第9話

 ゴーグル越しにとらえた男は、眠そうにあくびをかみ殺していた。


 場所は貧困街の北部、少し入ったところにある一画である。タウンからの配給や、食糧を保管している平屋の建物が並んだ倉庫区となっている大きな施設だ。


 俺はそこを一望できるビルの上へと陣取っていた。ルーは倉庫区を挟んで反対側で、同じように見ているはずである。


 どうやらエルフランは仕入れた武器を、最寄りの倉庫へと運び込んでいるようだった。

 万が一攻撃された場合でも、一般市民の生活を支える配給食糧の保管庫となれば、攻撃を仕掛けたタウン側への謗りは免れないというわけだ。


 物資自体がタウン側からの配慮であり、そこを攻撃しないというのもあちらの大義から導かれたものなのだが、それを良い事に堂々と武器を運び込んでいる様子は滑稽ですらあった。


 結局武器密輸のルートは三本目が当たりだった。


 ルーに荷の確認を任せ、俺は他のルートがないか色々と探ってはいたのだが、どうやら連中はそこまで慎重にやるつもりがないようだ。そもそもエルフランが管理する街で、わざわざ危険を冒してまで荷物の中身をチェックするような奴は居ない。


 貧困街で生活が出来ている者の大半が、エルフランに労働力その他として仕える事で、配給票を得て日々を暮らしている。この街で安定した生活を送りたいなら、エルフランで仕事につく以外にない。


 生活基盤のほとんどがそうなのだから、俺らのような荒事を担う者も、屋敷のように裏事や汚れにつく者も、エルフランに盾突こうとは普通考えないわけだ。


 まぁそれにしたって武器を保管しているのがこの場所だけとは思えなかったが、大きな倉庫を潰せれば御の字か。


 最終手段とはいえ、下手人は俺であり、タウン側は裏でどう思われようと、公に何かの責任をとることもないという酷い構図だった。


 ともあれ会談は明後日である。他の場所まで探している時間的猶予もない。


 視界の先、ゴーグルによって何倍にも拡大された男は、昨日と同じようにのんびりと進んでいく。


 場所の確認が取れたのが昨日。それから一晩監視を続け、とりあえずの巡回ルートや警備を確認し、仮眠をとって今を迎えていた。


「さて、やれるなら今日やろうと思うが、そっちの様子はどうだ」

「こちら正門。昨日と同じで、やる気ない感じですね」


「まぁここはエルフランの管理下なうえに、大規模な施設だからな。やって来るのは物乞いや票を交換しに来る連中くらいだろう」


「腐抜けてる後方待機ってことですか?」

「まぁそんな感じだな。護衛というより役人の延長だろう」


「武器だからって特別人数が多いってわけじゃないみたいですね」

「そりゃ人数を増やしたら、ここに重要な物がありますよって言ってるようなもんだからだな」


「キャラバンの護衛とはまた違うんですね」

「そうだな。さて、あと十分して変化がなければ決行する」

「わかりました」


 各ルートの荷確認も、今回の潜入もルーが行う事となっている。外装装備を持っている方がこれらの行動がしやすいというのもあるが、同時にルーのスキルアップのためでもあった。


 こういう対人相手の行動は場数しかない。いくら訓練しても不測の事態は起こるし、その前兆は経験を積めばなんとなく感じ取れるようになる。


例えば、潜入開始の直後に相手がルートを外れてトイレにいったり、たまたま犬が入りこんで捕獲に躍起になったり。


「そっちに変化は?」

「なしです」


「決行だ。異常があったら教える」

「はーい」


 俺は通信を終えると、もう一度巡回兵の動きをチェックした。


 平屋で半地下造りの倉庫は全部で六つ。入口から見て左奥の二つが武器庫となっており、ルーは正面から堂々と入ることになる。壁をよじ登れないこともないが、訓練の結果、そういう動きは外装装置でカバーしにくいというのがわかっていた。


 この闇夜の中、あの陽炎程度の変化を見咎める奴は居ないだろう。俺の位置からではもはや視認も出来ないので、あとは完全にルーの手へと委ねられている。


 と、手元の小型受信機が一回揺れた。この前あの女に頼んでおいたものの試作品である。


 発信機をルーが持っており、門の通過成功時、倉庫での荷確認後、爆薬の設置完了後、帰りの門通過後、それぞれ一回ずつ、こちらの受信機を震わせるように指示してある。何か問題があった時は続けて二回だ。


 今は最初の知らせなので、ルーが門を通過し終えて倉庫の影に隠れたあたりだろう。一応、こちらでもゴーグルを使って見てはいるが、流石にこの距離ではわかりようがなかった。


 まぁこの距離でわかるようなら門番に気付かれてしまうので当たり前なのだが。


 それから待つ事数分、再び受信機が震える。倉庫内で荷の確認が終わったようだ。


 爆薬は、本当にこれが爆発するのかと疑問に思うような、粘土のようなもので出来ており、それに雷管と、遠隔で命令を受信したら雷管を発火させる装置をつけるという仕組みだった。


 流石にあれならルーでも簡単に設置する事が出来る。


 設置個所は倉庫の中心にでもつけておけば良いという適当な指示だったが、それで何とか出来るくらい威力があるらしい。


 あの女がその気なら、この間のソルの手下につけた集音機に、この爆薬をほんの少しのっけておくだけで、ピンポイントにエルフランの中枢を破壊する事ができたのだと考えると、末恐ろしいものがある。もちろん、それではあの女の望む解決にはならないが。


 正直、両者が納得したうえで今回の騒動を収めるというのは、個人の手に余る。それは何人もの思惑の上で、それらをコントロールしなければ得られないものだ。あの女がやり手なのは認めるし、その執念も物凄い。しかしそれは、あの凄味を持つソルや、彼女を追い落としたタウン側の強硬派、それに未だ見えぬ隣国の奴ら。彼らの上を行っているのだろうか。


 追いつめられた人間の執念というのは凄まじい。それは、こんな仕事をしているから何度も見て来たし、まだ番号で呼ばれていた時代に、他の競争相手からも感じた事だ。


 絶望し、気が狂い、冷静に判断できず、現実を否定し、無茶苦茶な行動をした時でさえ、その瞬発力は馬鹿に出来ない。この足掻きは、果たして何処までいけるのか。


 と、再び受信機が震えた。


 いくら簡単とはいえ、それぞれ見つからないように仕掛けなければならないから、少し手間取ったようだ。あとは帰りに門を抜けるだけ。


 そう思って見ていると、明らかに不審な人物が現れた。


 倉庫左側の外壁に手がかかり、続けて頭がひょっこりと出てきた。誰だか知らないが、侵入する気らしい。これはまずい。


 左側の裏に着地するという事は、当然ルーの通り道だ。あんな挙動不安定な奴が居たら、ルーがぶつかりかねない。更にあいつの事が発覚すれば、この大事の前だ。エルフランが武器庫のチェックをやりかねない。


「ルー、緊急事態だ。そちらからは発声せず聞け。倉庫の左側面、お前が入っている方に侵入者だ。しかも相当挙動が怪しい。こいつの侵入がばれると倉庫のチェックが行われかねない。すぐに確保して動きを止めてくれ。音を立てずにだ。この時刻なら、影に入れば巡回まで五分はある。その間に俺がお前らを連れだす。以上、行け」


 通信後、俺もすぐに動く。話しながら巡回兵の動きは見ていたが、今のところ昨夜同様の動きしかしていない。


 ビルの屋上から、明りのない通路側へと飛び降りる。衝撃は装備が吸収し、軽い感触で着地。

 そのまま足音のしないようホバーで急速前進。目指すは左側の倉庫外壁だ。


 警備がしっかりしていれば、こんな不審者が入る隙もなかったものを。


 表の門側に兵士は居れど、外壁のほかの箇所には誰もいない。巡回兵が内部を回っているだけという杜撰さだ。食糧庫ならそれなりに盗難狙いが来てもいいだろうに。


 いや、来たから今俺らが困っているわけか。最悪だ。


 頭に広げた地図で、巡回兵の現在地からは見えないだろう地点、左側最奥の倉庫裏へと出力をあげての跳躍。外壁に軽く手を添える形で内部へと着地した。


 この跳ぶ時の出力調整で、どの程度跳ぶのかを把握するのが一番習得に時間を食った。

 まぁ時間はかかったが、そのおかげで跳び過ぎて見つかるなんて間抜けな事にならなくて済んだのだから、やっておいて良かった訓練と言える。


 さて状況確認。首尾よくやっていれば、とっくにルーが対象を捕縛しているはずだが。


 目線の先、ゴーグルによって昼のように明るく見える視界には、まだ引けた腰でおっかなびっくりと歩みを進める間抜けの姿が見て取れた。ルーの姿は確認出来ない。


 ここで俺があいつを押さえても良いのだが、もしルーが見えないだけで、同じタイミングで押さえにかかっていた場合、最悪俺とルーでの同志討ちが起こる。見えないという弊害がこんな形で出るとは。


 もう敷地内なので声は出したくなかったが仕方がない。


「中に入った。対象確保が無理なら言え。なければ俺がやる」

 小声で通信を送る。


 直後、返って来たのは二度の振動。緊急事態の合図。

 詳細は今聞けそうにない。


 俺はホバーで距離を詰め、ぎこちない動きの男の背後数mの所で歩行に切り替える。

 荒事の動きは、流石にやりなれた歩みでなければ信用がおけない。


 数歩、進んだところで、男は急にこちらへと振り返った。

 落ち着きなさ過ぎだろこいつ。


 俺は咄嗟に出力をあげ、一気に距離を詰めて男の口を塞いだ。

 男はもがくが、俺はそれを押さえ込む。


「んーんー!」


 塞がれたままで叫び出すので、俺は静かにしろと人差し指一本で示す。

 距離を詰めた勢いのまま気絶させてしまえば良かった、と今更ながら後悔した。


 顔見知り、という事実が一瞬の躊躇を呼んだのだ。


「良いから静かにしろガイル。奴らに捕まりたいのか?」

 間抜けな侵入者は他でもない。以前仕事を一緒にしたガイルという斧男だった。


 今も、後生大事に一振りの斧を握りしめているのだから、何というか笑える姿ではあった。状況はまったくもって笑えないが。


 ガイルは俺の事がわかったのか、こくこくと頷いた。


「俺もお前も侵入者側だ。いいな? 今騒いだら二人とも捕まる。静かに、静かにだ」

 俺は手をのけてやった。


 ガイルは息を一つつくと、その場に座り込み、斧を抱きしめた。


「事情はあとで聞いてやるから、今は静かに俺に続け。いいな?」


 またも首振り人形のごとく頭を動かすガイル。そして、ガイルの腹のあたりから、盛大に唸るような音が鳴った。ダメだこいつ。ルーの確認の前にこいつをまず外に出そう。


「いいかガイル。お前を一旦外へ出す。飯はあとで俺が奢ってやる。何も持たず俺に掴まれ。その斧はまぁ許す」


 ガイルはばつの悪そうに腹を押さえていたが、俺が背を向けると、こわごわと背中へしがみついてきた。流石に前からガイルを抱きしめるのは嫌だった。


 早くしなければ流石に巡回兵がこちら側へとやってくる。頭の中の地図上で巡回兵の動きを再現しつつ、ガイルがしっかりと掴まるのを待った。


 いちいち動作の鈍いガイルは、俺をイラつかせる事だけは長けているらしい。完全にしがみつくのを待たず、俺は多少強引に背へと背負うと、出力をあげて跳んだ。


 一瞬、背中側で息をのむ音がする。


 そのまま外側へと着地。今度も壁ぎりぎりまでしか跳んでいないので、位置的には見られていないはずだ。しかし、あの女を背負って逃げる可能性を考えて行った訓練が、ガイルで果たされるとは、認めたくない現実だった。


 ともかくホバーで疾走。先ほど俺が居たビルの裏手まで進み、背中の荷物を放り出した。


「ここで待ってろ」

 俺はそれだけ言うと、一気にビルの屋上まで跳躍。


 屋上から倉庫を観察。騒ぎが起きている様子はない。


 俺はひとまずその事実に安堵し、次に先ほどのルーからの信号を思い出す。あれが単にガイルを確保できないという返事だったとしても、何かが起きたのは確かだ。


「侵入者は押さえて無事脱出した。そっちは一人で出れそうなら一回。ダメそうなら二回押せ」


 返事がすぐにない。捕まっているなら表は騒がしいはずだし、やれるかどうか微妙なラインってところか。


 俺は倉庫の様子でひとつ違和感を覚え、すぐに思い当たる。


 さきほど、俺自身が思い描いていた巡回兵の姿がないのだ。おいおい、仕事しろよ。背筋に嫌な汗が流れる。


 騒ぎが起きていない以上、大丈夫だったとは思うが。この想定外の動きが、まだ巡回は遠いと思っていた俺の元や、ガイルの元へ来る動きだったら、色々と計画がおじゃんになっていた。


 いや、今はありもしなかった事を考える時じゃないな。


「ルー、倉庫の中なら一回。外なら二回」

 返事は一回。


「正面から見て真ん中なら一回。奥なら二回」

 返事は二回。


「もう一度聞く。外装装置はまだ持つが、その間に脱出出来そうか?」

 数秒待って、返事は二回。


 迷いがある、ということはそこまで差し迫った状況ではないってことか。


 おそらく、消えた巡回兵が倉庫内部に入ったのだろうが、短期間で居なくなるような喫煙といった小事ではなく、かといって見つかったというような直接的な危険ではないというところか。


 慢心した兵による物資の横流しか、薬か。いずれにせよ表で出来ない事をやるために奥側の倉庫に入ったといったところだろう。


 今回の任務は侵入者が居たという事すら知られては困る。この事から、見つかってやむを得ず倒したという状況なら、迷わず手に負えないと二回のコールが返って来たはず。


「わかった。少し待て」

 俺は返事をして再び同じルートで倉庫内部へと向かった。


 巡回兵の左側担当が回ってない以上、そこまで着地ポイントを気にする必要もないが、一応奥の倉庫付近に居そうな消えた巡回兵と、門付近の兵を警戒し、真ん中の倉庫裏へと着地。


 歩行で奥側へと向かう。咄嗟の動きに対応しにくいのもホバーの弱点だ。

 最奥左側倉庫と壁の間を窺う。人影なし。


 俺はまわり込むように倉庫の入り口、中央通路の方へと進んだ。


 右側の巡回兵は、今向こうの裏を回って正面へと戻る途中のはずだから、正面の兵がきまぐれに背後を見ない限りは大丈夫だ。正直、さっきのガイルや消えた巡回兵の事を考えると不安も残るが、それ以上の情報はないのだから仕方がない。


 俺は慎重に、倉庫入り口へと進む。

 倉庫へと顔を向けた時だった。それまで倉庫自体の壁で防がれていたのか、何やら小声での話し声のようなものが耳へと入ってきた。


 二人居る。

 というか割と目の前に居た。


 倉庫は、入ってすぐは中央に通路があるだけで、ちょっと入ってから左右に別れていくつもの棚が並ぶような構造になっていた。


 その中央通路が丁度左右に別れた部分、その右側から脚がつきでていた。


 何をやっているのかはすぐにわかった。脚は小刻みに揺れ、小声はその度に漏れている。

 ついでに、中央通路に見えている二つの脚の間に、尻が見えた。もちろんこれも小刻みに動いている。


 なるほど、確かにこれでは通れる隙間がない。


 こう頻繁に動かれては、何とか通れそうな隙間も、ちょっと相手が足をつっぱるだけで塞がれるし、どんなタイミングでそういう動作に入るかなんてわかったものじゃない。


 更にはどのくらいで終わるのかもわからない。いや終わったあとに雑談されて更に第二ラウンド、という可能性だってあるから、下手したら外装装置の制限時間を突破する。


「確認した。まぁ何だ。このくらい何とかしろよ」

 返事は二回。


「この敵地で、そんな事言ってる場合か。まぁいい。あとでお説教だな」

 返事は二回。


 とりあえず状況を何とかしよう。

 この障害物は、いやしかし改めて考えると面倒な障害物だな。


 まぁいいや。

 俺は倉庫から顔を出し、表を見る。


 門番は相変わらずこちらは見ないが、あと数分もすれば右側の裏を回り終えた巡回兵が門番と交代するはずだ。


 待つ事数分。もちろんその間に居なくなってはくれないかと淡い期待をしてみたが、お盛んな事に障害物は一層激しさを増すだけだった。


 俺は倉庫の裏側へと回り込んでから、鏡を使って倉庫入り口のランタンの光を反射してやった。もちろん狙いは門番だ。光源としては弱めだが、流石にこれで気付かないほど素人ではあるまい。


 予想通り、こちらのゴーグルでは門番たちがこちらを振り向いたのが見えた。


 倉庫の影に隠れているので、向こうの視界と明るさからは確認されていない。俺はそのまま裏へと回って行き、外壁を跳び越えた。


「門番を呼んでやったから、あとは隙を見て出てこい」

 返事が一回。


 俺は事の成り行きは見届けず、さっさとガイルの元へと向かった。




「で、お前は何してんだこんなところで」

「シ、シオンさん。助けてくれよぉ」

「いやだから、何がだ」


「それが。あの仕事で得た札じゃ、三日しか食えなくて。そのあとは全然仕事もないし、どうすればいいのか」

 ガイルはそれだけ言うと項垂れてしまった。


「いや待て。そもそもあの仕事は前金で銀五枚、成功で更に五枚だろ。普通にやってりゃ十日は持つだろ」


「そ、そんな馬鹿な。一日二つしかパンを食わないなんて冗談だろう」


「ざけんな。普通一日二食、一回でパン一個あれば上等だ。特に銀なら白パンだから、屑票と交換すればカビパン五個だぞ? それをどうやったら三日でなくせるんだよ」


「交換?」

「……お前、タウン出身だな。それも最近来たばかりだろ」


「な、なんでわかるんだあんた」

「こっちの常識を知らないからだよ。全く、タウン育ちが何しに来たんだよ」


「そ、そりゃまぁ。そんなことはどうだっていいだろ。なぁ、シオンさん。頼むから、これも何かの縁だと思って、色々教えてくれないか?」


 どうしようこいつ。俺はなんて返せばいいのか思案する。あの時みたいにお呼びがかかったりしないだろうか。このタイミングで都合よくルーが戻ってきたり。


 しないよな、当然。


「いいかガイル。悪い事は言わないから、タウンに戻れ。この貧困街にはその銀票一枚で一週間過ごせる奴がごまんと居る。そもそも銀票ですら手にできない奴もいる。お前、そんな時にとりあえず草とか虫を捕まえて、その場を凌ぐ技術や根性があって来てるのか? そもそも、あの仕事だって本来の趣旨が試験だったからお前みたいなのにお呼びがかかって、そんな破格な報酬も出たが、もうないぞ。特にこれから先、周りもエルフランの動きを感じとって、なりを潜めて来てる」


 俺がきつめに睨みつつ言うと、ガイルはまたも座り込んだ。力無く俯く。


「なぁガイル。お前はまだ運が良い。まず銀十枚も手に入る大仕事にありつけて、しかも生き残った。更に今回も、お前一人なら確実に捕まって殺されていたところを助かった。エルフランが管理する食糧に手を出したら、流石に甘い処置はされないからな」


 俺は言って、ガイルの肩へと手を置いた。

 数秒待つも、ガイルはうんともすんとも言わない。


「なぁおい。ガイル、なんで戻れないんだ?」

「俺、俺は。やっちまったんだ。街で」


「やったって何を?」

「火を、火を点けちまった。だから戻れない」


「火をつけたって、放火か」

「あ、ああ。だからもう戻れないんだ」


「大げさな奴だな。人を殺しちまったわけじゃないんだろ」


「そ、そんなことしてない。けど、ダメなんだ。カインスタンは、人が密集して生きてるんだ。だから、放火は、大罪だ。最近じゃ、住む場所も入れる場所もないんで、すぐ死刑だよ」


「……もうお前がやったって、ばれちまってるのか?」

「ああ。そうだ。目の前でやったんだ。親父の」

「親父の?」


「そうだ。親父の、あの顔。あれは傑作だった。でも、でもよぉ」

 ガイルは嗚咽を漏らし、そこから先は続かなかった。


 どうしようこいつ。


「師匠が男を泣かせています。この男泣かし」

「おいルー、色々言いたいことはあるが、とりあえず首尾は?」


 ため息をついて振りかえると、ルーが外套から顔だけ出してこちらを見上げていた。


「やだな師匠。成功に決まっているじゃないですか。ばっちり仕掛けてきましたよ」

「あの体たらくでか?」


「あれはあれです。設置自体はうまくいきました」

「それは何より。優秀な弟子には、出来ればこっちの難解な問題も解決してほしいところだ」


「そんなことより、一応武器庫の中身確認したんですけど。ちょっと気になるものが」

「気になるもの?」


「はい。他のはおおむね師匠のリボルバーとか、それの長い奴とかでわかったんですけど。中央にいくつか、大きな黒い筒状のものがありました。まぁ武器庫にあるから武器なんだとは思うんですが、師匠何かわかりますか?」


「大きな黒い筒状のもの、ね。大きさは?」

「私の身長くらいで、多分鉄製です。木製の車輪がついていました」


「ふむ。それは、依頼主に聞いてみたほうが早いかもしれないな」

「ああ、シェリーさんですか。そうですか」


「で、ルー。脱出時のあの緊急事態は、どういう了見だ」


「え、やだな師匠。あんなの無理ですよ。中に居たらどうしようもないじゃないですか。もう観念してじっくり見るくらいしか選択肢が」


「何かもっとこうないのか? 物音を立てて警戒させ、その隙にとか」


「無理です無理です。あの人たち開始しながら入ってきましたから! もう目の前の相手だけしか見てないって感じで。何度か物音立てても気づかないし! かと言って流石に触れたら気付かれちゃうだろうし、すぐ終わるものなのかどうかとか、私にわかるはずないですし!」


「一回屋敷に行って経験して来」

「最低過ぎます師匠」

 またも俺が居た地点にナイフが飛んできた。


「おいおい。後ろのガイルを殺す気か」

「おや、お知り合いなんですか師匠」


「あー、まぁな。前の仕事でちょっとな」

「ではやはり師匠が相手してください。私は先に帰らせて頂きます」


「おい、こんな面倒なの俺一人に押しつける気か」

「師匠が気絶させずに確保したのが悪いんじゃないですか」


 ルーは言って、外装装置まで発動させて姿を消した。

 何もそこまでしなくても良いだろう。そんなに気に障る事言ったか?

 屋敷の奴らはプロだし、見た目も良い奴は多い。至極まっとうな意見だったはずだが。


 まぁ、現状この場に残されたのは男二人。

 この現実に対処しなければなるまい。


 そう、切り替えが大事なのだ、うん。

 終わった事を気にして、今の足元を疎かにしてはいけない。


 ちらりと後ろを振り返る。

 ガイルはまだ泣いていた。

 俺は大きくため息をついた。

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