第10話

 爆薬の設置から翌日、つまり会談が明日へと迫っていた。

 そんな中、俺がしている事はといえば。


「兄貴、それで。そこはどんなところなんだ?」

「いいから黙ってついてこい」


 何故かガイルと二人、朝の市場へと足を運んでいるのだった。

 昨晩、泣いているガイルを連れて、どうにかあの付近を脱出。話を聞き、一応職場のようなものを斡旋する運びとなっていた。


「おお、シオン兄じゃん。珍しいな」

 声をかけてきたのは、以前面倒を見た一人、ダイチだった。


 面倒を見たと言っても、年齢は俺の一個下。屋敷相手にちょっとした揉め事を起こしたところを助けただけの関係だった。


 ダイチは荷物の入ったカゴを手に、こちらへと笑いかけてくる。

 市で人手を欲しがっていた商人に紹介したので、そのままそこで働いているはずだ。日に焼けた肌が汗で光っているので、多分夜が明ける前から動き回っているのだろう。


「ダイチ、もう屋敷には行ってないな?」

「あはは、しばらくは無理だよ。シオン兄は買物? うちで買うなら安くするよ」


「いやお前、そこまで偉くないだろ。それに残念ながら買物じゃない。お前と同じような境遇なんだよ後ろのが」

「あーなるほどね。じゃぁ頑張って」


 やはり忙しい最中だったのか、買物でないとわかるとさっさと去って行った。

 商魂が染み付いてきていると喜んでいいのかどうか。


 立派な先輩を前に、これからその立場になるだろう後ろのガイルは、と振り返れば。

 そこには俺よりも年上な大人が一人、背を曲げ、下を向いて縮こまっていた。


「ガイル、もう一度確認するが。タウンに戻る気はないんだな?」

「む、無理だよ」


「じゃぁ言っておく、ここは市場だ。エルフランの庇護下で経済が成り立った、数える程度にある催しで、貧困街の一割ほどの人間がここに関わっている。いいか? たったの一割だ。エルフランが提供するのはこんな良い暮らしより、強制労働所に近いものが七割、兵士が二割に、こういうのが一割だ。お前はその、たったの一割に入れるかもしれない門に立っただけだ。俺が案内出来るのはここまで。このチャンスを物に出来るかどうかは、お前次第。俺の紹介だから、とかいう贔屓目には期待するな。ここがダメでも戻りたくないというなら、あとは強制労働か死の二択だ」


「わ、わかってる。わかってるさ」

 ガイルは目が泳いでいる。こりゃだめだな。


 市場はまだあまり品が並んでいない。そもそも割と限られた経済圏なので、朝一番にというような競い合いがない。食事関係はエルフランが埋めるので、残されたものは娯楽関係や衣類、便利な日用道具。よって新鮮さや速さはあまり求められていない。


 更に、買いに来るのも貧困街での上層階級なので、のんびりした足でやってくる。つまり朝に動こうという人間は客筋の段階で居ないのだ。


 それでも雑用仕事は多いし、荷物を倉庫からこっちへ運ばなければならない。だが、盗みが横行するような地域では、安易に信用して人は雇えない。


 よって、人手が必要な時は俺らのような人種にその斡旋が頼まれるのである。要は俺らの名前というブランドを担保に、人という買物をするわけだ。


 こういう場所なので、本人が現状使えなくとも、タウン生まれという信用は結構強い。根本的に盗みその他を悪い事として教育されている人種だし、仕事の不慣れは長い目で見てやればいい。少なくとも盗みが基本となっている子供を使うよりは使いやすいわけだ。


 問題は、ガイルの年齢が仕事を始めるには遅いというくらいか。

 そう考えを巡らせて歩いていると、またもや声がかかった。


「今度は人身売買か? まったくこれだから犯罪者は」

 この声には聞き覚えがあった。が、こんな場所に居て良い奴ではない。


「レートル君、だっけか。そういうのは、そういう場所に引きこもって言ってくれるかな」

「おー、怖い怖い。見てくださいよ局長。今まさにタウンの人間を売りに出す人間が言う台詞ですかね全く」


 こいつ、なんてことを口走りやがる。

 一瞬拳に力が入ったが、すぐに考え直す。騒ぎを起こしても損しかない。


「また盗み聞きですかい」

「当然だ。お前らのような犯罪者を野放しにするわけがないだろう」


「レートル、少し黙って。いくらなんでもそれは失礼よ。私たちが彼を釈放したんだから、その私たちがそういう事を言うべきじゃありません」


「いやいや、屋敷の方にとやかく言われても気になりませんよ奥様」

 俺は振り向かない。この女、お前がついておいてそれか。


 二人は屋台の裏手に座っているようだが、気にせず、向かいの屋台に並んだ品を物色するふりをする。店主も慣れたもので、知らん顔をしているが、これは口止め料がこの後支払われるとわかっているからだ。


 ガイルが少し心配だったが、そちらを気にしている余裕もない。

 支払おうが何しようが、ここはエルフランの息がかかった領域だ。さっきのやり取りの時点で、結構危うい。俺は静かに呼吸を落ち着ける。


 こういう場合のリカバリにこそ、真価が問われるところだ。


 切り返しは屋敷の連中ということにした。あの女なら、食事処での会話も聞いている事だし、その意味も悟るだろう。

 この店主とは顔見知りでないというのが救いか。


「ところであなた、もう少し私らしい優美な所はないかしら? ここは少し埃っぽいわ」

 へたくそな演技だ。


「それでしたらこちらへ」

 俺は屋台に銀一枚を置いて歩きだした。


「ガイル、お前も来い」

 ぼんやりしていたガイルにも声をかける。こんな状況で残して行くほうが不自然だ。




「で、どういうつもりだ?」

「貴様なんだその態度は」


「てめぇは黙れ。ごますり野郎」

「な、なんだと」


「俺の前で口を開くな。次開いたら前歯を一本折る」

 軽く殺意を込めると、レートルは青ざめて座り込んだ。


 場所は先ほどの市場から二区画ほど離れた一画。

「ごめんなさい。私のミスだわ」


「そうだな。あんたのミスだ。大方、そこの馬鹿が喚いて止められなかったんだろうが、徹底が足りない。自分のやろうとしてる事が本当にわかってるのか?」

「わかっています」


「わかってるんなら、徹底しろ。そこのガキが未熟なのは見りゃわかる。あんたとどういう関係なのかは知らんし、関係ない。俺の弟子もたいがいだが、そういう線引きと、わきまえる所はわきまえてるから、連れている。そもそもそっちのガキはあんたがやろうとしてる事について、どう思ってるんだ?」


「それは、賛成してくれています」

 フードをかぶり、白髪を隠している女だったが、一目で貧困街では屋敷の出身ととられるような素肌が見えている。こんな姿で歩かれては注目の的だ。


「全てを話して、か?」

「それは……」


 女は言い淀んだ。

 やはり、全部は話していないようだ。


 俺に仕事の話を振った時でさえ、あいつには聞き耳をたてられ、この女はそれを嫌って聞かれないように対処していた。


「レートル、お前の把握してる事を全部話せ。ここで今すぐだ。ちょっとでも嘘だと感じたら指を一本ずつ折る。いいな?」


 俺は黙り込んでいたレートルへと向き直る。

 目線を合わせるように屈んで、レートルの右手をとった。


「や、野蛮人めが」


「次、関係ない事を喋るたびに折る。残念ながら、タウンのような自白剤なんて優しいものはないんでね。ここがタウンと違う場所と言う事をよく思い出してから、喋りなおせよレートル」


「は、こけおど」

 右の小指をひねった。


 小枝でも折ったかのような、軽い感触。

 レートルは目を丸くし、次いで思い出したかのように、音をたてて息を吐いた。


「一本で大げさだな。大丈夫だ、あと十九本もある。まぁなくなる前に話したほうがいいんじゃないかな」


 荒く、吐いてばかりの呼吸が続く。

 俺はレートルの呼吸が落ち着くのをのんびりと待った。


「シオン君、ちょっとやりすぎじゃ」


「口を出すな。あんたが連れて来たこいつは、敵か味方かわからない。そんな奴を、あんたは俺らにとって命を左右するような場所に連れて来たんだ。徹底しなければならない。心配しなくても、あんたは依頼主だから守る。中立を信条とする、俺の誇りに誓ってな。でもこいつは違う。敵なら放っておけば俺たちが死ぬ。命を天秤にかけて、手を抜くわけにはいかない。終わってからじゃ遅いんだ」


 レートルの呼吸はちっとも落ち着かない。

 仕方がないので、俺はガイルを見やる。ガイルの目には怯えが見えた。


「ガイルいいか、よく聞け。ここまでする覚悟が、お前にはあるのか? こうまでしなければ、命が持たない世界に、踏み込んでいく覚悟が、お前にはあるのか?」


 ガイルは静かに首を横へと振った。そう、それが良い。お前には向いていない。


「そうだ。お前は、こっちに来る必要もない。どうにかあそこで職につくか、タウンのこいつらに頼め。それが出来る立場に居る幸運を、忘れるな」


 と、レートルの呼吸がやっと規則正しくなってきた。まだまだ大きいが、痛みに対するショックから立ち直り、ただの痛みと向き合っている段階だ。

 ちらりと観察するが、こいつの精神力ではもう少しかかりそうだな。


「まず考えを改めろ。今更もう遅いかもしれないが、こんな甘い考えでは困る。あんたがあれだけ色々と手を回し、持てるすべてをつぎ込んで事を運んでるのに、たった一人を甘やかしただけで、台無しになりかねない」


「確かに、甘かった。彼を、まき込みたくはなかったの。まだ若いし、私が居なくなってからも、管理局を任せていきたかったから」


「なら徹底しろ。こんなところまで連れてくるべきじゃなかった。それで、その甘さでこいつの身の上を洗うことも忘れていたりはしないよな?」


「流石にその点は。彼の父は右翼派議員ですが、彼は大丈夫です」

「その大丈夫、が信用出来るなら苦労しない。裏は?」


「その、ちょっと彼の前では」

「まぁ良いだろう。そっちはあとで聞く」


「ま、まってください局長。居なくなるって、どういう、ことですか」

 痛みに顔を歪めながらも、レートルが喋った。


「レートル。ごめんね黙っていて。今回の会談は確かに会議で許可を貰ったことだけど、それだけじゃないの。次の会議で正式に私の退任と、あなたの局長就任が決まる。私の言っていた理想は、完全に否定されちゃったから。だから、今回の会談の裏で色々と動いているの。私の、最後の悪足掻き。あなたには管理局を、私の意志を継いで運営して欲しかったから、どうしてもまき込みたくなかった」


「そんな。い、いやですよ局長。私も、私も局長についていきます」


「我儘言わないの。あそこに残って私の意志を継いでくれるのは、あなたしかいないのだから。それに、将来のある身のあなたを、連れていくわけにはいかない」


「そんな」

「あっちのことは頼んだからね。会談には私が出るから」


 こんなんで本当に大丈夫なのか。

 俺の心配をよそに、すっかり痛みなど忘れてしまったのか、レートルは沈み込んでいた。


 こいつのスパイ疑惑も俺の中じゃ晴れていないんだが。

 しかし放心状態なのか、レートルは俯いたままぴくりとも動かなかった。

 どうしたものか。


「そこの、ガイル君だったかしら。彼のこと、タウンまで送り届けてもらって良いかしら」

「え、でも俺は」


「大丈夫。彼に頼めば何とかしてくれるから、安心して。では行きましょうシオン君」

 さっさと歩いていく女。おいおい。


 色々と釈然としないが、依頼主を放っておくわけにもいかない。

 まったく、なんだこの煙にまかれた感じは。


 とりあえず事態の収拾にルーを使おう。

 昨日のあれ以降、まだ連絡をとっていなかったが、仕事となれば切り替わる、はずだ。


「じゃ、ガイル。色々と狂っちまったけど、そっちの坊ちゃんを頼むわ。一応、タウンのお偉いさんだから、お前の境遇も何とかしてくれるかもしれないし、丁重にな」


「あ、ああ。兄貴も気をつけて」

 ガイルはよくわかっていない様子だったが、まぁ言われた事はやるだろう。

 と、俺があの女を追おうとした時だった。


「おい、そこの野蛮人」

 まさかのレートルから声がかけられた。


 見れば、右手を左手で押さえながら、落ち着いたのか、憑き物でも落ちたかのような顔で、天井を見上げていた。大丈夫かこいつ。


「……なんだよ指をもっと折って欲しいのか?」

「ふん。そんなことはどうでもいい。局長のこと、頼んだぞ」


「は?」

 レートルは億劫そうにこちらへと顔を向ける。


「絶対に、死なせるな。いいな」

「お前に言われなくても、依頼主は守る。俺が死ななきゃ大丈夫だ」


「じゃぁ死んでも死ぬな」

「徹底はするさ」


 俺はそれだけ言ってその場をあとにした。

 それにしても、指を折った相手に頼みごととは。案外、あの坊ちゃんは大物になるのかもしれないな。




 俺が走り出して数秒、隣に気配がひとつ。どうやら外装装置を使っているらしい。


「どう? あれで良かったかしら」

「……うわ、マジかこの女。妙な話の流れだとは思ったが」


「多少強引でしたが。少なくとも、私の助手の指が受ける被害は最小に出来たでしょう?」


「失点からの回復、リカバリにこそ、そいつの実力が現れるとは常々思っていたが。あの状況から、俺の説教を利用してくるとは」


「レートルは会談にもついてくると言い張っていたけれど、これで色々と話がまとまったことだし、あとは新たな局長としてやってくれると思う」


「切り離し完了、か。つくづく嫌な女だな」

「君が過激な行動に出たから仕方ない」

「お前が甘過ぎただけだろ」


「確かに今回は、私のミスでした。でも、私の失点は私が負います。依頼主だからとか、そういうのは関係なく、次からは私の指を折りなさい。ああいうのが一番嫌です」


「わかりましたよ。依頼主様の仰せのままに。だがな、さっきの失点は下手をすると響くぞ。あそこはエルフラン管轄の市場だ。タウンなんて単語にはいちいち敏感だろうよ」


「あの口止め料でも止めきれませんか」


「当然。あんたが口止め料を貰っても、隣国の攻撃を黙って見てるなんてことがないように、あいつらも生活基盤がエルフランである以上、タウンに関わる事は報告するだろう。それは料金を増やしても同じ。逆に怪しさが増すだけだ」


「そうなると、あのガイル君はあのまま市場で売り渡して、運よくタウン出の人間を捕まえました的な立ち位置をとった方が良かったかしら」


「おいおいガイルまで売る気か」

「冗談です」


「だと良いんだが。一応、これまでの行動も足が残らないようにはしてるから、このタイミングで俺が何かしていると勘付かれたところで、たいした影響は出ないかもしれない。それにしても、ばれるなら、それはそれで時間稼ぎをしなきゃな」


「遅延という奴ですね」


「そうなのか? ああ、そうだ。それで思い出した。昨日爆薬を設置してきたんだが、ルーの奴が武器庫で黒くてでかい鉄製の筒を見たと言っていた。何だかわかるか?」


「会談に間に合って良かった。黒い筒、少し待ってください。データを検索してみます」

「検索?」


 俺の問いに女は答えない。

 数秒黙ったままなので、透明になっている女が本当に隣に居るのか一瞬不安になった。


 実戦経験のない女だと甘く見ていたが、走っている速度にも関わらず、隣にいるはずの女の姿が全く見えない。ルーなんかよりよっぽど外装装備の扱いに慣れているようだった。持ち主なんだし当たり前かもしれないが。


 数秒走ってからようやく声があがった。

「ありました。それは大砲、と呼ばれる攻城兵器ですね」

「こうじょう兵器?」


「ええっと、要は要塞を守る壁自体を、直接破壊するのが目的になっている武器のことです。その大きな筒に、大きな弾を込めて発射するという、巨大な銃のようなものですね。壁の破壊だけでなく、鉄球のついた鎖を入れて飛ばす事で、並んだ敵を一気になぎ倒す事も可能のようです。えげつないですね」


「それがエルフランの元にあると」


「……彼らは本当に、狼煙を上げるだけのつもりなのでしょうか。そんなものまで用意しているとなると、本気で壁を崩しに来ているのかもしれませんね。やはり集音機で彼らの真意を掴めなかったのは大きいかも」


「ないものはない。過ぎた事は考えない。今ある情報で考えるしかない。とりあえず俺はルーにちょっと工作をやらせて、多少なりエルフランが俺らに辿りつくのを遅らせる」


「あれ、ルーちゃんは夜盗団の所には居ないのですか? 今日は作戦会議を行うとのことなので、もうそっちに居るのかと」


「まだだ。昨日色々あってな。聞いてなかったのか?」


「だから、私たちがタウンに近い間は受信していませんって。貧困街に入ってからですよ。結果的に、タウンの人間が売られるってレートルが躍起になりましたけど」


「たいした事情も知らずにあの男はあんな行動に出たのか。本当に、あの男に管理局を任せて大丈夫なのか」


「ああ見えて性根は優しい子です。彼以外が管理局の実権を握れば、それこそ軍事介入を止めようが止めまいが、食糧や物資の供給を止めるでしょう。それに強硬派側から見て、一応身内の子なので、就任に寛容です。そういう面から見ても、レートル以上の適任者はいないかと」


「納得はしたが、お前が割と嫌な上司と言う事がわかった……。まぁ食糧を止められたところでエルフランの連中や中層くらいの連中は生き残れそうなもんだが」


「それはあり得ません。君たちが飲んでいる水が何処から来ているか、知っていますか?」

「地下水だろ?」


「その地下水は、元をたどれば崩落部から出ている水です。当時、あれは水の無駄だと止める動きもありましたが、おじい様がやめさせました。もし、あの水を塞いだら、貧困街側の水はすべて干上がります」


「……全てってことは、ないんじゃないか?」


「いいえ、全てです。君たちが貧困街と呼んでいる、九割は元がタウンの一部です。治水は、その機能を使っていますので、管理局で全て見ることができます。その使用量から、だいたいの人口分布や工場の場所もタウンは把握済みです。出ないんじゃないですか? 貧困街の東端の方では、いくら井戸を掘ろうとも」


「それは、確かに。前に聞いた事がある。待てよ、九割は元タウンってどういうことだよ。壁が崩壊して、そこからあふれ出たのが俺らじゃないのか?」


「壁は、新しく作られたんです。君たちが入ってこられないように」

「どういうことだよ」


「おかしいとは思いませんか? 貧困街と蔑称される土地で、コンクリートで作られた頑丈な建物がいくつも並んでいる事自体。元はタウンだったんですよ。新たな区切りが生まれてから、ほんの申し訳程度に東側に新たに伸びただけなんです、貧困街というものは」


「つまり、あふれ出たわけじゃなく。貧困街は元タウンで、何かの理由で区切りが作られただけということか。俺らがそっちに行けないように。この認識であってるか?」


「合っています。最初は、ただの疫病隔離でした。ですが運の悪いことに、そのあと生産プラントの能力低下と、新たな遺物の埋没場所特定が重なったんです」


「話が見えてきた。プラントの活性化に肥料が必要だったのと、口減らしといったところか?」


「ええ。そもそも隔離自体が、今のタウン側が恐慌にかられて一方的に打ちたてたものでした。タウンは、タウンの都合で事を起こし、貧困街を作ったのに。その責任すら負わず、隠蔽したうえで負い目ごとなかったことにしようとしています。私は、今回の件が終わったら告発するつもりです。命にかえても」


「前回の発掘にあんたがどう関わってたか知らないが、それがあんたの感じる責任って奴か」


「そんなところです。でも、誤解しないでください。タウンの中にも、どうにかしようと動いていた人たちは居たのです。配給という形を作り上げたのも、おじい様をはじめとした、そうした人たちの力です」


「だがまぁ、そんなの八十年も昔の話だろ?」

「ええ」


「なら今は関係ないな。前にも言ったが、当面俺たちが目を向けるべきは戦争回避だ。事が起きてしまえば、告発だとか言ってられなくなるんだから、まずはこっちだ。それに、そんな昔の事を本気で考えてるのはあんたくらいだろう。他の奴らは単なる目先の利益を守るため、あるいは手に入れるため。そのための理屈付けや動機付け程度にしか思ってないんじゃないか?」


「まぁ、そうかもしれませんね。というか、そうなんでしょうね。でも、うやむやにさせるわけにはいきません。この事に関する公式文書を出せるのは、もう私しか生き残っていないのですから」


「だから。そういうのはまず成功させてからにしてくれ。今はどうでもいい」


「どうでもいいって……。いや、あの。一応、これの関係で、タウンの後ろ黒い人たちから命を狙われちゃってたり、するのですけど。たった一人を相手にすら、そういう事が行われるくらい、こう、重要な話だったり、するのですけど」


「だったらなおさら、最後の足掻きなんて言ってる場合じゃないだろお前。そのあともやることがあって、大事なら。今は生き残って成功させることだ。それに、依頼主の事情なんて、俺には関係のない話だ」


「それは、そうですけど。うーん複雑な気分ですね」


「不満そうだな。そりゃお前にとっては重要な話かもしれないが。昔の事を言われたところで、だからどうしたって感じしかしないぞ。貧困街で生きてる奴らなんて、今日明日を生きるのに必死な奴らばかりなんだから、たいていはそういう感想だろうよ。だからどうしたまずは今日の飯の確保だってな」


「なんだかなぁ。君たちは、なんというか。生きているって感じがしますね」


「なんだその感想は。タウンは死んでるのか。まぁ貧困街には、贅沢なタウン暮らしの奴らを、お角違いにも恨んでる奴らは大勢いるから、公表したらどうなるかなんてわからんがな」


「そんなものですか」

「そんなもんだ」


「さて、そろそろ夜盗団の本拠地だと思うのですが、まだルーちゃんには連絡しないで良いんですか?」


「ああ、今するよ。あんたが変な話するから、タイミングを逃してた」

「変な話って……まぁ良いですけど」




「さて、会談場所は今朝正式に決まった。空白地帯の南端、エルフランからもタウンからももっとも遠い位置となる。ここだ」


 俺は夜盗団の本拠地、ルーの訓練をやった広場にて皆の注目を集めていた。

 壁に一枚の大きな地図を貼りだし、その前に俺が陣取る。そして目の前には夜盗団の頭であるミゼットに、副長のレイ。そして管理局局長シェリー・ワッソンが立っていた。


 俺は地図を示しながら説明を続ける。


「作戦自体はシンプルだ。もともと俺らの連携なんてたかが知れてるからな。まずルーにこの教会、崩れかけた鐘の部分に陣取ってもらい、広い目の役をやらせる。で、カバーしきれないこちら側の範囲を、夜盗団の面々を二人一組に分けて配置。さっきミゼットに渡した発信機を使って、敵が見え次第俺に連絡を入れる。俺はこの脚を使って各個撃破という図式だな」


「旦那、俺らは戦わなくてもいいんで?」


「無理はするな。向こうも、夜盗崩れ程度にしか見ないだろうから、そこまで本格的に攻撃はされないだろう。注意、あるいは退去命令に留まるはずだ。素直に従って良い。表向きはな。もし本格的な戦闘になったら逃げろ」


「そりゃありがたい」


「でまぁ、この後じっくりと発信機の使い方と符丁の示し合わせを行うわけだが、その前に依頼主であるシェリー・ワッソン局長から何かないか?」


「会談の護衛自体はシオン君に一任しているから口は挟まないけど。一応、当日はお互いに、この付近に兵を配置してはいけないという取り決めになっています。護衛程度の人員は双方連れてきますが。まぁ当然、向こうは兵を動かしてくると思います。別に最初から私をどうこうしようというわけではなく、用心のためにも。タウン側も万が一があれば、それを口実に攻め込む気はあるようで、昨日から兵の動きが活発です。会談付近に兵が出現したというだけでも軍部は動きかねないので、兵の排除を徹底的にお願いします」


「おいおい。実働で戦うのは俺一人なんだが」


「向こうも表立って会談場付近に兵力は配置してこないと思うので、そこまで心配しなくても大丈夫かと。タウン側と同じく、近場の何処かに兵を潜めることはしそうですけどね。エルフラン側の兵は通信手段というものがないので、会談中に、兵が襲撃を受けているという事実が発覚することはないはずです」


「なるほど。しかし、この脚の制限時間が持つかね」

「なるべく節約して走ってください」


「それは、気の進まない話だな」

「もともとの、君一人が負担する割合が大きいので仕方ないかと。それに、わんちゃんは走るのが得意なのできっと大丈夫です」


「わんちゃん?」

「気にするなミゼット」

「はぁ」


「まぁ、午後から本格的にそっちに行くから、とりあえず部下に説明と、発信機の簡単な使い方くらいはマスターさせておいてくれ。俺はもうちょいこの女と話すことがある」


「ああ旦那、地図持って行っても?」

「いいぞ。今剥がす」

 壁の地図を剥がしにかかると、後ろからミゼットが小声で話しかけて来た。


「旦那は特殊な趣味かと思ってたが、正常で何よりだ。応援しますぜ」

「……何の事かわからんな。馬鹿な事言ってないでさっさと行け」


「はいはい」

 ミゼットはよくわからんテンションで地図を持って行った。

 何故かレイが去り際に、良い笑顔で親指を立てて行った。


「なにあれ」

「俺にもわからん。っていうかわんちゃんってなんだよ」


「名前の通り犬っぽいじゃない君」

「お前がご主人様かよ」


「お手」

 楽しそうに手を出してきた。


「はぁ、遊んでないで真面目な話だ。会談内容ってのは実際のところどうなってるんだ? 立場的にはお前はタウンの代表なわけだろ。議会とやらが出した、正式な意見みたいなのがあるんじゃないのか?」


「あるわね。第一に貧困街はタウンが接収し、以後管理を行う。第二に、隣国の侵略に対抗するため、タウンの軍を貧困街各所に配備する」


「無茶苦茶だな。エルフランが呑むわけがない」

「でしょうね。でも知ってた? 交渉の場に立つ代表は私一人なのよ?」


 女は悪戯っぽく笑い、流し目で見てきた。


 タウン側としては、軍を発掘現場に置くことが大事ということか。確かに、エルフランが蜂起すれば鎮圧のために。話し合いがうまく行けば、隣国の脅威へ対抗するために。堂々と軍を置くことができる。もちろん、それは強硬派の思惑通りの話し合いになれば、の話。


「嫌になるくらい知ってる。タウンの上層部もご愁傷様、と言いたいところだが。強硬派だって馬鹿じゃないんだから、何か手を打ってくるんじゃないのか?」


「それがレートル・フェルミン君」

「あの坊ちゃんか」


「右翼派のフェルミン議員の息子にして、私の助手。さて、彼は今日の段階でもう会談には出ないという話になりました。出ていたとしても、彼は父親より私につくでしょうけど」


「本当に、あんな頼りない奴だけか?」


「他にも手は打ってくるでしょうけど。もうここまで来たら止められない。あとは万が一を自分たちで起こしてくる可能性かな」


「ありそうだな。っておい。まさか、排除してほしい兵ってのは」

「御明察。良く出来ました」


「撫でるな。おいおい、いくらなんでもタウンの装備相手に一人で立ち向かうのは無理があるだろ。今回の作戦が成り立つのは、エルフラン側の装備が制限装備だからだぞ」


「大丈夫。タウン側が仕掛けたって形には絶対にしたくない人たちだから、あっちも制限装備になるもの。エルフランの人たちと違って、実戦経験もなくて、訓練はしていても実質装備頼りだから、エルフランを相手にするより楽かも」


「はぁ、難題ばかりだな」


「私は、貧困街側の自立と、武器の支給を提案するわ」

「は?」


「だってそうでしょう。責任問題の公表とかは置いておいても、貧困街は私たちの兄弟のようなものだもの。自立って、独立じゃなくて、対等の立場として認めるって意味。そして、そうやって協力体制を敷かなければ、隣国の攻撃に対抗するのは難しい。エルフランの持つ制限装備じゃもちろん無理だから、武器その他の支給も当然ね」


「タウンの強硬派が聞いたら卒倒しそうだ」

「卒倒してもらって結構。あの子たちは少しくらい痛い目にあった方がいいのよ」


「珍しく攻撃的な意見だな」

「こほん。まぁそんなわけで、よっぽどじゃない限り会談はうまく行くと思う」


「だと良いがな。油断はしないで」

「徹底しろ、でしょ?」

「そういうことだ」


「ふふ、まぁ本当に。ここまで辿り着けた事が奇跡みたいなものね。君が居なかったら、難しかったと思う」


「そういう台詞は、全部無事に終わってからな。それに、俺がたまたま捕まらなかったらどうするつもりだったんだ」


「自分で暗躍するつもりだった。言ったでしょう? 一週間くらい寝ずに働いても、私の精度は落ちないの」


「もうあんなヘマはするなよ?」

「したら私の指を折ってね」


「楽しそうですねー師匠ー」

 急にビルの入り口側から声がした。それも割と近い。

 すぐ目の前に、外装装置の機能を解いたルーが姿を現した。その顔は酷く不機嫌そうだ。


「人に面倒な仕事させておいて、酷い師匠です。私、昨日の事まだ許してませんからね」

「昨日のあれで怒る理由がわからん」


「……これは酷い。そんな態度じゃシェリーさんに言っちゃいますよ?」

「いや関係ないだろ」


「じゃぁ言ってやります。シェリーさんちょっと」


 何がそんなに気に食わないんだ。この大事の前に小事にこだわっている場合なのか。久々に弟子に説教をする時が来たのだろうか。


 と、何やらルーが女へと耳打ちしていると、見る間に女から表情が消えて行った。


「ちょっと、シオン君。いいかな?」

「なんだよ」


 それから、明日は決戦だという状況にも関わらず。

 何故か俺が説教を受けることとなった。

 どうしてこうなった。

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