第81話 秘密

 木曜日。


 彼は木曜日の朝、いつもこのカフェで窓際の一番後ろの席に座り、コーヒーとドーナツを頼む。

 シュガーをぽろぽろと紙面に落しながら新聞を読み、そのつど払いながら紙面をめくる。

 毎回小一時間かけて、彼は三種類の新聞を読み終え、そして仕事に出かける。


 彼の行動パターンは、半年前から調べ済みだ。


 今日もほら、彼はやってきた。


 灰色まじりの黒髪は耳の上にしか残っていない。

 頭頂部は禿げて光っている。

 高い鷲鼻の上には、黒いふちの眼鏡がかかっている。

 広い額は、弁護士業をしていた彼の知性そのものだ。


 高級で、押しつけがましくない品のいいスーツを着た彼は、毎回シュガーのかかったドーナツとクリームの入ったドーナツを注文する。

 いつもの席に座り、新聞をとりだして広げる。

 脚は大きく広げ、椅子の背もたれいっぱいにもたれかかる。


 店の入り口の席でコーヒーを飲んでいたリックは、吸っていた煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。

 レインコートのポケットに両手を入れたまま、ゆっくりと店の奥まで移動する。

 新聞を読んでいる彼の後ろの席に、彼と背を合わせるようにリックは座った。


「コーンウェルさん」


 リックは、背の後ろにいる男に声をかけた。


「……誰だね」


 コーンウェルと呼ばれた初老の男は、リックを振り返ろうともせず紙面をめくりながら答える。


「俺は、リックです。おはようございます」


「君には、見覚えがないが」


「でしょうね。初対面ですから」


 リックは、背もたれにまっすぐもたれたまま答えた。


「私に何か」


 コーンウェルは、新聞から目を離さずに聞いた。


「あなたに確かめたいことがあります」


 リックは、レインコートのポケットから封筒を出す。


「……あなたは月に一度、グレートルイスの家族をこちらに呼びます。西オルガンで仕事してるあなたは、なかなか帰れないから」


 言って、封筒を彼の隣りの席に置いた。


「うらやましいくらい綺麗な奥さんと、可愛い息子さんですね。失礼ですが、びっくりしました」


 コーンウェルは前を向いたまま、隣りの椅子の上の封筒をとり、新聞の紙面上へ置いた。

 閉じられていない封を開けると、中から数枚の写真が出てきた。


「息子のリッキー君ですが、オレみたいなプラチナブロンドだ。……奥さんもブロンドだけれど、あなたの髪は黒髪だ」


「……グレートルイスは多民族国家だ。混血だらけだ。そういうことはよくある」


 コーンウェルは答える。


「そうですね。確かに、そういう話も聞きます」


 リックは同意してから続けた。


「あなたは、いつもご家族のために同じホテルの同じ部屋をとりますね。でも、偶然かな。毎回、その部屋の隣りの部屋を同じ男が泊まってるんです」


 コーンウェルは、数枚の写真を上から順にめくっていく。

 美しい女性と、五歳くらいの少年の写真に混じって、一人の男の写真があった。


「彼もプラチナブロンドです。……驚きました。彼から眼鏡と髭をとると、この国のある人物にそっくりだ」


「……何が望みかね」


 コーンウェルは写真を封筒に入れるとそう言った。


「金かね。……いくらだ」


「ひとつ、お願いがあります」


 リックは告げた。


「この国から不当に足止めをくってる女性がいる。彼女を、祖国のグレートルイスに帰してやってほしい」


「……それだけかね」


 コーンウェルは、若干拍子抜けしたように言った。


「ええ、それだけです」


 リックは答える。


 コーンウェルは、再び新聞に目を落とし紙面をめくった。


「少し、考える時間をくれないか」


「もちろんです。……三日後、日曜日の正午に、ここで待ってます」


 リックは答え、席を立ち上がる。


「あなたに期待してます」


 彼に背中を向けたままリックは言うと、店の外に向かって歩き出した。








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