再会

「バカかよ、お前は」


 少年から返ってきた言葉に、シアンは笑顔を消すと、む、とした表情で彼を見上げた。


「なんだ、それ。再会して言う言葉かよ」


「右も左もわからねえのに、ウロウロするんじゃねえ。俺が迎えにいくのを大人しく待ってろよ」


 デイーは、シアンの手からサングラスを奪い返すと顔にかけた。


「まさか、お前タクシーに乗る気だったんじゃないだろな」


「だって、フォワード大に行くような秀才美少年だぜ?可愛い子に褒められて、悪い気しないだろ」


 あっけらかんと答えるシアンに、デイーは口をあんぐりと開けた。


 分かった。

 ゼルダ人てのは、国が閉鎖されてるから、西部育ちの俺よりはるかに温室育ちなのだ。

 その中でも特にこいつは、人を疑わないときてる。


「なんだよなんだよ。お前、えらくガラが悪くなっちまったな。カチューシャの時の王侯語(キングス)話してたデイー君はどうしたんだよ」


 口を尖らせて、シアンは文句を言う。


 当たり前だろうが。

 ボスの家族(ファミリー)に入ったんだぜ、俺は。

 あきれて、デイーはシアンを見下ろした。


「……お前が時間通りに来ないからだろ。不安で心細かったんだよ」


 言い訳のように、シアンはデイーから目をそらして小さな声で言った。

 デイーは目を見開いた後、軽く微笑んだ。

 シアンの手からデイーは荷物を奪い取ると


「渋滞してたんだよ。悪かった。……来いよ。こっちだ」


 と、背を向けて歩き出した。

 シアンは微笑すると、広い彼の背中について歩いて行った。


 *****


 シルバーグレーの車体の助手席に乗り込むと、シアンは窓を開けてシャツのボタンを上から二番目まで外した。

 窓枠に肘をつき、手で顔を支えて運転席のデイーを見る。


「お前、運転できんだね」


「……この間、免許とった」


「この車は、ボスの?」


「うん」


 デイーは車を発進させた。

 窓からふき込む風をシアンは楽しんだ。

 デイーは、夏の日差しの中の彼女を横目でまぶしくちらちらと見つめた。

 ……実をいうと、昨夜は嬉しかったのと、ドキドキしたのとで眠れなかった。

 それがばれるのが嫌で、デイーはサングラスを外そうとしない。


「今からホテルに送るけど。明日朝、シェリルシティーに向けて出発する」


「お前と、明日からドライブデートか。いいね」


 にこ、とシアンはデイーの方を見て笑った。


「……お前にまた会えて、うれしいよ」


 ……俺も。

 緩みそうになる口もとを噛んで、心の中でデイーは万歳を繰り返す。


「……ボス、怒ってなかった?」


 シアンが窓の外の流れる風景を見ながら言った。


「いや……なんで」


「オレ、あの国にいてボスに貢献するつもりだったのにさあ。なんか、いずれこっちに来ることになっちゃって……。向こうにいる間は、できるだけ貢献するつもりだけど」


 移民手続きにはしばらく時間がかかり、今回シアンは旅行申請が通ってグレートルイスに来た。


「大丈夫だろ……ボス、お前のこと可愛いっていってたし」


 デイーは答える。

 シアンがグレートルイスに移住することが分かった時、デイーはうれしくて三日間ろくに眠れなかった。

 これから彼女と同じ国でいられる奇跡を、女神ネーデに感謝した。


「そっか。なら、いいかな」


 シアンはつぶやいた。デイーはそんなシアンを横目で見ていたが、前方に目を戻した。


「……なあ、お前」


 デイーは、ハンドルを切りながらシアンに言った。


「ボスの目……、見たことある?」


 いまだに、自分はボスの素顔を見たことがなかった。彼は常にサングラスを外さない。彼がどんな容貌か気になって仕方がなかった。

 シアンは目を丸くすると、足を組み、ニヤニヤとデイーを見て笑った。


「さすがに、あの時はボスもサングラス外すぜ、デイー君。なんだ、お前まだボスの顔見たことないんだ」


「……」


「ボスの目ね……」


 シアンは再び、窓の外に顔を出し風にふかれるのに身をまかせた。


「エロいよ」


 なんだ、そりゃ。分かんねえし。

 デイーは心の中で舌打ちする。


「わりと紳士なんだよ。助かったわ。相性もいいし」


 聞いてねえし。聞きたくねえし。

 デイーは耳を手で覆いたい気持ちになる。


「あ! あれあれ。あのレストラン」


 信号待ちしている車の横の歩道に面する店を指して、シアンが興奮した様子で叫んだ。


「あそこ、有名なんだろ。ランク5の超有名レストラン。予約一年待ち、ていう」


 言いながら、シアンは本を取り出しぱらぱらとめくった。


「あった、あった、そうそう、レストランカイザーか」


 シアンが持っている本は、グレートルイスの旅行者用ガイドブックだった。


「なんだ、お前、そんな本買ったのかよ」


「いいだろうがよ。オレ、外に出られないゼルダ人だぜ。おのぼりさんなんだよ。はしゃいでんだよ」


 噛みつくように言い返すシアンに、デイーは思わず笑みが漏れた。


「いいなあ。グレートルイス人のカップルはあそこで記念日を祝うんだろ。憧れるよな」


 窓枠に顎をのせて、シアンはうらやましそうに店を見つめた。

 今は昼だからランチの客しかいないが、夜になると着飾った男女が集う高級感あふれる空間となる。


「すげー高いぜ。……ボスに連れてってもらえよ」


「え? ボス、あんな店入れんの?」


「……裏口から、奥の部屋で、とか」


 デイーは言葉を濁す。まあ、きっとそんな感じだろう。


「そっか。じゃあ、いつか頼んでみるかな」


 シアンは微笑んでそう言った。


「で、デイー。明日までまだ時間あるんだからよ。ホテルに荷物置いたら、とりあえず、オレ行きたいところあるんだけど」


 ガイドブックを手に、わくわくした感じでシアンがデイーを見て言った。


「もちろん、連れて行ってくれるんだよな。オレ、右も左も分かんねえし。案内もしてくれるんだろ。行きたいとこ、丸つけてきたからさあ」


 歴代大統領の銅像だろ、映画俳優たちの足跡だろ、あ、それからダイヤモンド街……。

 と、ガイドブックを指しながら続けるシアンの言葉に、デイーは苦笑してため息をついた。








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