第48話 暗雲

 対向車が来ないまま一時間、ヴィンセントが運転する車は砂埃をあげて乾いた大地の道無き道を走る。


 後部座席に座っているキャンデロロは時折大きく揺れる振動に顔をしかめながらも寝ていた。

 助手席のパウルはヴィンセントが話すキエスタ東部の言葉を繰り返していた。


「……あれは」


 つぶやいたヴィンセントが車を止めた。

 彼はいつも急ブレーキ気味なので、キャンデロロが前の座席に頭を打った。


「ってえなバッキャーロ! なんでもないとこで急ブレーキかけるんじゃねえ、ヴィンセント!」


 衝撃に目覚めたキャンデロロが当然怒鳴った。

 パウルもヴィンセントはかなり運転が下手だと思う。これは直らないものらしい。


「申し訳ありません。前に、人だかりが」


 謝ったヴィンセントはそのまま車のドアを開けて下りる。


「おい、気をつけろよ」


 キャンデロロが声をかけたが、彼はそのまま外へ出て前へ歩いて行く。


 このへんが彼の王子の部分だとパウルは思う。

 警戒心なく丸腰で飛び込む。


 ヴィンセントは前に止まっている一台の車の周囲に立っている男たちに話しかけた。

 男たちの何人かは淡いブルーのシャツと紺のズボンの制服を着ている。

 一番近い街の保安官だと、パウルは推し測る。

 この国にも大きな町には保安署が点在するが、その力は微弱たるものだった。


 ヴィンセントと保安官たちとの話は長く、パウルも車を降りようかと思ったとき、ヴィンセントがこっちを向いて歩いてきた。


「おせーぞ、何してやがる」


 車に乗ったヴィンセントにキャンデロロが言った。


「なんだったんだ」


 シートベルトをしながらヴィンセントが答えた。


「車が乗り捨ててあったそうです。車内に血痕があったので、発見者が通報したと。車に残された身分証明書はグレートルイスのジャーナリストの物でした。……何らかの事件に巻き込まれたのではないかと。武装グループに拉致された疑いもあるようです。私たちにも、気を付けるようにと」


 ぐん、とヴィンセントがやや急発進した。

 今度は後部座席に頭をぶつけたキャンデロロが舌打ちする。


 キエスタ南部を中心に、他民族排斥、南部独立を掲げた武装グループが存在する。戦前から彼らのグループは存在し、指導者は『ファトマ=エラーリ=バクドゥム』という男で首には懸賞金がかけられていた。

 彼らの資金源は主にグレートルイス人を拉致した際の身代金とケシ畑だとされていた。

 武器の提供者は、商品搬入先、グレートルイスマフィア、シャチである。


 今まで外国人にとって危険とされていたのはキエスタ南部だった。

 しかし最近、武装グループは範囲を拡大しており、キエスタ東部でも外国人拉致事件が起こるようになった。


 それがこんなキエスタ北部の外れの片田舎に。

 三人が黙り込んだまま車は走る。


「本国から帰還命令が出れば、皆さんは国へ戻ることになるのでしょうか」


 しばらくしてヴィンセントが言った。


「どうだろうな。……先の戦争でも命令を無視して院長やじじい三人は居座り続けたしな。今回もそうするんじゃねぇか」


 キャンデロロが窓の外の風景を見ながら答える。


 パウルは前を見たまま思案した。


 もし、修道士たちがグレートルイスに戻ることになれば。

 自分とナシェはここに残るだろう。

 では、ヴィンセントは。

 身を隠すためにここにいる彼はどうするのか。


 横目で隣りのヴィンセントを見ると、彼も思いに沈んでいるようだった。

 パウルはローブの下の手をきつく組み合わせた。

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