は挨拶もそこそこに立ち去った。


 パートナー選ばず、て。俺、そこまで見境なくはないと思ってるんだけど。

 先程の緑ずくめの男の言葉に内心、少々傷つきながらカメラマンの男はパブを探した。


 しょうがない。

 係員の言った通り、ビールとホットドッグ片手にパブのテレビで映画祭の中継を見るか。


 ……彼女がよく映ればいいんだけど。


 カメラマンの男は口笛を吹きながら、会場から離れた。




 ――寄付をくれたカメラマンの男の後ろ姿を好意的に見送っていた緑ずくめの男は、とおりすがりの男に声をかけられて、彼の方を見上げた。


「はい、なんですか?」


 声をかけた男は190はあろうかという長身の美男子だった。そのわりには、みすぼらしい服装をしているが。


「すみません、先ほどのお話が聞こえまして。私にもお聞かせ願えないかと」


 答えた彼の心地よい声音と彼の持つ優しげな雰囲気に満足した緑ずくめの男は、顔をほころばせた。


「自然保護に興味がおありですか?……もちろんですとも。あなたのような方と出会えるのをお待ちしておりました。ここで立ち話はなんですから、どこか店に入ってゆっくりとお話しましょう」


 そう言うと、頭二つ分は身長差があろうかという男の背を親しげに押して、緑ずくめの男は歩き出した――。

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