キッド空港
グレートルイスの首都、キッドにある空港内で、マニッシュな服を着た美女が一人、立ちつくしていた。
白いメンズのシャツに緩めたネクタイ、メンズのパンツ姿。
長身で均整のとれた身体と、雪のように白い肌、際立った美貌に、周囲の人々は彼女をモデルだと思った。
通り過ぎる人々は皆、彼女を見やり、中にはこっそり写真を撮る者までいたが、彼女は全く気付かない。
当の本人であるシアンは、人のあまりの多さに圧倒され、目を白黒させていたからだ。
すげえ。さすが、人種の坩堝(るつぼ)グレートルイスだわ。
白い肌、薄い茶色の肌、褐色の肌。中には海を遥かに越えたところに住む黄色い肌の小柄な民族、黒い肌を持つ背の高い民族の姿も見える。
金髪、赤毛、亜麻色、褐色、黒髪。
キエスタを中心にした、様々な民族衣装。
飛び交う会話は、グレートルイス語だけでなく、キエスタ各地の言語、海の向こう側の国の言語、少数民族独自だと思われる言語など様々だった。
ただただ圧倒され、スーツケースの傍らで目の前の人の波に目を見張っていたシアンは、横から声をかけられるのに、我に返った。
「スミマセン」
声をかけて来たのは、いかにも純朴そうな褐色の肌のキエスタ人の少年だった。
身長は自分より低いが、身体は細身で手脚が長く、細面の優しい面立ちをしていた。ティーンエイジャーに受けそうな、中性的な美形だ。キエスタ南部の血が入っているのかもしれない。
シアンはカチューシャ市国で会ったある少年を思い出し、思わず表情がゆるんだ。
「はい。どうしました」
「ワタシ、ハジメテコノクニニキマシタ。ミギモヒダリモワカリマセン。……コノバショニイキタイノデス。イキカタヲオシエテイタダケマセンカ?」
シアンが答えると、少年はたどたどしいグレートルイス語でそう言ってシアンに大学のパンフレットと学生証を見せてきた。
「フォワード大?滅茶苦茶頭のいい人が行く大学じゃん。……おにーさん、優秀なんだね。留学生なんだ。……えらいね。キエスタから勉強しに来たんだね」
シアンは感心して、目の前の少年に好感を持った。
「でも、参ったな。オレもこの国初めてで、右も左も分からないんだよ。……そうだ。タクシーまで連れてってあげるわ。タクシーの運転手のおにーさんに言えば、間違いないから」
シアンは少年を手招きして、空港の出口へと向かう。
「アリガト、ゴザイマス」
「いいって。わかんないよね、迷うよね。こんな人多くちゃあさ」
シアンは微笑んで、少年に話しかけた。
「何を勉強しに来たの」
「……ケンチク、デス」
「はあ、えらいねえ。勉強したら、故郷に帰って、でかい建物つくるんだね。そりゃあ、すごいや」
二人は空港のロビーを歩く。
「……おにーさんみたいな美形はさ、この国の女の子に受けるから、モテるだろうけど、学生の本分は勉強だからね。誘惑に負けて勉強そっちのけにならないように気をつけなよ」
「……ハイ」
「俺も後悔してんだよ。学生時代、もっと勉強しとくべきだったなあ、て。結構、後で返ってきたりするんだよね」
シアンは外に出て、降り注ぐ夏の日差しとアスファルトの照り返しに目を細めた。
あっちー。フライパンの上にいるみてえ。
すぐ前のロータリーに止まっている黄色い車のタクシーの運転手が、手を振って合図してるのに気付いた。
「ちょうどいいや。おにーさん、こっち」
少年に手招きして、シアンは黄色い車に近付いた。
タクシーの窓から運転手をのぞきこんで、シアンは告げた。
「このおにーさんをフォワード大学まで連れていってやって。頼むよ」
そう言い終えて、シアンは少年を振り返る。
「じゃあね。これからこの国で頑張ってね」
笑顔で言うと、少年はシアンを引き止めた。
「マッテクダサイ。アナタノイクトコロマデ、オクラセテクダサイ」
「ええ?いいって、いいって」
シアンは手を振る。
「国からお金出してもらって来てんのに、ムダ金使うもんじゃないよ、おにーさん」
「アナタノヨウニ、シンセツデコンナニウツクシイヒトハ、ハジメテデス。ドウカ、オネガイデス。モウスコシ、アナタトハナシタイデス」
美形の少年に純真な笑顔でそう言われて、シアンは悪い気はしない。
「おにーさん、口が上手いなあ。今から、そんなでどうするよ」
ニヤニヤして答えながら、シアンは考えた。
今日泊まる予定のホテルの名は知ってる。
そこまで、乗せていってもらうか。
「じゃあ」
乗せてもらおうかな、と続けようとしたシアンの背後から、声がかかった。
「ちょっと、そこのお姉さん」
振り返ると、暑いのに黒っぽいスーツをしっかりと着込み、サングラスをかけた背の高い青年が立ってこちらを見ていた。
褐色の肌は、キエスタ人だ。
りゅうとした身体つき、整った輪郭と鼻と唇は、サングラスで見えない目を差し引いてもかなり恵まれた容姿である。
「げ、デイー」
背後の少年が、うわずった声をあげた。
「悪いな、アドゥル。ボスの客人だ」
言って目の前の青年は、近づいてきた。
「わわわ、悪かった。もう、しねえ。」
少年のカタコトじゃない話し方に、シアンは驚いた。
なんだ、流暢に話せるじゃん。……て、いうか二人、知り合い?
「お、俺はもう行く。忘れてくれよ」
あせったように少年は言い置いて、後も見ずに駆け去った。
近づいてきた青年は、タクシーの窓枠に手をかけ、中の運転手に話しかけた。
「何度言えばわかるんだ。てめえらのボスは、よっぽどの馬鹿なのか。……いい加減、イラついてきたぜ。理、てのを知らねえのか」
彼が言い終える前に、タクシーは発進して去った。
「……南部の集まりの小物グループだ。最近、いやに羽根伸ばして好き放題に振舞ってやがる」
言って、彼はシアンの方を振り返った。
シアンは、彼に近付いた。
手を伸ばして、彼の顔からサングラスを取る。
ーー茶色の瞳。
カチューシャ市国で出会った懐かしい少年が、自分を見下ろしていた。
「……久しぶり……ってほどでもないかな」
シアンは顔をほころばせた。――
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