第80話 不安
西オルガンの市街地で大量のショッピングを終えたシアンは、それを台車に載せて運ぶホテルのベルボーイの後をついて行く。
ウーの部屋の隣に位置する自分の部屋へと向かって。
歓楽街(パラダイス)の仲間たちへのお土産だ。
昨日電話をかけた折、彼女たちはめいめいの希望を怒涛のようにのたまってくれた。
キャラバンの香水がいいとか、スカーフがいいとか、靴とか、バッグとか、勝負用の服と下着が欲しいとか、あまり本土で手に入らない生理用品だとか、避妊具だとか……。
こっちにくる機会なんてない彼女たちだ。
彼女たちの気持ちをくみ取ってありったけのお土産を買って帰るのが、俺の使命だな、とシアンは思い実行した。
どうせ、俺の西オルガン入り用におっさんがくれた金だ。かまやしない。
というわけで、糸目をつけずに衝動買いをした。
何しろ、ここ西オルガンには本土にはないものがあふれている。
品揃えが、充実している。
女性の服なんて、本土にはそう売ってない。外国人が泊まる高級ホテルぐらいだろうか。
だから、歓楽街(パラダイス)の皆が来ている服は、ほとんどがお手製だ。
安っぽくなるのは仕方がないだろう。
本土は、男ばっかりだからか、合理的で実用的なものがメインだ。
はっきりいうと、ダサい。
いっそ、制服を着てた方がましだ。
キースのように、四六時中制服を着ているのが正しい選択かも知れない。
本土と違って、西オルガンは街全体が洗練されている。
西オルガンでは、この地に来る女性たち――実力者の愛人たちの為に、流行の最先端の品物を置いている。
本土では到底お目にかかれない、有名なデザイナーやブランドの店が街中に並んでいるのだ。
胸がおどらないわけない。
買った品のほとんどが歓楽街(パラダイス)の仲間たちの物だが、シアン自身も、いくつか買った。
白いシンプルなワンピースと、値は張るがシンプルなデザインのアクセサリーを。
まあ、それは今後このような機会があったときの為と、キルケゴールへのお礼だった。
彼は、今回のパーティー直前まで、自分が女性らしい服装をした姿を見たいと言っていたから。
よっしゃ、これで華々しく凱旋できるな。
西オルガンでの初陣の土産話をキャロルたちに話すのが、待ちきれないぜ――と、満足したシアンは、ウーの部屋から出てきた男の姿に立ち止った。
思わず、台車の荷物の陰に隠れる。
振り返ったベルボーイに、しー、と指で合図して、シアンは台車を止めさせた。
荷物の陰からのぞくと、まだ若い男だ。
染めたのか地毛かプラチナブロンドは目立つが、身長は高くも低くもなく、顔立ちも並みよりは少し上という程度の男。
どうでもいいような服装をみると、ゼルダ人だろう。
彼は部屋から出ると、ウーの部屋のおにいさん、ジミーに全身をチェックされていた。
チェックが終わると、ジミーからショルダーバッグを受け取る。
彼が部屋の前から去ろうとしたとき、ドアが開いてウーが顔を出した。
その時浮かべた彼の表情を見て、シアンは思う。
……あー、この男、ウーにハマってんな……。
まあ当然だろう。この天下無敵の美女ウーなんだし。
ウーと彼は、二言三言話して別れた。
プラチナブロンドの男が、廊下の角を曲がった途端、シアンは再びベルボーイと共に歩き出した。
ウーとジミーが彼らに気付く。
「すごい、荷物ね」
ウーが台車の荷物を見て言った。
「うん、キャロルたちのお土産。いっぱい買ってあげないとね」
ベルボーイが部屋に荷物を運ぶのを見ながら、シアンはウーに聞く。
「さっき、部屋から出てきた男ってだれなの?」
「リックよ」
ウーは短く答えた。
「水曜日と、日曜日に来るの」
さらりと答えるウーに、シアンは傍らに立つジミーを見やる。
ジミーは軽く頷いた。
「そうなんだ」
シアンは、軽くショックを受ける。
……オレがいない間に、オレが言うのもなんだけど、ビッチになっちゃったな、ウー……。
やっぱり、レン=ベーカーに会わせなくて正解だったぜ。
「おっさんは、知ってるの?」
「彼が、言ったのよ。何してもいいって」
おいおい。なんつー父親だよ。
シアンは軽く怒りを覚える。
ウーはもう二十歳を超えた年齢だから、普通はそのことに口出すことでもないだろうが、なにしろ彼女は密林で暮らしていたのだ。
大分常識が身についてきたにしろ、まだ足りない部分はある。
それにキルケゴールは、キースがウーに手を出したのを不愉快に思っていたのではなかったのか。
あれは、相手がキースだったからだろうか。
わかんねーな、男親心ってのは。
心の中で首をかしげて、シアンは部屋へと入るウーを見送った。
ふと、さっき去ったプラチナブロンドの彼の表情をシアンは思いだし、一抹の不安が胸をよぎった。
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