第98話 転機
隣国ゼルダのトップ、K=トニオ氏のスキャンダルはグレートルイスを揺るがせた。
清廉潔白さがウリの彼が、グレートルイス人の美女と5歳になる子供をもうけていたのだ。
しかも彼女には戸籍上のグレートルイス人の夫がいた。
マフィアのシャチのグループの顧問を務めていた元弁護士で、転職し西オルガンでコンサルタント会社を経営していた。
だが、実際は人身売買の経営だった。
西オルガンのビジネス街で白昼堂々、売春宿を開いていたのだ。
顧客は、ゼルダ人が主だがグレートルイス人もいたとされる。
女性たちをあの国へどのルートを使って入国させたのか、シャチのグループがどう関わってるのか、彼とK=トニオ氏はどこでつながったのか、西オルガンで実の父親にどう母子は会っていたのか、事故死したとされる戸籍上の夫は自殺だったのか……。
連日、テレビでも新聞でもその話題で持ちきりだった。
グレートルイス人の妻とその5歳の息子は、将来息子の避妊手術前提でグレートルイスで保護することになった。
K=トニオ氏は、糾弾され政界を去り刑に服している。
あの国では重罪だ。
彼は、残りの余生を刑務所で過ごす。
隣国ゼルダでは、あの国でも歴代1、2を争う激しい転換期だったのではないか。
1年前にトニオ派とフォークナー派に政権は双極化し、五か月前にフォークナー氏が暗殺、四か月前彼の告別式での爆破事件でフォークナー派は一掃、もとのトニオ筆頭のワンマンに戻るかと思いきや、彼の隠し子事件で彼は失脚。
今、だれが残っているかという話である。
トニオ派の者が残ってはいるだろうが、国民の心を戻すことはできないだろう。
トニオは、一番やってはならないミスを犯した。
国の開放を強固に否定していた、彼が。
残っているのは、サマリール氏である。
暫定的に党の長に就任した彼のそばには、キルケゴール氏がいた。
ルックス的にもスピーチも、際立つものがない無難なサマリール氏の横で、黄色の髪覚めるような青い瞳の彼は目立った。
今回の隠し子騒動の直前に話題になった、美女のことでもキルケゴール氏は注目された。
部下の過ちのせいで、この国にとどまることになった悲劇の美女。
しかも、その相手はフォークナー氏告別式爆破事件にかかわっているとされる重罪人だ。
彼女の写真が公開されたが、彼女はあまりにも魅力的で悲しく、ゼルダの国民の心をとらえた。
キルケゴール氏は、傷心の彼女を引き取り、責任を持って世話をするという。――――
「……奴の、支持率が半端ないんだが」
レンの目の前で、ブラック副大統領は歩きながら言った。
レンは気にせず目の前の書類に没頭する。
彼の叔父、ブラックは歩きながら自問自答しつつ考えるのが癖である。
別に自分に話しかけているわけではない。
「あいつが、いよいよ表舞台に出てきやがったか。……くそ面白くないんだが」
学生時代、ブラックはゼルダに留学していたが、その時かのキルケゴール氏と交流を持った。
……交流は持ったが、二人の関係は麗しかったわけではないと思う。
叔父は詳しくは語らないが、むしろ、その反対で二人の関係はとんでもなく険悪だったのではないか、とレンは推理している。
「叔父さん、隣のキツネのことはひとまず置いといて」
レンはだめもとで声をかけてみた。
「もうひとつのキエスタのことですが。……あれは、どうするつもりなんですか」
ブラックがようやく椅子に座った。
「今回を皮ぎりに、もう犯罪者には屈しない」
あ、聞こえてたんだ。
レンは安心する。
今、隣のキエスタでグレートルイス人の誘拐が多発している。
南部を中心に武装グループがジャーナリストを中心に誘拐し、これまで身代金を払い続けてきた。
最近、範囲が拡大してきており、今回はキエスタ北部で初めて誘拐事件が起こった。
「いま、つかまってる彼には申し訳ないが。仕方がない。自己責任だろう」
北部にいたジャーナリストの男が拉致され、武装グループは彼の身をこちらに知らせてきたが、グレートルイスは要求には応じないという声明を出す予定だ。
「あの国から国民を引き揚げさせる。……まったく、温室とされた西部でも危うい」
俺は、あの国に行こうなんてつゆほども思わないけどな、とレンは思う。
自分は暑さが苦手で、香辛料も苦手で、羊も苦手で、女性の身体のラインが拝めない国なんて信じられない。
「今回の誘拐事件の付近に、テス教の兄弟たちの家がある。院長が俺の父親と仲が良かった。早めに引き揚げさせる」
ブラックは舌打ちした。
彼は、敬虔なテス教徒だ。
彼の身なりを気にしない性格は、テス教の清貧の精神があるからだろうか。
……いや、ちがう。
なら、安物のスーツでもシワぐらいは伸ばすだろうし。染みなんか許さないだろうし。
レンはブラックのスーツの裾のしわと、シャツの襟もとにケチャップだと思われる染みがついているのを認めて思い直す。
「そういや、お前。キツネの彼女とまた連絡とってるらしいな」
いきなり問いかける叔父の言葉に、レンはぎくりとした。
「……なにも、やましいことなんかしてませんよ。下心、抜きです」
レンは、答える。
……だって、彼女にふられたし。
レンは、脈がないとわかるとさっさとあきらめる方だ。
「芸術保護のためですよ。……ゼルダからカチューシャに移住したアルケミストに、絵を完成してほしくて。彼女をモデルに頼んでいたんです。未完成だから、彼女をカチューシャ市国に呼んで、絵を完成させようと」
レンは続ける。
「彼女は、ユニセックスだし、他のゼルダ人よりは融通が利くでしょう。いま、向こうの国に嘆願書を送ったところです」
「ふん、ならいいが」
ブラックはレンの顔を見つめる。
「もう一人のモデルの女性に手を出すなよ。キツネとの関係……あの国との関係がややこしくなる」
「はいはい」
レンは、心の中で舌を出した。
ブラックは、どこまで自分のことを把握しているのだろう。油断もすきもあったものじゃない。
まあ、今シャン=ウーは妊娠中だから今回カチューシャ市国には呼び出せなかった。
産後は、できるだけ早く国から出してやろうと思っている。
まあすぐには、叔父の言うとおり彼女に手出しはしないが、時がすぎて落ち着いたらしかるべき付き合いをしようと思う。
彼女には身寄りがない。
親切にして何がいけないのか。
「……それで、お願いがあるのですが」
レンは叔父に猫なで声を出した。
「ひいては、絵の出来具合を見て希望をアルケミストに伝えに……」
「カチューシャ市国に行くことは許さん」
ブラックが一刀両断した。
「お前、遊び過ぎだ。しばらく謹慎しろ。というか、はやく今の三人の中から選んで身を固めろ」
レンは目を見開く。
……本当に、油断も隙もあったものじゃない。
私生活も把握されてるのか。
「兄貴そっくりだな。女性に対して、誠実さが感じられん。……遊びまわっているうちに俺みたいに婚期逃しても知らんぞ」
ブラックがぼやく。
「わかりました。……」
レンはしょげた声で返事した。
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