映画祭2

 予定通り、通例のフェルナンド映画祭は開催された。

 フェルナンド市内の中央に位置する会場には各社の報道陣が並び、ひしめきあっていた。

 カメラのフラッシュが続く眩しいレッドカーペット上を、ウーの手をとり歩き、会場内へと入ったレンは群衆に彼女の美しさを見せつけることができて満足ではあったが、心の一部分では残念でもあった。


 ウーが髪型を大きく変えていたのだ。


 彼女を迎えに行った際、彼女の変わりようにレンは一瞬、ショックを受けた。

 次の瞬間には、その髪型も似合うね、と笑顔でその気持ちをばれないようにと誤魔化したが。


 ウーは髪色を赤毛に変え、毛先を大きくカールさせていた。

 あでやかでゴージャスではある。似合ってはいる。


 でも以前の髪型のほうが良かった、とレンは心の中でため息をついた。

 明らかにレンが用意させたドレスには合わず、ウーが自分で用意したというシンプルなドレスに変えた。

 ストレートで元の褐色の髪の方が、ウーの美しさは引き立っていたと思う。少数民族というミステリアスな出自、密林奥深くの精霊を思わせる自然のままに美しい女性、というイメージにぴったりだった。

 それが今は、世俗的な美女になってしまった。

 いや、美しさは抜きんでているけれども、今のウーは東オルガンの赤毛の美女ヴィクトリア=フォン=ターナーを彷彿とさせてレンは嫌だった。

 今回、ヴィッキーことヴィクトリアは体調不良を理由に不参加である。

 良かった、とレンは思う。彼女と似たような髪型の美女が同じ会場に居ようものなら、ヴィッキーの機嫌は最高潮に悪くなったに違いないから。

 西オルガンの終戦・返還記念パーティーで、ヴィッキーがシアンにした仕打ちを間近で目撃したレンは彼女を恐れていた。

 ウーがもし、シアンが受けたのと同じ仕打ちをヴィッキーに受けたなら。

 想像して、レンは笑った。

 ウーはためらいもせずすぐさまお返しとしてワインを彼女にぶっかけるだろう。間違いない。

 それはそれで見物で……そしてそんな自然な行動を起こすウーを自分はたぶんさらに好きになるのだろう。


 自分の手を取って歩いているレンがにやにやと笑みを浮かべているのに、ウーは怪訝そうに見上げた。

 なんでもないよ、嬉しくて。

 レンは答え、ウーの腰を抱きタキシードとドレスの渦まく会場内へと進んだ。三千五百人を収容できる観劇場の二階席をとった。ゆっくりとテーブル席でワインを飲みながら楽しめる。


 ウーが急に髪型を変えたのは心境の変化でもあったのだろうか。

 心当たりはあった。

 パーティー参加で外見を変えたくなったとか、もしくはゼルダで起こった事件、または……つい先日、自分の家族にウーを会わせたこと。


 自宅に招待した食事会で、母や姉の質問にウーは生まれ育った異文化を感じさせるようなとんでもない答え方はせず、そつなく応えていたが。

 母や姉の浮かべるにこやかな笑顔の奥から、自分が値踏みされるような気配は感じていたはずだ。

 その後、レンがホテルまで送った際、かなり疲労していたウーの様子にレンは申し訳なく思った。

 でもあのときにこの髪型でなくてよかったと、心底思う。この髪型で母や姉に会わせようものなら確実にアウトだった。


「Hi」


 会場内にいた次のラマーン新作の映画監督が一人の若い男を連れて、レンとウーの元へとやってきた。


「髪型を変えたのですね。以前の髪型も良かったけど、今の髪型も最高に似合ってますよ。まったく美女は何をしても何を着ても似合う。この間撮らせていただいた女神ネーデのショット、完璧でした。あのワンショットだけで今回のヒロインのケイトを喰ってしまうかもしれませんね」


 にこにことレンの隣にいるウーに監督の男は愛想笑いを向けた後、隣の男を二人に紹介した。


「ご存じだと思いますが今や期待の新星、東オルガンからきた根暗少年ことゲーリングです。最近、自然保護を訴えるドキュメンタリーを撮っているようで。それよりも、ヤツの才能を生かせるようなパンチのきいた脚本を引き受けろ、て言ってるんですけどね。いい脚本がありましたら、ぜひ彼に」

「ゲーリングです。よろしく」


 血色の悪い顔の青年は、無表情でレンとウーに挨拶した。

 ウーの美貌にゲーリングは興味がないようだった。

 表情を変えずウーの手を取り握手する彼に、レンは彼の対象は同性だろうか、と疑う。


「……あなたのショットを拝見しました。あなたは、まさに女神ネーデそのもので。感服しました」


 かと思うと、そのままウーの手を離さずにゲーリングは続ける。

 彼の瞳がナイフのように鋭いのをレンは見た。


「今の髪型のほうが前の髪型よりもいい。あなたを現しているようで。……あなたは内面も外見も残酷で奔放な女神そのものだから」


 ゲーリングは手を離す。


「そうそう、あなたのような女性は見ない。あなたが女優業に興味がおありなら、その時私はあなたを主役に悪女の話を撮りたいですね。たとえば、数々の男を翻弄して破滅に導く伝説の娼婦……」

「おい、失礼だろうがよ」


 焦った様子で、隣にいた男はゲーリングの肩を抱いた。


「はは、すみません、冗談が過ぎるやつで。伝説の悪女! はは。際立った美女にしかできませんからね。はは」


 男はゲーリングを小突きながら、レンとウーから去って行った。


「変わった、面白い人ね」


 ウーが二人の後姿を見ながらつぶやいた様子に、レンはほっとする。

 気を悪くしたようではないようだ。


「確かに変わってるね。でも、監督なんて変わってる方が多い」


 レンは微笑んで、ウーを二階の特等席へと促した。


 それからは滞りなく映画祭は行われた。

 脚本、脚色、映像、音楽、衣装デザイン……それぞれの賞が舞台上の壇上で発表され、受賞者が金の像を受け取った後、次は主演女優賞の発表がされようとしたときだった。

 悲鳴が上がった。

 突如、発せられた悲鳴は途切れることなく、延々と続いた。

 悲鳴が上げられた場所は、ウーたちの座る席の真向かいの二階席だった。何事かと皆がその方へと視線を向けると、一人のドレスを着た美女が隣に座っていた男に押さえつけられており、悲鳴を上げながら男から離れようとしていた。彼女は男の手から逃れ、テーブル上のグラス等を引き倒した。隣のテーブルクロスを引っ張り、盛大に上のグラスを倒し、そのテーブルに座っていた者の服を濡らした。

 会場は騒然となった。

 警備員があわてて数名やってきて、彼女をとりおさえようとするが、狂乱した彼女は常人ではない力でそれらを拒んだ。

 映画祭はいったん中断することとなり、生中継も途中で切れた。そして、突然中断した波乱の映画祭は再開されることなく、二日目をむかえずにそのまま幕を閉じたのだった。


 翌日、映画祭が中止になった原因の彼女が取り乱した理由が判明し、フェルナンド、いやグレートルイス全土が震撼した。

 狂乱した女性は東オルガンに住む過去の美人女優であり、彼女の隣にいた男は彼女の夫で東オルガン貴族の脚本家だった。

 彼らの一人息子が東オルガンの地で死亡したのだ。

 死亡した場所は東オルガン市警。

 女性警察官を襲おうとした彼は、女性警察官に射殺された。

 まだハイスクールに通っていた息子が捕らわれた罪は、おぞましいものだった。

 彼ら夫妻が息子に与えた別荘での、女性たち拉致監禁。

 その女性たちは強制的に妊娠させられ、生まれた子供たちは闇市場で売りに出されていた。

 平和で安全な土地の代名詞だった東オルガンでそのような事件が起こったことは、グレートルイス国民に衝撃を与えた。


 それからは連日、その事件の詳細が報道された。

 犯罪組織ガラナンとの共謀とされ、西オルガンでの人身売買も彼らのグループによるものと判明した。

 首謀者であった少年の両親も麻薬密売にかかわっていたことが判明し、映画界の人物たちにも次々に嫌疑がかけられ、芋づる式にそれぞれの悪行が白日のもとにさらされた。


 ラマーンの新作を製作途中だった監督も、15歳以下の女優との行為が明るみにされた。

 製作をあやぶまれたその作品のあとを引き継いだのはゲーリング監督だった。


 ゲーリング監督はまたその後、自身が東オルガン出身であり、監禁されていた女性たちを発見した巡査がハイスクール時代の同級生だったこともあって、今回起こった東オルガンの事件を題材とした映画を撮る権利を勝ち得た。


 今回のフェルナンド映画祭は、事件により中止された映画祭として長くフェルナンド映画祭の歴史に名を残すこととなった――。


 









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