第97話 仕事3

 彼の反対側の後部座席にまわったデイーは、扉を開けて出てきた別の男に驚く。

 そして、車内を見て更に驚いた。


 え、四人……。


 声をかけた男以外に運転手がいるとは分っていたが、まさか車内に四人の男がいるとは思わなかった。

 デイーは血の気がひく。

 出てきた男に促され、デイーは車内に入る。

 男がデイーについで乗り込み、扉を閉めた。

 デイーは声をかけた男と扉を開けた男の間に挟まれる形で座った。

 男たちはみんなキエスタ人でサングラスをかけスーツを着ていた。

 それも、多分高級なスーツを。


 キエスタ人でこんな恰好をしている者なんて、初めて見たぜ。

 デイーはびくびくしながら、彼らに目を走らせる。

 車が走り出した。


「名前は」


 声をかけた右隣の男が聞いた。


「デイーです」


 緊張のあまり、カラカラになった喉でデイーは答えた。


「そうか。デイーか」


 彼はうなずいてデイーを見つめる。


「君を、買おう。三か月間」


 デイーは仰天した。


 やばい。

 明らかにおかしい客だ。

 ヘンな客にしょっぱなから当たってしまった。

 今この瞬間逃げ出したい気持ちにデイーはとらわれる。


「……スーツを持ってるか?」


 唐突に男が聞いた。


 デイーは奇妙に思う。

 もしかして、そういうのが好みというか性癖というか、そういうことだろうか。


「……いえ、今まで着たこともありません」

「そうだろうな。用意しよう」


 男は言った。


「……」


 自分を取り囲む男たちの威圧的なオーラにデイーは委縮する。


 こわい。

 こわすぎる。

 いきなり、四人なんて。

 しかも、三か月?

 ……て、なんだよ。


 沈黙が続く中、デイーは気付いたように言った。


「あ、あの、俺……。昼間はレストランで働いていて。朝早いから、すみません。やっぱり、やめます」

「そっちの仕事を辞めればいい」


 男が即答した。


「その仕事より、はるかに高い金額を払ってやる。約束しよう」

「あ、でも、俺、その……」


 デイーはなんとかしてこの状況から逃れたく、無我夢中で言った。


「俺……今日が初仕事なんです。どうやったらいいか、まるで知らないんです。……だから、皆さんに多分、ご期待にそえるようなことはその、なにもできないと思います。すみません、降ろしてください。すみません、お願いです。すみません、降ろしてください」


 最後の方は、もう懇願だった。


「……っく……」


 右隣の男が耐えきれず吹き出した。

 それを皮ぎりに、車内の男たち全員が声を出して笑う。


 ……こわい。

 こわすぎる。


 笑い続ける男たちにデイーは絶望した。


 ああ、女神ネーデよ。

 俺をどうかここから助けてください。


 デイーは泣きそうになりながら、彼の信仰する女神に祈った。


「そんな、たいした初物は大事にとっとけ、デイー」


 まだ笑いながら右隣の男がデイーの肩に手をやって言った。


「俺たちは客じゃない。お前の客はもっと大物だ」


 え。

 デイーはあっけにとられた。

 ……意味が分からない。


「俺たちは、斡旋するだけだ。……先方がラミレス神みたいな美少年をご所望でな。勘違いさせて悪かった」


 男は続ける。


「お前がその客にどう出るかで、お前の報酬も変わってくる。……せいぜい気張れ」


 デイーの肩をつかみ、男はデイーに言った。


「お前はこれから俺たちと来い。これから一か月間、死に物狂いで身につけろ。品位ある所作ってやつをな。……まず、キエスタ訛りとスラングだらけのグレートルイス語をなんとかしろ。東オルガンの王族みたいなエレガントな発音ができるようにな。読み書きはできないだろうが、とりあえずグレートルイス語を読めるようになれ。書くのはその後だ。……それから、スーツに着慣れろ。上流階級のやつらに交じってもおかしくないくらいに身だしなみに気を遣え」


 彼はデイーの顔を見つめて笑った。


「お前は賢そうな顔してる。俺のいったとおりに、できるな。……必要なものは俺が全部用意してやる。だから、期限の一か月後まで間に合わせろ」

「……一か月後?」


 デイーの問いに、男は頷いた。


「ああ、そうだ。……一か月後、俺たちとお前はカチューシャ市国に飛ぶことになる」


 状況が呑み込めない頭で、デイーは男の言葉を聞いた。

 ただ、しばらくはそういう仕事をする危険からは免れる、ということだけは理解して心の奥でほっとため息をついた。
















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