第82話 切り札
カフェを出たリックは、西オルガンの街中を流れる川の橋の上で足を止めた。
ゆるやかな流れの川には、ボートがいくつか浮かんでおり、恋人たちが漕ぐボートに交じって、親子3人が乗っているボートも見えた。
彼らはグレートルイス人の親子だ。
父親が西オルガンでの職についている場合、たまに妻と子供をこちらに呼ぶことがある。
リックは橋の手すりにもたれかかって、煙草をくわえ火をつけた。
――知ったのは、偶然だった。
一年前、西オルガンの街中を歩く親子連れに目を止めた。
まあ親子連れなんて珍しいし、父親の容姿と母と息子の二人の容姿のギャップが目を引いた。
西オルガンで働くような高給取りはやっぱり違うわ、と思いながら、両親に愛されている少年を観察した。
自分の母親も少年の母親のようにブロンドだった。
少年のプラチナブロンド、あどけない笑みに、子供時代の自分を思い出した。
彼らは、いつも月初めに会っていた。
同じホテルの同じ部屋に泊まって。
西オルガンでは中程度のレベルのホテル、三階の角部屋だった。
行きつけのホテル前のカフェから、彼らの様子がたまに見えた。
窓を開けて煙草を吸っている隣の部屋の男がいつも同じ男だと気づいたのは、それからしばらく経ってからのことだ。
彼は、淡い金髪と同様の色のひげを生やしており、いつも濃い色の眼鏡をかけていた。
安価なスーツをくだけた感じで着ていた。
彼からにじみ出るオーラと、彼の服装が合わない気がして、いつも違和感を覚えた。
彼の正体を見破ったのは、唐突だった。
テレビ画面に映る男の姿に、隣の部屋の男と同じオーラを感じた。
何度も、確かめた。
間違いなく同じ彼だった。
チャンスだと思った。
ふってわいた、幸運。
この国に来てからの人生を、取り戻せる機会だと思った。
一世一代の賭け。
それをなかなか実行に踏み切れずに躊躇していたのは、少年のことを思ってだった。
自分の正体に気が付かず、生まれた国で当然のように両親から愛される日々を送っている彼。
彼のプラチナブロンドも、リッキーという名前も、あまりにも自分と似通っていた。
少年にも自分と同じ人生を送らせるのを、リックはためらった。
そうこうしてるうちに、状況は急変した。
フォークナー氏が死亡した。
一週間後、彼と会うはずだった。
今まで躊躇していた自分を呪った。
でも、まだ勝機はあった。
フォークナーの仲間たち、彼らはまだ十分に巻き返しが期待できるほどの力があった。
リックは彼らと、つながりを持った。
今度こそチャンスを逃さないと誓った。
しかしその矢先、告別式の爆破事件が起こった。
唯一のチャンスを目前で、すべて吹っ飛ばされた。
あの男、キース=カイルに。
フォークナー氏の爆破も彼がやったに違いない。
ことごとく、俺のチャンスを奪っていったあの男。恨んでも恨みきれないだろう。
彼には俺の邪魔をする気なんてなかったと、自分の間が悪かっただけだというのは、わかっている。
この世のすべては、不運と幸運の繰り返し。その波に、いかにタイミングよく乗るかだ。
俺が、それにうまく乗り切れなかっただけ。
それでも、キースという名前の彼を許すことはできない。
彼は、彼女の心も奪い取って消えたから。
残された彼女は、これから先も彼以外の男の中に彼を探す日々を送るだけだ。
自分がそうだったように。――
……ほんとに、ムカつく男だ。
彼にいつか会えたら、その瞬間に殴り飛ばしてやりたい。
――俺も、彼も、この先の人生があればの話だが。
リックは吸っていた煙草を、目の下に広がる前の川面へ指で弾いて飛ばした。
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