第12話

 頭蓋の内部で高い音が鳴り響いていた。

 白く焼きついた視界が、ゆっくりと色彩を取り戻していく。


 遠くに見える天井。

 身体の感覚はまだ戻ってこない。


 首を動かし、軽く状況確認。

 周囲にはまだ土煙がたちのぼっている。


 合間から確認できたのは、大きく崩れ落ちた壁面に、倒れ込んだか落ちて来たのか、大きな支柱が床へと突き刺さっている光景だった。


 それと、飛んできた瓦礫の一部が、俺の腹部から下にかけてを塞いでいる。

 血を吐いていない事から考えて致命傷ではない。


 酷過ぎて痛覚が麻痺しているのでなければ、脚も例の装備のおかげで無事だろう。

 数十m分の衝撃に耐える装備なので、その点は安心できた。

 いや着地と横からの衝撃だと違うのか?


 身体の感覚と、聴覚が戻り始めた頃、俺は誰かの声に気がついた。

 幸いにも節々は痛むが、致命傷はなく、右腕も自由に動く。


 左腕は下半身を埋める瓦礫の下だったが、位置的に抜けないだけで、大きな負荷はかかっていない。

 右腕でゴーグル側面をいじり、集音装置を起動。


「凄い威力ですね。中心地点はこの建物の出入り口でしたが」

「げほっ、ごほっ」


「おや、流石と言いますか。しかし聞いていたとはいえ、私も半信半疑でしたよ」

 ルイスの得意気な声と、弱々しい女の声がする。


「おやおや、動けないようですねワッソンさん。丁度良いじゃないですか。これで先ほどのように、華麗に避けてみせるというわけにはいかないでしょう」


「ひゅーひゅー」

 嫌な呼吸音。


 俺と同じように、瓦礫に挟まっているのか?

 脚の回復まであと少し。約二分半。


「人間なら、長くはないんでしょうが。あなたのような化け物相手では些か不安が残ります。そこでこれを使いましょう」


「かっ……はっ、シオン君、の?」

 息も絶え絶えに吐き出される言葉。どういうことだ。


「ええそうです。あなたが連れて来た、彼のリボルバーです。シナリオは簡単。タウン側が雇った彼が、あなたもソルさんも殺し、私が彼を仕留める。そうすれば何の問題もなく私はエルフランを手にし、事を進める事ができる」


「どうにか引き延ばせ、あと少しでこっちの瓦礫を装備で跳ばせる」

 俺は通信で女へと呼び掛けた。


 状況はかなりまずい。身動きできない女に、ルイスが銃を突きつけている。

 それも俺のリボルバーを、だ。


 どうやら爆風と衝撃で手からこぼれたのを拾われたようだ。

 すぐ動けるように、とルイスの死角で手にしていたのが災いした。


「そう、うまく行くかしら。タウンは、もう動く」

「問題ありません。あなたを殺すよう私に言ったのは、そのタウンですから」


「……二重スパイ、ということ?」

「いえいえ、ただの取引です。今のお得意様が隣国で、その次がタウン。それだけですよ」

「あなた、最低ね」


「あなたに言われたくはありませんね。タウン側から聞いていますよ? あなたのせいで貧困街は生まれたそうじゃないですか。あなたも、それに手を貸したんでしょう?」


「……」

「だんまりですか。機械のくせに、そういうところはいやに人間臭い」


「あまりに超人的で機械的だと、気味悪がられて連携がとれない。この意味が、あなたにわかりますか?」

「戦争の道具なんでしょう」


 あと一分半。


「……本当に、ただの道具なら、良かったのに」


「心配せずともその望みは叶いますよ。あなたの遺体は道具として立派に役立つでしょう」


「あなたは自分が何に加担しているのかわかっていない。かつて私みたいなアンデッカー。そんなものを、秘密裏に確保するという、ただそれだけの理由で。ここでどんな事が行われたのか。何を、させられたのか」


「私には関係のない話ですね。それに、そこまでする気持ちもわからなくはない。先ほどまで声も擦れていたというのに、もうそこまで回復している」


「……外道。あなたたちは、どうしていつもそうなの。いつまでも地中に埋まったものにこだわって。何のための技術なのか、全然わかってない」


「あなたに言われましても。そしてその後がどうなるかなんてどうでもよろしい。あなたの知識には興味がありますが、あまり長話をしているとソルさんに追いつけない。そろそろお開きといたしましょう」


 まずい。まだ三十秒はかかる。

 集音機能が、がちりと、聞きなれた金属音を拾いあげた。


 嫌な汗が、身体を冷やす。

 撃鉄をフルコックに引き上げ、金具がその位置で噛みあった音。


 あと二十五秒。

 轟音。


 漏れる弱々しい吐息。

 集音によって、どちらもすぐ傍で発せられたかのように聞こえる。


 がちり。

 轟音。


 あと十九秒。

 がちり。


 聞きなれた音が、俺の神経を逆撫でする。

 轟音。


 何倍にも増幅された音が、耳から離れない。

 がちり。

 轟音。


 あと、十秒。

 がちり。


 もうやめろ。

 もう十分だ。


 がちん。

 金属がぶつかる音がした。


 俺はゴーグルにそっと触れ、赤外線を見る。


「おや、弾切れのようですね。いかがですか? これで死ねますか? 体内に残っているから、苦しいでしょうが、これで修復もできないはずです。素晴らしい巡りあわせと言ったところでしょうか」


 狙うは、煙の向こうで赤く浮かび上がった細身の男。

 手には熱を持ったリボルバーも浮かび上がっている。


 あと零秒。


 俺はありったけの出力と力を込め、下半身に乗っかっていた瓦礫を蹴り飛ばした。

 瓦礫は幸いにも一mほどの大きさで、素直に煙を割って向こう側へと消える。


 続いて派手な衝撃音。鈍くはない。

 咄嗟に何か金属的なもので直撃を避けたか。


 俺は身を起こし、赤外線で確認しながら煙の向こう側へ。

 煙を割ると、丁度ルイスが立ちあがったところだった。


 一瞬で状況を確認。

 どうやら軌道は直撃コースではなかったらしい。

 それをケースで防ぎ、自分は転がったというところか。


 転がっているケースはひしゃげ、中身がばらばらになって床に散らばっていた。

 俺を見たルイスは、その手のリボルバーを投げつけ、迷いなく背を向けた。

 俺はリボルバーを払いのけ、反射的に走りだす。


「待ってシオン君。お願い。行かないで」

 ゴーグルが拾った通信が、俺の足を止めた。


 小さな。小さな声だった。


 俺は、ゆっくりと振り返る。

 視線の先には、支柱の下敷きとなり、どうにか胸部から上だけがこちら側へとはみ出ている、あの女の姿があった。


 目が離せない。

 目は閉じられ、頭からも口からも血が流れている。


 胸には銃痕が四つ。

 そこも真っ赤だった。


「お願い。彼の事は良いから、タウンを止めて」

 女の口は動いていない。ただ弱々しく、震えていた。


 風が通るような、耳障りな呼吸音をたてながら、必死にこちらを引きとめようと、首だけで顔を向けてくる。左目だけが辛うじてあけられていた。その目と目が合う。


 ゴーグルからもう一度声がした。


「お願い」

 俺はそれには答えず、重い足を引きずって女へと近づく。


「口、動いてないのな」


「そうね。私、人間じゃないから。お願い、シオン君。私の最期の頼みだから、聞いてくれないかな?」


「俺一人でタウンの軍を止めるのは無理だ。それは前から言ってただろ。もう十分やったよ、お前は。ダメだったけど、足掻きは良い線いってたと思うぜ。だから……」


 その先は、出てこなかった。

 数秒の沈黙。


「……起動してから、ずっと言われ続けて来た。役立たず。お前のせいで何人も死んだのに、どうしてお前は使えないんだ? お前の仲間は何処に埋まってる? って」


 俺は黙っている。状況はこうしている間にも動いているが、今くらいは良いだろう。


「故障していたのか、当時は頭から記録が消えていてね。本当に、その通りだと思ったの。彼らは食糧プラントの再活性化の方法と、他のアンデッカーの場所をしきりに聞いてきた。そのために何百人も犠牲にしたのに。やっと見つけ出した私が、何も覚えていなかったんだから、当然ね。毎日毎日、お前のせいだと、椅子に展示品のように座らせられた私に言うの。それで、私も思うの。生まれたばかりで、精神が幼かったのね。道具なんだから役に立たなくちゃって。頑張って手伝ったわ。何をしているかも理解しないまま。笑っちゃうでしょう?」


「笑えねぇよ」

 青白い女の表情が、少しだけ和らいだ気がした。


「私を最初に引き取ってくれた青年が、言ってくれた。機械のようになるんじゃない。まるで本当の機械のようだろ、それじゃぁって。泣きそうな顔して言うの。なんで泣いているんだろうこの人って、私は思ったわ。誰もが下を向いているあそこで、彼だけは前を見ていた。地下に頼らず、やれることをやろう、と」


 ああ、前に言っていたおじい様、か。

 そうか。そうだよな。この女の言うことが全て正しいなら、それは八十年前の話だ。


 そんな昔の事を本気で考えてるのはあんたくらいだろう、か。

 結構な口を叩いたもんだな、俺も。


「彼を中心に、大きな運動になったけど。一人死に、二人死に。必死に物事を動かして動かして。命を賭して、動いてきた彼ら。その、たった一人の、最後の生き残りが私なの。その私が、まだ動かせる駒もあるのに、ここで諦めて良いわけが、ないですよね……?」


「俺は駒かよ」

「それに、シオン君。この私が、諦めると思いますか?」


 女は右目も開き、痛みに顔を歪めながらも。

 挑むような、そんな目つきでこちらを見て来た。

 右目は赤く濁っていた。


「変わらないな、まったく。勝算はあるんだろうな?」

「ええ、もちろん。指揮官は笑って兵を送り出すものです」


「……違いない」

 女はぎこちなく笑おうとしたが、俺は笑えなかった。




 落ちていたリボルバーを手にする。

 最悪なことに、瓦礫を受けた時に破片でもぶつかったのか、シリンダの上部からバレルにかけてがひしゃげていた。


 ため息をついて、バレルウェッジを強引に引き抜く。

 更に俺は力ずくで、バレルとシリンダも引っこ抜いた。


 根元のシリンダピンとスクリュも曲がっているのを見て、もう一度ため息をつく。

 これをやったのが俺という事実も、何とも言い難いやるせなさを感じさせていた。


「止血完了」

 ゴーグルから女の声がしたので、そちらへと顔を向ける。


 声とは裏腹に、瓦礫の下の表情は曇っていた。

 痛みや苦しみは、あるらしい。


「どういうことだ」

「ナノマシンで血は止めたので、とりあえず命が繋がりました」

「化け物か」


「流石に面と向かって言われると傷つくのですが。あくまで応急処置レベルの対応が出来るというだけで、耐久力的には人間に毛が生えた程度です。体内の鉛弾もそのままですし、傷ついた臓器も治っていません。失血死だけは免れましたが、それだけです。そしてそれで十分です。事が終わったら、私の体は破壊して下さい。何処にも、情報を渡すわけにはいきませんので」


「……なぁ、ボットの延長ならこう、お前の人格を抜いて別の身体に移すとか、できないのか?」

「やれない事はないですが、治療と同様、時間もかかります。新しい身体の問題もあります」


「身体は、あとから何とでもなるだろ。今は延命すべきじゃないのか?」

「ごめんシオン君、その話は、もうして欲しくない」


「なんでだよ。生き残れば、それだけ動けるってことだろう」

「……シオン君、コピーを取っても、私はここに残るの。この意味が、わかるかな」


「どういうことだ?」

「身体が何とかなってもならなくても。私と同じ顔して、私と同じ考えを持った誰かが。ここを脱出して、君たちと笑って過ごしている間。同じ私は、この瓦礫の下で、ゆっくりと死んでいくの。それだけは、絶対に嫌」


 ごふ、と女が血の塊を吐いた。

 仰向けのため、吐きだされたそれは口元からゆっくりと、頬を伝って垂れていく。


「ごめん、見苦しかったね。もうちょっと、呼吸を浅くするね」

「移動、にはならないのか?」


「こだわるなぁシオン君。いいじゃない別に。今大事なのはタウンを止めることでしょう?そのあとは言ったように、君に破壊して欲しいんだけどな」

「なら、なんでお前は泣いてるんだよ」


「え?」

 横たわる女の目から、涙が流れていた。


 半開きになった目が、慌てたように泳ぐ。

 右目はまだ赤い。白かった髪も、赤く染まっている。


「あれ、おかしいな。変だよね。機械が、怖いだなんて。元は戦争の道具なのに、おかしいね」

「だから、笑えねぇって言ってんだろ」


「ごめんね。気にしないで、もう行って。打ち合わせ通り、よろしくね。最低限の機能だけにしちゃうから、何かあったら呼んで?」


「……」


「そんな顔しないで。そんな顔見たくないよ。ほら、ヘマしたのは私だし。君は気にせず、怒って指を折るくらいで良いじゃない。まぁ、今は指すら差し出せないけど」


「……」

「……行って、シオン君。君は、仕事ならすべきことを冷静にやれる人でしょう」


「そう、だな。まったく、盛大なヘマしやがって。約束通り指を折りに戻ってくるから、待ってろよシェリー」


「ふふ、期待しないで待っていてあげよう」

 ゴーグルから通信音が消え、シェリーの表情は人形のように動かなくなった。




 彼女との打ち合わせでは、まずタウンを止める事になっている。

 軍の動きはタウンの方が圧倒的に早いので、先に止める必要があるという判断だ。


 次にソルとの交渉。あの武器がなくなった今、ルイスにソルを仕留められるとは思えないので、ソルとは会談の続きを持ちかければいいだけだ。


 元から話はうまくいきかけていたのだから、それでエルフラン側は止まり、正式な結論を出せるだろうという目論見だった。


 だが多分、それだとシェリーは助からない。

 いくら引き延ばせると言っても限度がある、と本人は言っていた。

 話がまとまってから救出を行っていては遅すぎる。


 可能性はあるのだ。即死でない以上、心臓は無事だし、撃たれた位置的に肺、それと瓦礫の下がどうなっているかにかかってはいるが。

 そのためには、軍を止める動きと、救出を同時に動かさなければならない。


 ここにきて。

 俺はこの仕事をやってきて初めて、依頼主の意向を無視しようとしていた。


 仕事の成功のため、多少依頼主の意向を無視するというのは前にも経験がある。

 だが、仕事の成功のためどころか、成功の難易度を上げようというのだから、これまでの俺からすれば気がふれたレベルと言えた。


 だがまぁ、やってやろう。

 何処までやれるかわからないが、シェリーの足掻きを見習ってやろう。


「鷹、状態」

「ワン」


「鷹解除、A0へ向かえ」

 足止めは有効。


 つまり、近づく部隊も。

 出ていく部隊も釘付け状態というわけだ。


 ソルはまだここに居る。もちろんルイスも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る