第96話 高級車
目を見開いて立ちつくしているデイーの前で、車の後部座席の窓が下りた。
街灯の明かりで、彼の肌の色が暗いのに気付いた。
グレートルイス人じゃない。
キエスタ人だ。
サングラスをかけていて目は確認できないが、顔の輪郭の特徴からそうだと思った。
南部出身じゃない。
それ以外の地域の顔だ。
髪は太くて硬く、やや縮れていた。
彼はスーツを着ていた。
「……君は、キエスタのどこ出身だ」
彼が聞いた。
まだ若い声だった。
適度に低くて知性が感じられる声だったが、得も言われぬ迫力を感じた。
「西北部です」
デイーはのどに何か詰まったような声が出た。
「西北部? ……混血か?」
「はい。……父が、ヤソ人。母が、南部のジャラ人です」
自分の答えに、彼の口もとがかすかに笑うのが見えた。
「……さらい婚か」
デイーは頷いた。
デイーの生まれた西北部の集落は、かなりど田舎だ。
今はさすがにないが、父の若いころにはまださらい婚の風習が残っていた。
父が今のデイーぐらいのころ、遠出したバザールで母を見染めた。
見染めたといっても、南部の母は上から下まで黒い衣装で体を覆っていたし、透けた生地の上からの目だけしか確認できなかったはずだが、代金を受け取るときの母の手の白さと声が気に入ったと言っていた。
母の周囲に人が少なくなった時を見計らい、父は母を抱えてトラックの助手席に乗せた。
そして、そのまま自分の村へ連れて帰った。
普通ならさらわれた女性は泣きわめくはずだが、母に至ってはさらった父に土下座して涙を流してお礼を言ったという。
母がいた一族が女性にたいして相当ひどい扱いをしていたことがうかがえる。
「南部の混血の、温室育ちか」
面白そうに自分を上から下まで見つめ、彼が言った。
デイーはうつむいて彼から視線をそらした。
「……乗らないか」
彼の言葉にデイーは覚悟を決めた。――
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