第52話 発症

 厨房で、ソビヤンコ修道士とヴィンセントは鍋の中を覗き込んでいた。


 鶏肉のトマト煮込みだが、いつものソースとは色が違う。

 赤色に白色が混合している。

 ガーリックをきかせたこの地のヨーグルトと、チーズを先程投入した。


 今朝アキドが、

『先生、親父が持って行け、て』

 とヴィンセントに持ってきてくれたヨーグルトとチーズだ。


 大きい木さじで鍋の中をひとさじすくうと、そのままソビヤンコは口に含む。


「うん……うん」


 頷いて、ソビヤンコは口の端を上げてヴィンセントを見上げた。


「酸味がこれはまた。美味い」


 ヴィンセントも微笑み返した。


「東オルガンの料理かね」

「いえ。キエスタ西部の料理です」


 ソビヤンコの問いにヴィンセントは答える。


「二度ほど食べたことがあります。美味しかったので、いつか再現してみたかったのですが」

「ほう、まさかヨーグルトを入れるとはなあ」


 もうひとさじすくって、ソビヤンコは口に入れた。


「もう少し、塩を強くした方がいいでしょうか」

「いや、これでいいんじゃないかね。キャンデロロとパウルには、足りなければ自分で塩をかけさせればいい」


 十人いれば、味加減も好みが出てくる。

 キャンデロロとパウルは、その中でも濃いめが好きなようだ。


「今日はパンが倍、出るんじゃないのかね」


 ソビヤンコの言葉に、


「残ってる数を確認します」


 とヴィンセントは背を向けた。

 三たび目の木さじを、こっそりとソビヤンコは飲み込む。


 ファンデイム院長のお許しがあれば、今日もワインを出したいところだ。

 だが、昨日の今日ではなあ。


 残念、とソビヤンコは四杯めをすくう。


 ヴィンセントはかなり舌が肥えているようだ。

 まあ金持ちのお坊ちゃんだとは思う。

 よほど、ご両親に世界のあちこちに旅行に連れていってもらったのだろう。


 ヴィンセントが来てから、随分と仕事が楽になった。

 彼もかなり包丁が使えるようになったし、力仕事はすすんで先にしてくれる。

 いちばん嬉しいのは、今のように新しい料理を味わえることだ。

 グレートルイスの山村で育ち、妻に先立たれてそのままこの地に来た自分は、他の地を知らない。


 だが、ヴィンセントが今のように世界の美食をつくってくれると、かの地に行ったような気になれる。

 ここには娯楽は無いに等しい。

 食事が日々の唯一の楽しみだ。


「昨日は、何時までキャンデロロにつかまったのかね」


 ソビヤンコは彼に背中を向けたまま聞く。


 あと、ヴィンセントはかなり強い肝臓をもっているようだ。

 彼が酔ってる姿を見たことがない。

 ここでは量が出せないし、気の毒なことだ。

 彼にはウォッカで割ってやった方がいいかもしれない、と考えていたソビヤンコは返事がないのに気付く。

 振り向いたソビヤンコだったが、彼の姿はなかった。


 どこにいった、と一歩踏み出したソビヤンコは足下の障害物にけつまずきそうになった。

 見下ろすと、枯れ草色のローブを着た巨体が、土間の床にうつ伏せで倒れていた。







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