第13話

 数分、走りつつゴーグルの集音機能で手掛かりを探っていると、会話を拾い上げた。

 どうやら、ソルとルイスが接触したらしい。


「ようルイス。まさかお前が裏切るとはなぁ」

「ソルさん。いや奇遇ですね。てっきりもう本拠地の方かと思いましたよ」


「なに、タウンの奴らが派手な兵器を持ちこんでいるようだ。ネズミ狩りが終わるまでのんびりしているのさ。で、お前はどうした。笑顔が引き攣っているようだが、あのケースを無くしちまったのか? 残念だったなぁ」


「代わりはいくらでもありますよ。お気になさらず」


「ルイス、知っているよなお前は。裏切り者がどういう目に合うか。俺が、裏切りに対してはどういう対処を取るのか。よく知っているお前が、まさか裏切るとはなぁ。教育が甘かったか? それとも、あんな武器ごときで、勘違いしちまったのか? 哀れだなぁルイスよ」


 ルイスが息を呑む。そんな音まで拾ってしまうくらい、ルイスは大きな音をたてていた。

 よほど、恐ろしい目にあうのだろう。


 だが、殺されては困る。俺は全力で現場へと急いだ。

 残念ながら脚の装備は、最後の搾りかすとして瓦礫を蹴り飛ばしてしまったため、しばらく使えない。


「あの武器なしで、どうやって身を守るんだろうなぁルイス。この地で、誰がお前を守ってくれるんだろうなぁルイス。考えが甘過ぎたんじゃないかぁルイスよ」


「ま、まってください。ソルさん、あなたは勘違いをしていますよ。私はただ、エルフランの利益の事を考えて行動したまでで」


「がはは、焦るなよルイス。今どう殺すか考えている所だ」

「ひっ……」


 見えた。会談場所から建物続きで三つ目。

 全て壁やら途中に空いた穴やらで繋がっている先で、二人は対峙していた。


 俺は二つ目の建物の階段途中から、壁の穴越しに二人を見ていた。


 ゴーグルに表示された脚装備の情報を確認。出力はなくても衝撃吸収くらいは出来そうだ。俺はそこから飛び降りる。


「はいストップ。困るな、そいつを殺されると」

「ほう。何でも屋シオン、お前もこいつと同類か?」


 飛んでくる殺気。ルイスがまたも息を呑む。


「いいや。俺は今タウンに雇われている、と言えばわかるか?」

「……なるほど。で、何の用だ。こいつにはここで死んでもらう」


「それは困る。こいつは隣国の情報を引き出せる立派な情報源だ。生きたまま捕えなければ意味がない」

「ダメだ。裏切りは殺す」


「ソルさん、あんたも会談の条件自体は気に入ってるんだろう? ならここは手をひいて貰えないか?」


「条件が出せる立場か? 下手をすればお前らと戦争だ。そうなった場合、俺がお前を生かしておく理由すらなくなるぞ何でも屋」


「なら問おう。あんたの理想から言えば、この会談は無血で得られる最大の成果だろう? それを、たった一人を殺すというあんたの我儘でぶっ壊しても、良いって言うのか? どちらにせよ、こいつの命は無くなるんだ。遅いか早いかの違いでしかない。それなのに、あんたは自分の我儘を通して、救える貧困街の民を捨てるのか? あんたはそれを、今死にそうになっている最下層の奴らに言えるのか?」


「……まさか五体満足、で済ませるなんて言わねぇな? シオンよぉ」

「まさか。そんなつもりはないね。色々と俺も思うところがあるんで」


「なら良いだろう。お前のやり方で俺の溜飲を下げてみろ。それが出来たら認めてやる」

「そりゃどうも」


「俺は手伝わんぞ」

 ソルは腕を組み、そのまま壁へと寄りかかる。さて、舞台は整った。


 ソルの見守る中、俺とルイスは顔を見合わせる。

 広さ的には訓練をした広場の半分ほど。八m四方ほどの空間に二人は立っていた。


「さっきは世話になったな商人様」


「それはこちらこそ、こちらこそですよシオンさん。ですが、あまり甘く見ないで頂きたい。ソルさん、私が勝てばこの場は見逃して頂けますか?」


「ダメだ」

 きっぱりとした一言。


 ルイスは黙り込んだ。

 今や残念な立場となっているルイスだったが、その顔は追いつめられているものの、まだ何かありそうな、鋭い目をしている。


 追いつめられた時の足掻き、あるいは絶体絶命からのリカバリ。

 それこそ、その人物の底力が試される、か。


 俺は左手にだけ、ダガーを持った。

 対するルイスは、空手で見様見真似としか見えない、こけおどしなポーズをとっている。


 ブラフと見て良いのかどうか微妙なラインだが。

 俺は少しずつ距離を詰める。


 ルイスはそれに合わせて下がった。

 空手なのに距離を取って近づこうとしない時点で、何かがある。

 警戒したいところだが、長引くと困る。

 俺は一気に距離を詰めることにし、走りだした。


「かかりましたねシオンさん」

 ルイスは得意気に口をゆがめ、目を見開いた。


 素早く懐に手を入れ、何かを取りだした。

 俺も懐へと右手を入れる。


 取りだしたものをこちらへと向けてくるルイス。

 一瞬、それが光ったかと思うと、身体を引き裂くような痛みが駆け抜けた。


 ショックガン。タウンの下水で食らったあれである。

 ルイスが最後に拠り所にしたものはそれだった。

 耐えられると知っている相手には、連続して何度も撃ちこまない限り効果の薄い代物。


 気が狂って失念したか、実戦経験が少なくて知らなかったのか。

 いずれにせよ、これで終わりだ。


 俺は自分の懐から、半壊したリボルバーを取りだした。

 それをそのままルイスへと向ける。


「ひぃ。しかししかし、間抜けですかシオンさん。その武器はもう壊れていて弾は撃てないはずでしょう」


「間抜けはお前だ」

 俺はそのまま、バレルのない不格好なリボルバーの引き金を引いた。


 轟音。

 凄まじい煙を周囲にまきちらしながら、鉛弾は放たれた。


「ぎゃあああああ」

 ルイスが顔をおさえて床を転がる。


「俺はいつも用心している。リボルバーも同じく。それに、予備のシリンダがあることくらい、調べた時に購入履歴でわかっていたはずだろう?」


 俺は言いながら、悲鳴をあげるルイスを見下ろしていた。

 ハーフコックにし、手動でシリンダを回す。


 バレルがなくとも弾は出る。半壊していても雷管に物理的な衝撃があれば火薬が燃える。

 撃ちだすものが砕けた鉛だとしても、それは問題ない。


「一応お前を殺すわけにはいかない。が、苦しみは味わってもらう。なに、簡単だ。砕けた鉛弾を四発分、体内に残してくれれば良い。一発目は、顔にすると決めていた。お前は撃たなかったが、俺は撃つ。殺すつもりなら、相手を苦しめることより、決める事を考えるべきだったんだ。まぁ、そのおかげで助かった部分もあるから、お前には感謝してるさ」


 フルコック。がちり。

 まぁそうは言っても顔は下手をすると死ぬので、ダメージにならない距離で撃った。

 そしてこれから撃つ場所は宣言通り、内部に鉛の欠片が残るように撃たせてもらう。


「火傷になるから出血は少ない。安心だろ?」

 俺は残りの四発を奴の手足へと撃ち込む。それぞれ手の甲と両脛が目標だ。


 散弾もどきとなった壊れかけのリボルバーも、ルイスを悶えさせる程度には仕事をしてくれたようだ。発砲音のたびにルイスの呻きが漏れ、ソルがその都度笑みを深くする。


 俺は撃ち終えると、呻くルイスを放置してソルの方を見やった。

「こんなものでどうだいソルさん」


「なかなか見所があるな、シオン。やっぱりうちに来ないか?」

「勘弁してください。それより、今は色々動いて貰わなければならない」

「ほう。この俺を使うつもりか?」


「取引です。外の狙撃を交渉で止めさせるので、その代わり管理局局長を救出して頂きたい。そちらとしても、彼女は最低限、先の会談内容を正式な形にするまで、死んでもらっては困るでしょう?」


「どうかな。タウン側の意向なら、女が死んでも問題ないだろう。そこのルイスが捕まった以上、何も問題ない」


「いいえ。そうなった場合、タウンは攻撃を開始します。彼女はタウンにとって大切な存在でしてね。このままでは、エルフランが彼女を殺したと見なされてしまいます。しかし、ルイスの身柄を引き渡し、更にあなたたちが彼女を保護したとなれば。エルフランはタウンに恩も売る事ができる」


「シオン、お前はタウン側のはずだろう。なら何故直接あっちに頼まない?」


「ここを潰したい奴がタウン側に居ましてね。そいつらからすれば、エルフランが彼女を殺したという形にした方が楽なんです。彼らは今のところ少数派ですが、彼女がエルフランに殺されたという話になった場合、それは逆転しかねない。ここはエルフランに正式な形で身柄の保護と引き渡しを演出して頂ければ」


「無用な暗殺や押しつけを回避出来ると言いたいわけだな。で、この事態を利用したい奴らは俺らの共通の敵ってところか。悪くはないが、足りないな。お前の話を全て信用するわけにもいかない。こちらは既に護衛が一人、お前らの狙撃とやらで殺されている」


 蓋を開ければ大分死んでいるうえに、少数派なのは俺たちという話だが、それを言うと交渉が不利だ。もともと戦闘も辞さないという姿勢だった相手だし、それは明かせない。


「狙撃をしている奴があっち側という可能性もある。何より、お前が俺に頼んでいるのだから、代償を用意すべきだなシオン。立場や役割など関係ない。お前を見せてみろ」


 ソルは腕組を解き、こちらへと近づいてきた。

 そのまま腕を伸ばし、俺の頭を両手でがっちりと固定する。


「俺の目を見て代償を言え」

 近距離で凄まれる。


 腕力と体格では絶対に太刀打ちできない、とその威圧感は語っていた。


「……代償ならそちらに払って貰おう。ソルさん、こんな裏切り者を紛れ込ませたのは誰だ? あんただろう。こっちはそこを黙っておいてやると言っているんだ。それが嫌ならば改めて、軍部常駐、管理支配という形でタウンは乗り込むぞ」


 しばらく続く睨みあい。

 その間も、ルイスは情けなく悲鳴とも呼吸ともつかない喘ぎをあげ続けていた。


 先に折れたのはソルだった。


「ふん、良いだろう。確かに、この裏切り者の不始末は俺の責任だ。この場はお前に免じ、条件をのんでやる。だが忘れるなよ何でも屋。エルフランは裏切りを許さない」


「ああ、わかった。今狙撃をやめさせるから少し待て」

 俺はソルから離れ、二つ目の建物側へと戻る。


「鷹、状況」

「A0」

「A0、ポイントKへ」

「わかりました。やってみます」


 ルーへの指示を飛ばす。

 A0はタウン。ポイントKは管理局の事だ。何の事はない。先程の通信で既に狙撃は止めさせて、ルーをタウンに走らせていたわけだ。


 事前の作戦会議の段階で、管理局の能力を借りなければならない事態、も想定していた。

俺がこっちの事を全てうまく運べたとしても、ルーが失敗するとこの計画は終わる。


 シェリーに場所と入り方を聞き、レートルとの接触方法を確認しておいて良かった。


「ソルさん、大丈夫だ。信頼できる工兵を連れて来てくれ。さっきの爆発で、局長は瓦礫の下敷きになった。一刻も早く助け出さなければ色々と面倒だぞ」


「十分で戻る」

 ソルが出て行き、俺はルイスを縛りにかかる。


通信が入ったのはそれから一分ほどしてからだった。

「師匠、レートルさんと接触できました。代わります」


「なんだ野蛮人。私に連絡を取るとは、よほどの事だろうな?」

「盗聴は?」


「大丈夫だ。あれから私の方で対策してある」

「信じるぞ」

「くどい」


「シェリーが危ない。そっちで医療ボットか、強硬派にばれない医務室は手配できるか?」

「何だと。……あれほど言ったのに、お前は」


「今は議論してる時間もない。必要な事だけ答えろ。本当に、あいつが死にかねない」

「……少し待て。こっちに匿うのはまずい。医療関係の品を融通する事なら可能だ。そんなに、まずい状態なのか?」


「ああ、まずい。普通なら死んでる。彼女の身体については知ってるのか?」


「その話ならこの間父から聞いた。ショックじゃなかったと言えば嘘になる。いや待てよ、それを前提に考えれば方法があるかもしれない。少し調べてみよう」


「それは頼む。もうひとつ。お前の親父は偉いのか?」

「は? いきなり何を言い出すんだ」


「大事な事だ。どの程度の影響力を持っている」

「オーフェル議員の息子が誘拐された事で、彼のランクが落ちた。父は今だと議会で二番目の実力を持っているはずだ」


「その父親と一対一で話がしたい。それも盗聴される心配がない形で」


「どういうことだ?」

「軍を止める」


「まさか、父にだってそこまでの力はないぞ」

「大丈夫だ。二番目の実力があるというのなら、何とでもなるさ」


「また指でも折るのか?」

「似たようなものだ」


「はぁ。良いだろう野蛮人。だがいいか? 局長がもしそれで助からなかったら、お前には必ず償って貰う。必ずだ。その覚悟だけはしておいてもらおう」


「臨むところだ」

「ではお前の回線と繋ぐ。私はすぐに局長の治療方法を調べに行くので離れるぞ」

「わかった」


「小さいの。君にも手伝ってもらうぞ」

「えー」


 レートルとルーの会話は遠くなり、やがて聞こえなくなった。

 そこから待つこと二十秒ほど。


「……珍しいな、お前がこの回線を使ってくるとは。ついにアレから離れる気になったか?」

「残念ですがフェルミン議員。私は息子さんではありません」


「誰だ貴様は。息子はどうした?」

「息子さんの事はあとにしましょう。でないとあなたが後悔することになる」


「どういうことだ。用件は?」

「今、タウンとエルフランの会談場付近に軍が居るでしょう。あれを止めてください」


「何を馬鹿な。私に軍への命令権はない。それにそんな馬鹿な要請に従う軍ではあるまい」

「勘違いしないでください議員。その馬鹿な要請は、あなたが行うのです」


「……話が見えない」


「第一に、あなたは息子を見捨てられない。第二に、シェリー・ワッソンが持っている情報は公表されるのを待っている」


「馬鹿な。アレが街を不利にする発言などするはずがない。前議長の忘れ形見とはいえ、ただのプログラム通りに動くボットじゃないか。それともアレの持つ情報を君が公表するというのかね? そんな情報では誰も信じてくれないんじゃないかね」


「彼女の行動理念はカインスタンの利益です。隣国の危険に晒されている今、タウンと貧困街の仲違いを止めるためならば何でもしますよ。いいですか議員、軍が動き出したら、こちらは情報を公表します。彼女の証拠能力と、あなたの名前でね。これには息子さんにも協力してもらいましょう。その場合あなたの議員生命はどうなりますかね。家族やその後の生活は?」


「待て。待ってくれ」


「待ちません。もう一度だけ言いましょう。軍に行動をやめるよう、馬鹿な要請をしないと、あなたが困ります。手段はお任せしますが、こちらは是非に関わらず、軍が動けば情報を公表します。息子さんの存在で、あなたの名前という効力はしっかり働くでしょう」


「……なんて事を、考えるんだ」


「御心配なさらず。こちらもただとは言いません。隣国のスパイを捕えてあります。成功した場合、そちらへと引き渡しましょう。このカードがあれば、多少強引に動いても十分挽回できると思いますよ」


「信じろと? 証拠は?」


「ここは会談場所で、騒ぎの原因はそのスパイです。そしてその身柄は既に確保しています。ここまで言えば、あなたならわかりますね? それでは、お互いのためにも軍が動かない事を祈りましょう」


 俺は回線を切った。

 そろそろソルが兵を引き連れて戻ってくるはずだ。

 とりあえず、これでやれるだけの事はやった。




 シェリーの上に乗った支柱は、それ自体は崩れていなかった。根元が爆発の衝撃で折れただけで、柱自体は非常に強固な造りをしているようだ。

 つまり支柱を動かす際、これ以上の崩壊という心配がなかった。


 問題はその重量がかかっているシェリーの方だ。

 人間に毛が生えた程度、が一体どの程度のものなのか。果たして支柱を動かしても大丈夫なのか否か。考えたくはないが、下半身が潰れている可能性もあった。


 その場合、支柱を動かした途端、下半身から一気に血が抜けて、失血死してしまう。


 俺は作業をエルフランの兵たちに任せ、隣の建物へと来ていた。タウン側からの通信があった場合、彼らの前で受け答えをするわけにもいかない。レートルが調べている事にもよるが、向こうならば支柱を動かして良いかのかどうか、判断がつく資料があるかもしれなかった。


 必要なら声をかけて、と言っていた彼女は、未だ目を覚まさないでいる。


「ここに居たか何でも屋」

 ソルは言いながらこちらへとやって来た。


「あの女、あれだともう助からんだろう。何でも屋、お前なら、ここからあの女という要素をどう使う?」


 俺の隣へと腰かけ、真面目な顔をしてそう言う。

 ソルにシェリーの身体の事を知られると、色々と面倒だ。


「タウンの技術なら助けることは可能です。とりあえず何時でも支柱を動かせるようにして、タウンと連絡を取りましょう。よって、まだ使う段階でないと考えます」


「しかしだ何でも屋。俺がタウン側のそいつらなら、女が瀕死になった理由をエルフランの仕業にしようと行動するぞ」


「……強硬派がそういう行動に出る可能性は高いでしょう。ですがソルさん、彼らは少数派だ。隣国との戦闘で万事を尽くすため、エルフランという大きな組織は十分利用価値がある。武器さえ与えれば戦力として申し分ないわけですから。そのために、彼女もわざわざ会談まで設けたんです。その程度の動きなら、タウン側自身が握りつぶすでしょう。今すべきは、引き渡しをするにしても、ここで治療をするにしても、それが完了するまで彼女を守ることです。死なれてはどちらも困る」


「なるほどなぁ。しかし本当によく頭が回る。やっぱりお前はエルフランに来いシオン。丁度ルイスの席が空いたところだ」


「それはお断りしたはずですよソルさん」


「がははは、いいやお前は来る。そうだろうシオン。お前は本当に、俺が何も知らないとでも思っているのか?」


 ぞくり、とした。

 一瞬で場の空気が凍りつく。


 俺は隣に座っているソルの顔を、見る事ができなかった。


「過ぎた事を考えないのは悪い癖だなぁ。純粋過ぎる。俺がタウン側の情勢を知らないとでも? 俺があの場で、お前の話を承諾した理由は簡単だ。あそこで敵対して、お前に逃げられるのを恐れたに過ぎん。そもそもの話、危険な発掘作業を行っている人員は、何処から来ていると思うね」


「……まさか」


「ああ、誤解するな。食糧の代わりに人員を送っていたのは先代だ。むしろ、俺がそれをぶち壊したから、今回みたいなことになったんだろうなぁ。つまり、あの女と俺の狙いは、そこまで差はないのさ」


 落ち着け。

 考えろ。

 思考停止しては全てが終わる。


「さて、近辺をうちの兵が固め終え、お前の弱みである女もうちの者が押さえている。そこで改めて言おう」


 ソルは乱暴に俺の肩を掴み、強制的に顔を突き合わせてきた。

 代償を求められた、あの時と同じ目だ。


「エルフランに入れ小僧。お前はまだまだ未熟だが、見所はある。これは交渉だ。断っても良いんだぞ」


 断っても良い。これを額面通り受け取るわけにはいかない。

 ここまでお膳立てした上で交渉と言い張るあたり、シェリーに似ているな、と思った。

 だが容赦のなさが段違いだ。


 あの段階で、シェリーの身柄のために双方への交渉を急ぎ過ぎた。

 その隙をまんまと突かれたというわけだ。


 俺は目の前のソルを見る。

 相変わらず、左頬から口にかけて伸びる、大きな傷跡が目をひいた。


 これのせいで左頬の動きが鈍いのか、ソルの表情はどれをとっても少し歪んでいる。そのためか、ソルの醸し出す凄味は一層強いものとなっていた。


 俺は長く息を吐き、心を落ち着けてから口を開く。


「動くなよソル。お前は知らないかもしれないが、俺の脚についてる装備はちょっと変わっていてね。この距離なら一瞬であんたの腹に風穴を空けるくらいの威力を出せる」


「ほう、そいつは素晴らしい装備だな。タウンの発掘物か?」

「シェリーの私物だ。それにしても意外だな。裏切りには死、なんじゃなかったのか?」


「お前はまだ身内ではない。交渉での駆け引きなら当然するだろうよ。それで、どうしたいんだ小僧。こうなってはお互い動くに動けないぞ」


「あんたが問答無用で俺を殺さなかったように、俺もあんたを殺さない。それは狙いがあってのことだ。そして、さっきあんたが言っただろう。今は交渉の場だ」


「がははは、そうだったそうだった。これは交渉だったなぁ」

「自分で言って忘れてたとは酷いな」


「がはは、俺は嬉しいぞ。それで、次はどう楽しませてくれるんだ小僧」

「俺をエルフランに入れたいだけにしちゃ大がかり過ぎる。他に狙いがあるんだろう?」

「そうだな」


「当然、俺としてもあんたらには協力して貰いたい。ここは少し話しあって、お互いの望みを叶える方向を探すべきだと思うんだが、どうだろう?」

「ダメだ」


「随分きっぱり言うね」

「俺を失望させるなよ小僧。くだらん時間稼ぎをするならすぐに兵を呼ぶぞ」


「シェリーの狙いはあんたの狙いと合致するんだろう? ならこのままでも十分成果は手に入る。これ以上何を望むんだ?」


「出来得る限りだ。今弱っているお前らはチャンスだ。これ以上のものを引き出せる可能性がある。仮に失敗しても、元に戻るだけだ。お前らはお前らのために、エルフランの利益になる事をしてくれるわけだからなぁ。こうなるとやらない理由はない」


「そのせいで、俺達のやろうとしている事が妨害されている。結果的に会談で手に入りかけていた物まで失ってもいいのか?」


「心配するな小僧。その場合は、お前の役割を俺がやるだけだ」

「……なら俺はあんたの身柄を使って、エルフランに言う事を聞かせるだけだ」


「交渉決裂だなぁ。他に行くくらいなら、ここで死んどくか小僧?」

 またも空気が凍る。


 お互いが黙りこんだまま、向かい合っていた。

 ソルの狙いは既に完了している。


 シェリーを押さえ、兵を周囲に配置した時点で終わり。

 あとは俺の意志で従うか、強制的に従わせられるかの差だ。


 俺は既にタウン側との交渉を終えている。あとは俺じゃなくとも多少の受け答えをするだけで、エルフランの利益まで辿り着くのだから、ソルからしたら殺してしまっても問題ない。ソルがそうしないのは、将来的に俺を抱き込んで運用した方が良いという判断だ。


 ルイスという頭脳が脱落した事に対する穴埋めという意味もある。

 対する俺は、何としてもエルフランの協力が必要だ。


 いつかの夜盗相手にとった戦法と同じ。

 戦闘は終わっているが、俺という個人が意地を通すため、無理に首領を押さえ込んでいるだけに過ぎない。


 ここでソルを殺しても状況は変わらず。最後には兵たちに殺されるか、拘束されて公開処刑といったところだろう。


 殺したら俺の終わりにも関わらず、殺されたくなければ、という矛盾した要求で意地を通すしかないという、なんともおかしな状況だ。


 最善手は。ソルの気が変わらないうちに押さえ込んで、その要求を兵たちに飛ばすこと。

 やるしかない。


 俺はため息をブラフに脚を蹴りだした。

 手ごたえはなし。右脚はむなしく空を切り、ソルは俺から距離をとって対峙する。


「まだまだだなぁ小僧。お前はこうなった時に、問答無用で俺に蹴り込んでおくべきだった。交渉なんざ相手が倒れ伏してから行えば良い」


 ソルはマチェーテと呼ばれる、刀身の分厚い山刀を引き抜いていた。

 俺はダガーを一本引き抜き左手に持つ。


 確かにその通りだ。

 俺の行動はエルフランにとっても利益になるのだから、妨害はされまいと思ったのが甘かった。ここまで貪欲に食らいついてくるとは。


「気を抜いたらすぐに食い殺しにかかってくる。まるで猛獣だなあんたは」

「利に聡いルイスあたりなら、お前の目論見通りになったかもしれんが、あいにくと俺は強欲なんでなぁ」


 ソルの構えは自然体だった。

 少し腰を落とし、肩幅より広めに腕を配置しただけのもの。

 余裕があるのか、それが一番しっくり来るのか。


 俺は左手に逆手でダガーを持ち、その腕を前に出す半身の姿勢。

 右手は空手で後ろに下げる。


 エルフランの作業中に回復した脚は壁抜き一発分。

 それより弱い出力なら二回か三回は使える。

 今ソルは疑心暗鬼だろう。


 俺の言った装備を警戒して蹴りは避けたが、俺は出力を使っていない。

 切り札となる一発をあそこで使いきるわけにもいかないというのが大きな理由だが、あると言ってしまった手前、警戒している相手に使っても効果は薄いとの判断だ。


 そして言った事で、ソルにとって独壇場となるはずの至近距離の戦闘を、向こうが仕掛けにくくなっている。


 ソルの得物はマチェーテ。

 マチェーテは片手で扱う刀だ。剣先が肉厚にしてあり、重量と遠心力で断ち切る仕組みの武器で、両手持ちはできない。

 一撃の威力は高いが、頭が重い武器なので切り返しが遅くなる。


 それに、いくら膂力に差があると言っても、片手の攻撃なら防御ができる。

 以上の事から、狙いはカウンターで相手の攻撃を誘う。


 待っている方が有利だが、もし他の兵が顔を出せばそれまで。

 俺はゆっくりと、上体がぶれないよう狭い足運びで進んでいった。


 ソルとの間合い、踏み込めないプレッシャーの一歩手前。

 短い呼吸で心拍数を整える。

 踏み込み、戻す。様子見。


 ソルの方も重心を揺らし、タイミングを計っている。

 焦らすような読み合い。

 先に動いたのはソル。


 ソルが重心を戻し、俺が左足を踏み込んだ瞬間。

 鋭い左前蹴りが飛んできた。


 俺は逆手握りのダガーで受け流しつつ、蹴り脚の右へと腕を抜く。

 そのままダガーをソルの蹴り足、膝裏へとひっかけ、蹴りの勢いのまま左へと逸らした。

 これでソルは位置的に右手による攻撃が出来ない。


 空手の右で腰のダガーを。

 ソルが動く。

 上半身を勢い良く回転させてくる。


 まずい。肘か。

 バックブローの要領で右肘が飛んでくる。


 防げない。右手は腰に伸ばしている。

 更にソルは左脚の膝を閉じることで、こちらのダガーを固定。

 脚を外されないようにロックしたつもりが、逆に利用された。


 咄嗟に左のダガーは捨てる。

 後ろへと上半身を逸らして肘を回避。


 死に体。

 追撃されたらさばけない。

 俺は自ら後ろへと倒れ込み、左手を地面につく。


 そのまま右脚で牽制程度の蹴り。

 出力を警戒したか、ソルは即離脱。

 前方へ転がり、俺から距離を取った。


 俺とソルは、間合いの二倍ほどで再び対峙する。

 俺は長く息を吐きつつ、右手へもう一本のダガーを握った。


 今度は順手握りだ。不意打ちで右を使うつもりだったが、流石に通用しそうにない。

 先ほどのダガーはお互いの中間あたりで転がっていた。


「その脚は使わないのか?」

「使ってるさ。正しい使い方だろう?」

「全く、厄介な装備だ」


 一発使い切ってしまうより、温存する事で動きを阻害すれば良い。

 とはいえ、チャンスがあれば使うし、相手もわかっているから油断はしない。


 ソルが走り出す。

 二、三、四歩目のところで何かを蹴りあげた。

 ダガーだ。


 回転しながらこちらへ飛んでくる。

 俺は左脚をあげて対処。


 腕で弾けば多少の傷を負うし、右手を使えば無防備となる。

 瓦礫にも耐えた脚ならば問題ない。いざという時に出力という選択肢も残る。

 思った通り、軽い衝撃程度でダガーを弾いた。


 直後、甲高い金属音が響く。

 強い衝撃と共に、あげていた脚が、真下へと叩き落とされていた。

 視界には、ソルがマチェーテを振りおろしている姿。


 恐ろしく速く、重い一撃。

 脚の感覚が飛んでいた。


 俺は左手を懐に入れ、引き抜いたものを前へ向ける。壊れかけのリボルバー。がちり。

 ソルは振り抜いた姿勢のまま、肩を張って迫ってくる。体当たりか。


 轟音。煙。

 胸部に衝撃。

 肺の空気が押し出され、変な音を出しながら、俺は地面へと倒される。


 放たれた散弾はソルの背中を掠めただけだった。

 呼吸は苦しいが、止まったら押さえ込まれる。

 俺は倒れた勢いのまま下半身を上げ、後ろへと一回転。


 回転中に確認。左脚は無事。

 足裏が着くと同時に膝で衝撃を吸収。そのまま地面を蹴って突進。

 ソルの方は追撃を加えようとそのまま進んできていた。


 突進から右の突き。

 ソルは下げていたマチェーテで、ダガーの突きを下から弾きあげてきた。

 予想通り。

 俺は弾かれた腕を、肘を軸にして内回転させる。

 相手に弾かれた勢いと遠心力を使った、下からの斬りつけ。


 手応え、浅い。

 ソルは左手でダガーの刃を掴みガード。

 そこから間髪いれず右腕を順回転させ、ソルの手から滑らせるように突きをねじ込んだ。

 届かない。

 ソルは左手で、ダガーの鍔をしっかりと掴んでいた。


 血が数滴落ちる。

 いくら刺突用のダガーでも切れ味はある。左手をいくらか傷つけたようだが、ソルはたいした反応も見せず、右腕を振り上げていた。

 俺は左手のリボルバーを捨て、腕を上へ。

 ソルの右手が振り下ろされる前、速度がのる前に受け止める。


 少し高い位置にある、ソルの頭が軽くひかれた。

 頭突きが来る。ここだ。


 俺は、ソルの頭が引かれたタイミングで、脚装備の出力を使った。

 予備動作なしでこちらの身体は跳び上がる。


 相手は自分から攻撃に行くために引いているから、別動作にはタイムラグが出る。

 瞬き一つの間に、ソルの引いた頭、正確には顎先へと、出力をのせた頭突き。

 手応え、十分。

 もっとも硬い額を使ったにも関わらず、俺にも強い衝撃。


 鈍器で殴られたかのように、頭が揺れる。

 だがソルはそれ以上のダメージだ。

 俺はソルの身長より少し高いくらいに浮かび上がっている状態で、眼下のソルを見る。


 ソルは全身の力が抜けてしまったかのように、崩れ落ちていく。

 しかし落ちたのは膝まで。ソルは膝立ちの状態で、踏みとどまっていた。

 まだ、やる気か。

 俺は落下しながら、膝を突きだす。


 動けなくなったソルの頭部へと、それは叩き込まれた。

 呆気なく、踏ん張っていたソルの身体は倒れ伏した。

 俺も着地し、音を立てて腰を下ろす。


 息が荒い。左脚のふんばりが弱かった。

 多分、ソルの攻撃で精神的に斬り落とされたと感じているせいだろう。何とか出力でカバーはしたものの、今頃になって左脚が震えてきた。


「まったく、しんどいな。おい、ソル? 死んでない、よな」

 普通に出力で蹴ったら殺してしまう、と違う形をとったが、下手をすると今のもやばい。というか、死なずとも気絶された場合、円滑に他の兵に言う事を聞かせるのが難しかった。


 俺は少し警戒しながらソルへと近づく。

 と、ソルの肩が震えているのに気がついた。

 まさか、痙攣じゃないよな。


「……が、がははははは。いや、まったく。やってくれるな小僧。押さえ込めれば何とかなるかと思ったがなぁ。その脚装備は反則だ」


「あ、ああ。しかしタフだなあんた。確かにこの脚がなければどうなっていたことか」

 ソルは倒れたまま顔を上げ、笑いかけてきた。

 相変わらず歪んだ笑みなので怖い。


 ソルは頭を振りつつ身体をあげようとするが、まだふらつくようだ。何度か立とうと試みたあと、俺と同じように座り込んだ。


「ま、良いだろう。たいした男だ何でも屋シオン」

「なんだよ。また試験だったのか? その懐の、自動拳銃だろ」

「がはははは。よく見ているなぁ」


「舐められたもんだ」

「腐るな腐るな。シオン、お前の要望は聞いてやる。何でも言え」

「それはそれで後が怖いな」


「当然、優遇するからにはなぁ。心配するな。もうエルフランに入れとは言わん。気が変わったというならいつでも歓迎するがな」


「……遠慮するよ」

「がははは。いや、久々に熱くならせてもらった。最近現場に出ないんでなぁ」


「欲求不満解消に使わないでくれ」

「だが負けたままというのも格好がつかん。また今度頼むとしよう」

「二度とごめんだ。まさかあんたの、他の狙いって戦う事だけじゃないよな」


「流石にそこまで道楽してないなぁ。一番の理由は、あの女とのパイプ役として、お前という存在は残しておきたかった。女だけ生き残っても、こちらとしては扱いが難しい」


「シェリーのことは何処まで知ってるんだ?」


「そこまでは知らん。タウンの情勢と、他から得た情報から、我々と目的が合致しているという事くらいだ。お前が、あの女をタウンにとって大切な存在だと言った時は、吹き出しそうになったがなぁ」


「悪かったな、出来の悪い嘘で」


「がはは、いや逆に。よくそこまで突飛な話が出せるものだと感心した。それも咄嗟に吐いているにしては道理も通っている」


「あんたと違って、直接の武力に乏しいんでね。どうしても口がうまくなるのさ」

「そこだな。やはりルイスが居なくなると色々と面倒くさい」

「入らないぞ」


「いつでも歓迎の準備はしておこう」

「無駄な準備だな。とりあえず、今は一時的な協力関係という事でいいんだな?」


「ああ、構わん。なに、これだけ楽しませて貰ったんだ。我々の利益にもなることだし、協力は惜しまんよ」


「ああ、よろしく頼む」

 ソルと俺は、座り込んだ姿勢のまま、握手を交わした。


 こうして。

 長くしんどい一日は、一応の落ち着きをみせたのだった。

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