第56話 異国語
教会にやっとたどり着いたドミニクとパウルは、厨房に食材を運び終えると疲労困憊の体でお互いに別れを告げた。
本日、バザールへ買い出しに行った帰り道、車がエンストを起し立ち往生した。
何とか車は動いたが復活までかなり時間を要し、帰宅時間が大幅に遅れた。
晩餐の時間はとっくに過ぎ、夜の帳がおりている。
ヴィンセントが風邪気味だったので今日は彼を置いて行ったのだが、それは正解だった。
そう思いながらパウルは胸に抱えている紙袋を見下ろし、うんざりした表情をする。
歩くたびにカサカサと袋の中身が微かに音を立てるのに鳥肌が立つ。
紙袋の中には、揚げたサソリ、コウモリ、サナギ、トカゲ、ヘビ……といった物が大量に入っている。
最近、姿を見せないヴィンセントの様子をバザールの店の女たちが聞いてきた。
言葉が通じるようになり、下手に彼は病み上がりだと答えてしまったのが失敗だった。
彼女たちはヴィンセントに食べさせるようにと、パウルに大量のお土産を持たせた。
キエスタ西部が女神ネーデを主に信仰するなら、キエスタ東部ではラミレス神に重きを置く。
ヴィンセントの容姿が彼女たちにラミレス神を彷彿させるのだろうとは思う。
愛と子孫繁栄のラミレスが使い物にならなくなっては、一大事。
袋の中は彼女たちの好意のかたまりであるが、気味が悪い。
パウルは昔からこういう類が大の苦手である。
まあ彼にとっての病後の滋養強壮剤として考えれば、とパウルはため息をついた。
ヴィンセントの部屋の前に行くと話し声が聞こえた。
幼い声が交じっているのはナシェだろう。
こんな時間まで勉強か、とドアをノックしようとしたパウルは動きを止めた。
部屋から漏れてくるのは。
耳慣れぬ、異国語。
パウルは胸に抱いていた紙袋をその場に取り落とした。
間入れずドアを開ける。
ノックもせずドアを開けて入ってきたパウルを、机に向かっていたヴィンセントとナシェは驚いたように振り返った。
パウルは二人に近づいて言った。
「今、話していたのは何語です」
ナシェが怯えたように身をすくませた。
ヴィンセントが椅子に座ったままパウルを見上げた。
「随分とお帰りが遅かったのですね。何か問題でもあったのですか」
「答えろ!」
パウルがヴィンセントの胸をつかまえ怒気を含んだ大声を出した。
「やめてください! パウルさん!」
ナシェがあわてて二人の間に入り、パウルのローブにすがりつく。
「先生に頼んだのは僕です。僕が、先生に……」
「うおっ!」
その時、部屋の外でキャンデロロが叫ぶ声がした。
「バッキャロー! 誰だ! こんなもんを、ぶちまけやがった奴は! ……てめえか、ヴィンセント!」
怒鳴りながら部屋に入ってきたキャンデロロは、入るなり三人の様子を見て立ち止まる。
「……何だ、どうした」
キャンデロロの声に呼び出されたのか、彼の後ろからファンデイム院長が姿を現した。
「何かあったのですか」
部屋の前の床に散らばったものを見下ろして眉をひそめながら言い、ファンデイムは部屋の中に視線を移す。
彼ら二人の視線を受け、パウルはヴィンセントを突き飛ばすようにして手を離した。
「彼が、ナシェにゼルダ語を教えていました」
ヴィンセントを睨みつけながらそう言う彼の浅黒い頬が、怒りで染まっているのが見える。
ファンデイム院長が目を見張り、ナシェとヴィンセントを交互にみた。
「僕が、先生に頼んだのです」
泣きそうな声でナシェが訴えた。
ファンデイムはキャンデロロと目を合わせた。
「ナシェとパウルは部屋に戻りなさい」
ファンデイムが言い、キャンデロロがナシェを部屋の外へと連れ出す。
「ヴィンセント。……あなたは私の部屋へ来なさい」
ヴィンセントを見下ろし、ファンデイムは静かな声で言い渡した。
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