第11話

 会談開始まであと三十分、といったあたりから、エルフランやタウンの兵と思わしき人員が活発に動きまわるようになった。


 時刻は昼前。


 北東からエルフラン、北西からタウン。と考えて設置していたが、ほとんどは回り込むようにして、南東、南西から現れることが多かった。ルーが居る南西から捕捉しやすく、今のところ夜盗たちの出番はない。


 包囲網を作られることを双方が警戒しているのだろう。南の動きに敏感に対応するために、早めに人員配置を、と双方が動かした結果、南側からたいして動かずに各個撃破を行うことができた。


 全て奇襲。ルーのゴーグル性能と通信によって、相手の向きまで把握しているので、簡単に排除することができていた。


「D2狼から虎。団子」

 ルーから通信。


 ようやく北側も動きが出たようだ。今回はタウン側の軍がそばに居るため、通信は用心して符丁を決めてやり取りしていた。解読される前には会談が終わるだろう。


 最初の記号と数字が座標。次で方角を、どちらからどちらに向かっているか。最後に敵の規模を示している。今回だと西から東に向かう二名。


 人数的に斥候だ。おそらくその後ろに本隊が居る。

 俺はそちら側へ移動しながら考える。


 会談場所は、西から東にかけてのびる大道路が、北へと曲がる部分。その角の、東側の建物だった。


 タウン側が会談場所に近づくにはその大きな道を通らなければならず、渡河同様無防備になってしまうし、動きが捕捉されやすい立地というわけだ。


「B1蛇から鳥、虎。串」


 案の定、北西のポイントにさっきの倍の人数。六人部隊が、二人を斥候として出しているという話だろう。


 確かに、まぁ少数の送りこみなのかもしれないが。

 両陣営から同時にとなると、いくら少数でも倍なわけで。


「E9団子」

 小声で夜盗たちの一組から連絡。

 北東に二人。


 やっぱり同時に出てくるようになったか。

 俺は出力を少し上げ、ルーの見つけた本隊の後方へと回り込む。


 ビルの合間を警戒しながら進んでいるが、なかなか隙がない。

 何が実戦経験はないから楽だよ。


 四人で互いの視界をカバーしているから、数秒できる死角を狙うしかない。

 前二人は前方と左右。後ろの二人がずらした配置で左右広めと後方の警戒だ。


 左後ろの一人が後方を見たあと、数秒だけ右側が後方警戒をするまでかかるタイムラグ。

 俺はそのタイミングを計り、出力をあげた突進を、右後ろの男へとお見舞いした。


 続けて、着地からすぐにスライドするような足運びで反転しつつ、左の奴へと前蹴り。

 左後方の男を横合いから蹴り飛ばす形となった。


 前の二人が反応。振り向きざまのところへ、前蹴りからの脚を降ろし、スイッチしてのまわし蹴りを飛ばす。


 相手は蹴りに対して咄嗟に腕と脚を閉じての防御姿勢をとったが、流石に出力を上げた蹴りはそれで殺しきれない。腕が折れ、衝撃を殺しきれずにそのまま飛んでいった。


 息をついて最後の一人と対峙。

 瞬時にライフルは捨てて、パーカッションリボルバーを引き抜きかけているのがいやらしい。


 何が実戦経験がないだあの女。


 相手から見て右に転がるように飛ぶ。

 右利きの相手ならば、脇がしまらなくなる右側へと入る事で、拳銃の狙いというか、撃つ土台が安定しなくなるというわけだ。


 男は焦りもあったか。

 横跳びに転がった俺を追いながら、咄嗟に引き金を引いてしまったようだ。

 斜めに転がった俺には当然当たらない。


 俺は立ちあがりざまにダガーを引き抜き、男の喉元へと投げる。

 体勢があまりよくなかったが、何とかダガーは男の顔面へと突き立った。


 男の身体がぐらりと揺れ、そのままリボルバーが火をふく。

 硬直したせいで引き金がひかれたらしい。


 この数瞬で、普段使い慣れていないだろう武器の撃鉄をあげているのだから困ったものだ。

 幸い、弾丸は道路へと撃ち込まれた。


 視線の端で、最初に体当たりで倒した男が、低姿勢のままこちらへ組みつこうと進んでくるのが見えた。

 確かに組まれちゃまずい。組み倒されたら脚の出力はあまり意味がない。


 立ち上がりの途中でそう判断し、速度優先で仕掛けてくるあたり、本当に実戦経験ないのかこいつと疑いたくなる。


 俺はコート内部からリボルバーを引き抜いて早撃ち。狙わずに腰だめで一発、二発。

 弾丸は、一発が地面に。もう一発は何とか肩口に当たったようだが、止まらない。


 ストッピングパワーが足りない。

 男の体当たりをまともにくらう。


 俺は出力を調整して踏みとどまった。倒されるのはまずい。

 男は流れるような動きで、そこからこちらの膝を抱え込みにかかる。

 だめだ。ケチってる場合じゃない。


 瞬時に出力をあげる。

 男はこちらの膝をつかもうと下向きになっていたため、もろにこちらの膝が相手の顔面へと入ることとなった。


 嫌な感触を残して、二mほど上へと跳びあがる。

 視界には、顔面を潰された男が倒れ伏したのが見えた。


「こりゃしんどいな」

 倒れ伏した男の隣へと着地。


 なるべく音をたてたくなかったが、今の発砲で先行していた斥候に警戒されているだろう。


「D2団子、状態」

「狼。狩り中」

 西に警戒状態で移動中。


 だよな。付近にはこれ以上いないようだし、次ははじめからリボルバーを使うか。


 エルフランは個体差が激しいが、場馴れしているので油断できないし。

 タウンの奴らは最善手までが早く、どいつもこいつも体力があって厄介だ。

 何より人手が足りない。


 今も移動しながらだが、こうして斥候の処理に動いている間も、さっき夜盗が報告してきた奴らは動いているし、新しい奴らも近づいてきているのだろう。


 リボルバーをハーフコックにし、シリンダ裏についている雷管を外しながら、ルーへと通信を送る。


「鷹準備」

 苦肉の策だ。あの女が用意していた、長距離を正確に撃ち抜くという武器を、ルーに装備させていた。最初の段階で、タウン側の仕業と判明しては困ると借り受けなかった装備だ。


 正直、出し惜しみしている余裕がない。

 俺の機動装置の制限時間もある。


 と、ビルの隙間から二人の男がこちらへと歩いてくるのが見えた。

 既にライフルを手にし、慎重に歩を進めている。


「鷹」

「ツー」


 俺は不意打ちを出来そうな位置を探す。

 丁度男たちの前方、手ごろな脇道へと入り、また通信。


「鷹」

「ワン」

「ワン」


 ワンとツーは、この間の一回二回で返事をしていた奴の流用だ。

 遠距離狙撃の準備はどうだという問いに対し、準備ができたかどうか。そしてそれに対しての返事なので、撃てか待ての二択というわけだ。


 どさり、と倒れる音がした。

 出遅れた。


 俺は路地から身を乗り出し、慌てているもう一人をリボルバーで撃つ。

 反動をひじで吸収しつつ、すぐにフルコックにしてもう一発。

 一発目は胸。二発目は腹を穿つ。


 男は血の泡を吐き出しながら、腹を抱えるように膝を折る。

 もう一人のほうは既に倒れ伏していた。


 ルーの武装が、発砲音のしない驚異の性能だったのを一瞬忘れていた。

 しかし息をつく暇はない。

 俺は走りだす。


「E9団子、状態」

 北東の状況はどうだ。移動されていたら会談場所に近いはずだ。

 返事の代わりに懐の受信機が二回震えた。


「串?」

 振動一回。

 移動せず人数が増え、更には喋れない状況。


 まったくもって次から次だな。

 いや、移動されなかっただけマシか。


「H9串」

 ルーからの通信。南東に四人。


 二人だったらルーの鷹に任せても良かったが、四人となると敗走されかねない。エルフランの本拠地にでも駆け込まれたら全てが台無しだ。


 時刻的に会談は既に始まっているはず。

 さっさと終わらせてくれないと、俺の身体も、装備の使用時間も持たない。


 見えた。

 ゴーグルが捉えたのは、四人のエルフラン兵に囲まれている夜盗組二人。

 エルフラン側は二人が周囲の警戒、一人が尋問、もう一人がその様子を見ている。


 この位置ではルーの鷹もダメか。ルーが居るのは対角の南西だから流石に狙えないだろう。

 尋問に捕まっている夜盗は、既に顔が痣だらけになっている。

 詰め寄る男は興奮し、手には俺と同じタイプのリボルバー。


 俺は息を整えつつ、良い位置を探った。

 まずは外側を向いている二人を静かに仕留めよう。


 中の二人が夜盗団のメンバーを人質にとたら面倒だったが、中を攻撃して外の奴らに反撃される方が怖い。


 ダガーを二本引き抜き、刃のほうを指で掴む。

 この手の武器は重心が持ち手の方にあるので、刃をつかんで反動をつけた方が飛びやすい。


 まず手前の男。

 ふっと短く息を吐きつつ、ダガーを投擲。


 確認する前に次のダガーを構え、もう一度。息を吸って、吐くタイミングで投げる。

 一本目は見事、外を警戒していた男の右胸へと、斜めに突き立った。


 二本目は、それに反応して振りかえってきた男の腹へと収まる。

 鈍い音と、呻き声を発して二人は身を折った。

 俺はそれを見ながらリボルバーを抜く。


 両手でしっかりと握り、肩と腕のラインで三角形をつくる。

 狙うはリボルバーを手にしている男。


 丁度こちらに気づき、警戒態勢に入ろうとしているところへ一発。

 弾丸は男の頭へと撃ち込まれた。


 右側面のこめかみに穴を作った男は、首を後ろに仰け反らせたまま崩れ落ちる。

 俺はそれを見届けず、物陰へ倒れ込んだ。


 直後、俺が立っていた地点への銃撃。一、二、三発。

 最後の一人、尋問を見ていた男からの反撃だ。

 肩にかけていたレバーアクションライフルをこちらへと向けているのだろう。


「なんだてめぇは。いきなり、なんだよ畜生。何なんだよてめぇは!」

 男は怒鳴り散らす。


 気持ちはわからんでもない。いきなり三人も仲間を殺され、自分の命までも狙われれば狼狽もするだろう。願わくは、今のうちに夜盗の奴らが逃げてくれると助かるのだが。


 冷静さを取り戻されて、あいつらを人質にされたら厄介だ。

 かと言ってこの状況では顔を出すわけにもいかない。さてどうしたものか。


 俺はしゃがんだ状態でシリンダから全ての雷管を外し、腰のポーチへと放り込んだ。

 どうせあいつはこっちを狙っていて近寄ってこないし、近寄ってくれば脚装備の差で圧倒できるので、落ち着いて作業を行う。


 今はこうして弾を込める作業ですら、やれる時にやらないと暇がない。


 バレルウェッジを引っ張り止め具を外す。そしてバレルを引っ張ってシリンダを取り外した。

 今回は事前に実包を作ってきたのでそれを使う。


 と、ポーチから実包を六つ出したところで、喚いていた男の声に代わり、何か重いものが落ちたかのような鈍い音、続いて金属をぶちまけたかのような音。


「よくもやってくれたなてめぇ。何でも屋、今だぞ!」


 俺が顔を出すと、丁度後ろ手に縛られた夜盗の一人が、エルフラン兵によって払いのけられているところだった。どうやら体当たりしたらしい。


 尻もちをついたそいつが立ち上がる前に、俺はしゃがんだ姿勢から出力の力で一気に跳ぶ。

 男がこちらを振り返ったところへ、そのまま蹴りを入れる。

 首が変な方向に曲がった。


「よくやったなお前ら。助かった」


 俺は手前の二人からダガーを回収し、血を払ってから夜盗二人の縄を切ってやった。

 夜盗達が何か言ってきたが無視してリボルバーのもとへ。悪いが相手をしている時間もない。


「H9串、状態」

 言いながら実包をシリンダに込める。


 実包は、鉛玉と火薬を紙で包んでまとめたものだ。こうすることで、フラスコから火薬の量を見ながらシリンダに入れるという手間が省ける。湿気ると紙がたいていダメになるし、紙も無料じゃないので普段はやらない。


 というか、いつもはこんなにリボルバーを撃たない。選択肢のひとつ、あるいは撃たないまでも持っている事での威嚇行為。この武力は使えば使うほど赤字になるので、なるべく使わないにこしたことはない。


 紙の方向を確かめ、シリンダに六つ共押し込む。手早く組み立て、ローディングレバーで押し込みながら報告を聞いた。もちろん足は止めていない。


「H5、串解体中」

 西に移動して通常状態。


 俺は更にハーフコック状態でシリンダを回しつつ、ひとつずつ雷管キャップを装着していく。


 H5ということは道路の手前くらいか。おそらくタウン側が道路を渡ってこないように道を見張る要員だ。

 リロードが終わったリボルバーを軽く確かめ、俺は速度をあげた。




 会談場所から西に少しという、なんとも危ない場所にエルフランの連中は陣取っていた。

 会談に参加したタウン側すら帰さないつもりなのかもしれない。


 流石にこんなところで発砲したら会談に影響しかねない。それは相手も同じだが、命の危険が迫った時に最後まで引き金を引かずに居られるかというと、絶対にそうはいかないだろう。俺が相手の立場なら確実に引き金を引く。


 理想は相手に撃たせずこちらも撃たないことだが。

 ルーの鷹ならば無音でやれるが、一度に全員は仕留められないし、誤射を防ぐために俺が出られなくなるというジレンマだ。


 エルフランの兵は、二人が道路を監視しており、残りはだらけて座り込んでいる。

 流石に他のメンバーが潰されているとは知らない様子だ。


「シオン君、ダメだった。すぐに来て」

 通信が入った。


 おいおい。

 状況変更。


「鷹、H5殲滅」

「ワン」

「ワン」


 瞬間、目の前で道路を見ていた一人の首が、何の前触れもなく消えた。

 これは、怖い。


 さっきは傷の確認なんてしていなかったが、相当な威力だ。俺のリボルバーなんて頭に撃っても貫通しないで内部に弾が残るというのに。吹き飛んだぞ。


 しかしエルフランの兵のように呆けて見ているわけにもいかない。

 俺の方もリボルバーを両手で構え、手前でだらけていた一人に発砲。

 何も理解することなく、そいつは頭から血を流して事切れた。


 次に向ける前に、もう一人のくつろいでいた男の腹が消え去った。支えを失った胸から上が、青ざめ、驚愕の表情を浮かべたままの顔ごと地面に落ちる。


 俺は冷静に、事態を把握できず、

「は? は? は?」

 と同じ言葉を連呼している男へと照準を向けた。


 フロントサイトとリアサイトの位置を冷静に調整。少しフロントを左へ。

 右手を前へ押し出し、左手を手前へと引き込んで安定させ、引き金を絞る。


 鉄と鉄がかみ合った金属音と、腕に伝わる衝撃。

 最後の一人も、何かを理解する前に倒れ伏した。


「鷹、作戦C。ミゼット隊は撤収」

 脱出のために近寄る部隊毎に一人ずつ狙撃しての足止め行為を行う方針。

 俺は出力をあげ、会談場所へと走った。




「おや、これはシオンさん。お早いですね」

「どういうことだこれは」


 会談場所はエルフランの十八番なのか、外部の光が一切入らないように目張りのされた一室だった。過去に金持ちの食堂だったのか、十人ほどが入れそうな部屋に、ひとつだけある長い机と、装飾の施された立派な椅子が九脚。


 壁を蹴破って入った俺が見たのは、タウンの護衛が丁度倒れる姿だった。

 あの女の前には、今倒れたのを含めて二人の護衛。

 どちらも無残な姿で倒れ伏しており、俺はその位置へと進んだ。


 そして目の前、十mほど先に細身の男、ルイスが立っている。

 手には煙を上げる四角いケース。


「ソルはどうしたんだ? 商人様よ」

 ルイスは目を丸くし、とてもおかしそうに笑った。


「撤収しましたね。こちらの武装を見て瞬時に引くとは、相変わらず判断が早い。見られたからには放置するわけにもいかないですし、困ったものです」


「あんたが実権を握ってたのか? そうは見えなかったが」


「いえいえ、シオンさんのおっしゃる通り。私のような者に組織の長は務まりませんよ。私は先兵に過ぎません。ただしエルフランのではない」


「隣国ヴァルツハイト」

「そうですワッソンさん。いや、しかし。先ほどは驚きました」


「だいたい見えて来たが。要は会談がうまくいきそうになったから、ルイスが暴れてなかったことにしようとしたってことか?」


「そんなところ。シオン君、脚はどう?」

「ダメだ。もう少しかかる。ぎりぎり一回分に足りないくらいだ」

 俺は女を庇うように位置をずらす。


 流石に壁抜きを二回も使ってここまで来たのは、制限時間の最後を食いつぶすには十分だったらしい。我ながら考えなしの行動だったが、それをしなければ間に合っていなかったかもしれないので考えないことにする。


「何の話ですか? 困ります、困りますね。私にわからない話をしないで頂きたい。今あなたたちの命を握っているのは、この私なのですから」


 ルイスは言って、四角いケースをこちらへと向けてくる。


 そのケースのこちら側には穴があいていて、そこからうっすらと煙があがっているのが見える。そのことと、目の前に倒れる護衛に残された無数の弾痕と思われる傷。

 この二つを考えれば、嫌な結論しか出てこない。


「おいおい商人様、こんなところで商売でも始めるのか? 中身はなんだ金塊か?」


「白々しい。白々しいですねシオンさん。あなたほどのお人なら察しのことでしょう。目が護衛の無残な姿と、こちらを行き来したのを、見逃してはいませんよ」


「ルイス、あなたがこれ以上の暴挙に出るなら、私はエルフランの武器庫に仕掛けた爆薬を起爆します。そうなればエルフランの武装蜂起は起こせない」


「ほう。それは困ります、困りますね。だがお聞きしたい。爆破せずにどう戦争を止めるんですかあなたは。もはや会談から成果を得られない以上、他に選択肢はないのでは? 私としてもそれは困る事ですが、どうせあなたは私が撃とうが撃つまいが、爆破するしかないでしょう。なら、それは何の脅しにもならない。違いますか?」


「それは……」


「だから、私はあなたが起爆する前に。あなたたち二人をボロ雑巾のようにしてしまうしかない。観念してその起爆スイッチを捨てるなら、命だけは助けてあげますよ。さぁどうしますか?」


「もう少しだ。早まるな」

 そのスイッチは押してしまったら何の価値もなくなるカードだ。


 そして、ここでこれだけ派手にドンパチを始めてしまった以上、タウン側は絶対に軍を動かす。つまり、事実上既にこのカードは何の効果も持っていない。


 それを悟られる前に、今はカードをちらつかせて時間を稼ぐ。これしかない。

 かと言って口に出せばルイスに気付かれかねない。

 冷静になれ。頭を冷やして考えれば気付くだろう、お前なら。


 ここまで内情を話したこいつに、俺たちを生かしておくつもりがあるとは思えない。

 爆薬の話であそこまで動揺がないのを考えれば、既に答えは決していると考えて良い。


 ルイスが油断しているうちに、せめて一回分の脚が溜まれば、それで活路がひらける。

 その場合、唯一の懸念は距離だ。


 近ければ近いほど、上下に動く機動力に対応するために、銃を持つ腕を大きく動かさなければならない。

 その点、この脚の出力ならば十分に腕の動きを振り切って突破出来るだろう。

 だが十mは遠い。


 この距離では上へ跳んでも、ルイスは少し腕を動かすだけで対応し切れてしまう。

 何かないか。


 俺はこの部屋に入ってからの状況を頭の中で再生する。

 違和感。


 引っかかったのはルイスの台詞。

 そもそも俺の登場になんて言った?


 お早いですね、ということは、こいつは知っていたんだ。

 昨日のあれでばれたのか? 


 いや、あれだけなら情報を撹乱したし、疑いはあっても確信には至らないはず。

 こいつの台詞は確信的だった。

 そして爆薬があるという事実に一切驚いていない。


 ワンアクションすらなかった。

 それに、なんで他に選択肢がないと言い切れたんだ?

 つまりこいつは――。


「ふんぎりが悪い。悪いですねワッソンさん。残念ながらタイムオーバーです。爆破もできず、会談にも失敗し、何もできずに死んで行きなさい。さようなら、さようなら」


「ごめん、シオン君」

「待て、押すな!」


 直後、音が飛んだ。

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