第6話

「ええっと」

 扉は勢い良く閉められた。俺はすぐにドアノブに手をかける。


「おい。なんで鍵しめてんだ」

「それはーそのー、色々ありまして」


「ルー、三秒だ。それ以上かけるなら、強行突破する」

「ひぃ、せめてあと五分ください」

「一、二、三。はいおしまい」


「あーもう、わかりましたよ」

 ルーが扉を開け、外へと出て来た。そのまま後ろ手に扉を閉め、こちらを見てくる。


「やだな師匠、お早いお帰りですね」

「いいや、もうあれから四日経ったぞ」


「そ、そうでしたっけ。いやー時が経つのは早いですねぇ」

「まぁ、そんな事は良いから。とりあえず俺は部屋に入りたい」


「まぁまぁ師匠。せっかく戻ってきたんですから、今日はお祝いに外食しましょう外食」

「いや、次の仕事の準備をする」


「も、もう次の仕事を受けて来たんですか。流石師匠です」

「いいから退け」

 俺は強引にルーを横にやり、扉を開けた。


「終わった。私の生活が今終わった」


「ルー」

「はいお師匠様」

「今すぐ片付けろ」

「ですよねー」


 中は酷い有様だった。一言で言うと、ピンクだった。

 ルーがすぐに中へと飛び込み、所々装飾されたフリルやリボンを剥がしてゆく。


 ちょっと見ない間に、何やら曲線で構成された家具やら、かわいらしい寝具が増えていた。

 俺はため息ひとつ、中へと入ってから荷物を隅へとおろした。


「どう見ても、お前のポケットマネーでまかなえる品じゃないよなルー」

「ひぃ、そんな目で見ないでください師匠」


「そいつは無理だな。俺が死んだと思って、自分の住処として使ってたのはまだいいとしよう。問題は、それで揃えた品が役にも立たない娯楽品だという事だ。お前は俺に何を教わってきたんだ」


「ち、違いますよ。私だって集めてから何か違うなぁとは思ったんですよ。でも師匠は戻ってこないし、落ち着かなかったというか」


「黙れ」

「はい。すみません」

「自覚があるなら良しとしてやるが、次はないぞ」

「肝に銘じておきます」


「で、片づけながら仕事の報告をしてもらおう」

「仕事の報告というと?」


「俺らは仕事の最中で別れただろ。その後、しっかり果たせたのか?」

「あー、そうですそれです。聞いてくださいよ師匠」


「動きは止めない」

「うー、わかってますって」

 と、そこまで話して、俺は外に気配を感じ取った。


「誰か来たな」

「あー師匠」

「静かに」


 俺は扉側へと移動しつつ、ダガーを抜いて身構えた。扉は何の抵抗もなく、無防備にこちら側へと開いていく。俺は勢いよく開きかけた扉を引っ張り、入ってきた人物を転ばせた。


「なんだお前」

 上にのしかかり、動きを封じてから声をかける。


「わー助けて!」

「どう見ても、あの時のガキじゃないか」


 俺の下で無様にもがいているのは、間違いなく、あの時誘拐してきたヒーフ君であった。

 その手には籠と衣類、布地がいくつか。どうやら洗濯に行かされていたらしい。


「どういう事だルー」

「いやどういう事も何も、説明しようとしたら師匠が黙らせたんじゃないですか」

「いいから説明」


「要はあれです。不測の事態になって、エルフランの人たちも集合場所から撤収しちゃってたんで、引き渡しが出来てないんですよ。そもそもソルさんでしたっけ? その方と師匠が会ったところなんて私にわかるはずないじゃないですか」


「それは確かに。いや、でもでかしたぞルー」

 俺は下敷きにしたヒーフ君を見やる。


 この子には悪いが引き渡しを利用すれば、エルフラン幹部との接触も不可能ではないだろう。

 幸い、ソルという人物が結構地位の高い場所に居るのはわかっていたし、これは良い展開だ。


「は、はぁ」

「あのー、そろそろ退いてくれませんか」


「悪いねヒーフ君」

 俺は組み敷いたまま、ルーに縄を持って来させ、手足を縛りつける。


「な、なにをするんですか。助けて下さいルーさーん」

「いやー、あはは。師匠のやることですしね。それに言いましたよね。あなたはそもそも他の人に引き渡す予定だったから、その時が来たらお別れだって」


「そ、そんな」

 ヒーフ君はしゃっくりをあげて泣き始めた。

 とりあえず騒がれても面倒なので、あの時同様猿ぐつわを噛ませる。


「まぁ殺される事はないだろう、多分」

「んーんー」

「で、片づけは終わったのか?」

「あ、はい。もうすぐです」


 例の仕事を受けてから既に三日。あと一週間で会談が行われる予定だ。

 それまでに行ういくつかの仕事。これにはルーの協力も不可欠だ。

 俺はヒーフ君に耳栓をし、はじっこに転がしておいた。


「ルー、今のうちに新しい仕事の話をしておく。最初に言っておくが。この仕事の成否に関わらず、俺たちはここを出ていくことになる」


「本気ですか師匠」

「ああ。エルフランと一戦やらかす」


「はぁ、思いきった仕事ですね。依頼主は頭が飛んでますよそれ」

「その点については俺も同意見だ。そして仕事の後、お前はタウンに入る事になった」


「は?」

「は、じゃなくて」

「何それ嫌なんですけど」

「おいおい。貧困街の上流階級が持つ最大の夢に対して、酷い反応だな」

「だってそれって、言っちゃなんですけど、ヒーフ君みたいになるってことですよね」


 ルーは片づけをしながらヒーフ君を指さした。

 当の本人は耳栓をしているので、何を言われているのかは伝わっていない。

 泣き腫らした目で鼻水をたらしながらルーを不思議そうに見ている。


「いや、別に人格を変換させられるわけじゃないから」

「でもなぁ。私としては、師匠のような、どんな環境に放り出されても生きていける力が欲しいんですけど。学とか、何の役に立つんですか?」


「一応、俺の時刻管理とかも学なんだが。っていうかそれは褒めてるのか?」

「やだな、当たり前じゃないですか」


「っていうかもう交渉しちゃったから、これ決定事項な」

「これは酷い。私は師匠の所有物になったつもりはないんですが……」


「まぁ、そのあとどう生きていくかは自分で決めろ。タウンを出ても良いし、タウンの中のそういう部署に行っても良いだろう」

「はぁ、まぁわかりました。それで、師匠はどうするんですか?」


「さぁ」

「えぇ? さぁって何ですかさぁって」

「うまく行けば、俺もタウン行きかもしれない」

「何ですかそれ」


「失敗したら、多分この街そのものから出ていくからな」

「えー、そっちに行きたいんですけど」

「我儘言うな」


「ぶーぶー」

 俺は黙って荷物の一部、小分けした装備類をルーの前へと置いた。


「これは?」

「今から説明してやる」


「これは、珍しいですね。師匠がとても楽しそうです」

「っと、ヒーフ君は目隠しもしようか」


「もがもが」

 いやいやをするが、構わず目隠しをかけた。


 エルフランに引き渡すこの子に、これから披露する装備類を見られるわけにはいかなかった。


「まずは仕事内容だな。第一にエルフランの思惑を探る。第二に武器の仕入れルートを見つけ、第三に武器の保管庫に爆薬を仕掛ける」


「無理ゲーです」

「で、最後に」

「まだあるんですか師匠。正気の沙汰ではないですねそれ」


「タウン側にたって、エルフランとタウンの会談を守る。暗躍するエルフラン側の排除が主たる仕事だな。で、前の三つはこの日までに終わらせなければならない」


「……師匠が受けるって言ったからには、それって勝算があるんですよね」

「五分五分だな」


「マジですか。師匠がそんな仕事を受けるとは、よっぽど報酬が良かったんですね」

「いや、俺捕まってたし。解放の条件みたいなもんだから、報酬はないぞ」


「……まさかの尻ぬぐいでした。それ、私も手伝うことになってるんですよね」

「当たり前だろ」


「ちょっとお腹が痛くなってきたので、休んでて良いですか?」

「もちろんダメだ」


「死ぬなら弟子を捲き込まないでください師匠」

「だから五分五分だって。成功しても失敗しても、お前はタウン側へ行けるように計らってやっただろ」


「誰も望んでませんけどね」

「死んだらもちろんいけない」

「付け足さなくてもいいです」


「そこでこれだ」

「辞退書ですか? 気がききますね師匠」

「いい加減腹をくくれルー」


「はい、すみません。くくりました。師匠が赤と言えば空も赤いです。自然の理です」

「そうだな、夕方は赤くなるな。で、俺がこちらに居ない間に何か動きは?」


「はい。ヒーフ君が居たのでそこまで動けてませんが。エルフランの連中が大々的に若者を集めていますね。依頼とか仕事に関しては動きがあったかもしれませんが、流石にそこまでは」


「やっぱりそうなってるか」

「やっぱり?」

「詳しくはあとで。今は先に装備の説明をする」


 やる気のなさそうにこちらへと向き直るルーだったが、あけられた袋を見て目の色を変えた。一目見て、装備の質というものがわかったらしい。


 入っていた装備は複合ゴーグル、外装装置、機動装置、の三種類。武器の使用はタウン側の仕業と思われても困るため、借りるのを取りやめておいた。その代わりゴーグルは二つだ。


 こちらはタウン側の一部の兵が標準装備している代物らしく、ルーのことを話したら快く貸してくれた。ちなみに、あの女が言っていた特別な装備は外装装置と機動装置の二つである。


 外装装置は装甲能力こそなかったが、外套状になっており、装備者の身体と周囲をスキャニングして、光学装置で姿を溶け込ませるとかなんとか。とりあえずあの女の元で実験した結果、素晴らしい性能を発揮した。


 もうひとつの機動装置は、地点間の移動をホバリングで済ませる代物。無音動作なうえ着地の衝撃を緩和する機能付き。さらに脚力と出力調整で数十mの跳躍まで可能という、膝まであるブーツのような装備だった。


 一通りの説明を終えると、ルーは真剣な顔つきで言った。


「なんでこんな良い装備があるのに、あいつら攻めてこないんですかね」

「いや、これから攻めてくる。貧困街自体を潰すらしいぞ」


「ああ、なるほど。だから師匠は脱出するために色々と手を」

「まぁその前に、そうならないように止めるのが俺たちの仕事だ」


「え、なんですかその正義の味方みたいな。似合わないですね」

「ほっとけ」


「だいたい見えてきましたけど、なんで師匠に?」

「うーんまぁ、その辺はおいおいな」


 確かにタウン側の意向って言うと、そうなるよな。実際はあの女個人の我儘だから俺なんかを使っているわけだが、それを今ルーに言うと、本気で逃げ出しかねない。


「とりあえず昼前にヒーフ君を引き渡そう。で、報酬でうまいものでも食う」

「いいですねそれ」


「その前に。機動装置と外装装置、どっちが良い?」

「え、なんで私が決めるんですか」


「いや、俺はどっちでも。装備した種類によって役割が変わるだけだし」

「ちなみに機動装置って、熟練するまで大変そうですか?」


「そうだな。管理局でテストしてみた感じ、お前なら一カ月あれば使いこなせるんじゃないか?」


「それで、会談はあと何日後なんです?」

「あと一週間しかない」


「やだな無理じゃないですか。私は外装装置を使います」

「まぁ妥当な判断だ。安心しろ、こっちは扱いが簡単だ」

「でも見つからないって、色々やらされそうで怖いんですが」


「安心しろ。いつも通りだろ」

「うわー、師匠の笑顔が怖い」

「それもいつも通り」

「嬉しくない事実です」




 以前ソルと会った裏路地へと入ると、何人かの男がたむろしていた。

 依頼を受けたのは、その先の小部屋ではあったが、まぁそこへの入り口を警備しているのだろう。


「なんだあんた?」

 たむろしていた男のうち、こちら側に近い奴が声をかけてくる。


「ソルさんにお荷物です」

 俺は言いながら、肩に背負った子供を見せた。

 すると、あらかじめ伝わっていたのか、たむろしていた一人が奥へと消えて行った。

 数秒でその男は戻って来て、顎で来いと示す。


「いいぜ、入んな。おっと、後ろのお嬢ちゃんはダメだ」

「待ってください。今回の功労者はそっちの弟子でしてね。通して頂きたい」


「はぁ? 本気かよあんた」

 俺は男に頷いてみせた。


「ったくしょうがねぇな。いいよ通んな」

「どうも」


「失礼します」

 通された部屋は変わらず、机と椅子だけで精一杯という、身動きの取りにくい造りだった。


 入口側の反対、奥側にも別の出入り口があり、そこを彼らは行き来しているのだろう。

 ソルは既に椅子に座り、俺たちを待っていた。


「おお、結構かかったな何でも屋のシオン君」

「まぁ色々あったんで」


「とりあえず座ってくれ。その子はこっちで預かろう」

 部下の一人が奥から現れ、手を差し出した。

 俺は特に警戒せず、さっさとヒーフ君を渡して椅子へと座る。


「御苦労だった。おかげで今後が動きやすくなったよ」

「仕事ですから」


「で、色々あったみたいだが。大丈夫だったのか?」

「ご覧の通りです」


「何よりだ。ボットがあんなに早く反応するとはな」

「おかげで戻るのに時間を食いました」


「乗り切ってくるあたり流石だな。シオン、お前エルフランに入らないか?」

「いえいえ、近々戦場になりそうなので、俺はしばらくお暇を貰うことにしましてね」


「……ほう、耳が早いな」

「それほどでも」


「で、何が知りたい。ここで出したんだ。何か聞きたいことがあるんだろ?」


「では率直に。何が目的ですか。こちらとしても住処が戦場になるなら、その前に退避しておきたいんですが、何分不確定要素が多すぎて判断しかねています」


「目的は簡単だ。自由のため」

「それはエルフランの最終目標でしょう。今回の行動の、戦略目標が」

「仕事外で得た情報は何に使うんだ何でも屋」


 ソルはこちらの言葉を遮って来た。じっくりとこちらを見ていたその目に力が籠る。

 さっきまでの軽い雑談という雰囲気が一気に変わった。


「今回は安全な場所を算出するため、ですよ。話が大きすぎて色々と困ってますんでね」

「他言無用、をお前の信条にかけて誓うというなら、話してやらんこともない」


「まぁ、背に腹はかえられませんね。下手を打つと命を失いそうなんで。いいでしょう。誓います」


「では信じよう。なに、裏切ったら殺すだけだ」

 一瞬、ソルからのプレッシャーが上がる。


「なに、簡単な事さ。今回の行動は失敗しても問題ない。反撃を行ったという事実があればいい。それだけで、ここでの生活に光が射す。立ち上がるものも居るだろう。あるいはタウン側にも知れ渡るかもしれない」


「しかし、タウン側の武力を考えると無謀では?」


「それだ。それだよシオン君。これまで多くの者が、それを前に膝をついた。そして今でも、どんな活動をしていても、それが誰しも頭の隅にある。こんなことをしたところで、タウンが本気になれば潰される、とな。果たしてそれで本当の自由に手が届くのか? 自己満足に終わるだけではないのか? だから今回、我々はその諦観をぶち壊すのだ」


「その結果、ここが戦火にまみれても良いと?」


「もちろんだ。君は物心ついた頃からシェットのもとに居たからわからないかもしれないが、力無き者も、この貧困街と奴らが称す地区には多く居るのだよ。泥水をすすり、パンのかけらにすらありつけない者。飢餓の末、立ち上がることすら出来ず絶望のうちに死んでいく者。そんな彼らの無念を、誰が晴らせば良い? 我々だ。その結果、隣国から狙われることになろうとも、タウン側との溝が深まろうと、これは大きな一歩となるだろう。大事なのは日和見で時を伸ばすことではない。何故なら、日々我々の同胞は倒れ、死という現実に呑み込まれているのだから」


「なるほど。もう直接聞きましょう。とりあえず安全そうな場所は何処ですか?」

「がははは、いやすまん熱くなってしまったようだ。しかし安全な場所か」

「もしかして安全な場所なんてないって規模なんですか?」


「いや、それはない。まぁ向こうが仕掛けてくればどうなるかわからんから、安全といえる場所もないな。強いて言えば、なるべく東側に居れば良いだろう。もし気になるなら、うちの方で匿う用意をさせるが?」


「お構いなく。そちらの方が状況次第で危険になりかねない」

「本当に率直に言うなおい。まぁいいさ、好きにしな。我々の邪魔をしないなら、こちらも手は出さないさ」


「こちらでも安全な場所がないか少し動き回ってみますよ。そちらの兵隊さんとはちあっても、殺されないようにしてもらえると助かります」


「戦場に誤射はつきものだシオン。万が一があってはお互い困るだろうし、近づかないで欲しい」


「努力します。ではこれにて」

「ああ、また会おう。報酬は出かけに受け取ってくれ」


 俺とルーは部屋をあとにした。


「さー、何食べますかね師匠。というかいくら入ったんですか」

「票じゃなく現金でもらったから割安だよ。それでも良い金額だ。金券十枚分ってところだな」


「でかっ、じゃぁ屋敷の店にいきませんか?」

「んー、まぁあそこなら情報も漏れないか」


「よーし、そうと決まれば競争ですね」

「あ、おい」


 止める間もなくルーは走りだした。仕方なくこちらも走って追いかける。

 まぁ尾行をまくついでに楽しんでおくか。


 エルフランの連中はこちらの拠点を把握しておきたいらしく、何度も尾行をつけてきていた。

 今日は特に、ちょっと突っ込んだ質問をしたせいか、多めにくっついているようだ。




「で、エルフランの思惑ってわかったんですか?」


 屋敷、とは貧困街での高級娯楽を一手に取り仕切る区画の通称だ。

 現在、そこのちょっと、いやだいぶ高めな食事処に俺たちはいた。


 本来貧困街で手に入る食糧のほとんどは、合成品とパンという配給を中心としたものと、そこらに居る虫の類を中心としたものだ。

 が、一部の権力者は高級食材を求める。それはこの貧困街でも同じこと。


 タウン側とのコネや、独自の交易ルート、あるいは合成品を加工しなおす工場を使い、日夜あるものからあり得ない高級食材が作られていた。


 結局は合成品なのだが、実によく出来ているらしい。

 というのも、俺は本物を食べた事がないので判断がつかない。


 でまぁ、そんな高級品を求める人種など、後ろ暗い人物や貧困街の大物ばかり。

 そんな奴らが食事を共にするという事は、当然ながら外部に漏れたらまずい話が行われるわけで。


 結果的にこうして防音された個室が完備され、大いなる信頼を得る代わりに代金が高いという店が仕上がったというわけだ。


「どう思った?」

「盛大に誤魔化された感がばりばりです」


「御名答。演説までされて、大いに時間を稼がれた。しかしお前がしっかり俺の教育を受けていてくれて助かる。あの演説に感化されていたらどうしようかと思ったよ」


「いや流石にないでしょう師匠。あの演説でお腹が膨れるならともかく」

 ルーは言いながら、鴨肉の蒸し焼きに手を伸ばす。


 俺はエビの甘辛煮を皿へと移し、スプーンで口へと運ぶ。

 甘みが軽く口内に広がり、次いで辛みがそれを引き締める。

 一噛みでエビのぷりっとした身が弾け、舌が楽しい。


「どちらにせよエルフランの身内じゃない人間に、あれ以上の情報収集は無理だ」

「ということは、あれをそのまま報告するんですか?」


「それももちろんする。俺らとは違う視点から切り込めば情報が浮かんでくるかもしれないしな。それと俺の推測を添えて終わりだな」


「でも仕事内容って思惑を調べるんですよね。なんか中途半端じゃありません?」


 ルーが今度はスズメの丸焼を頬張ってぼりぼりと咀嚼しつつ言う。だからなんでお前は高い肉ばかり食べるんだ。


「そこはこいつの出番だな」


 俺は背負っていたザックから複合ゴーグルを取りだすと、早速装着した。ヘッドマウントなんたらとかいうらしいが、とりあえず目の前を完全に覆い隠す、大きなゴーグルだった。


 どういう原理かは知らないが、望遠、暗視、音響、集音、通信機能がついているんだとか。三日間のテスト期間で何とか習得した知識である。


 俺は右側面についているボタンとダイヤルを操作し、数値を合わせる。いくら防音でも、鉛は入っていないだろう、ここの壁。


「しかし、こんな超能力みたいな装置があるんですねぇ」


「まったくだが、このゴーグル自体はタウンにおける一般的な装備らしい。本当に凄いのはさっき見せた靴と外套だな」


「はぁ、私からすれば同じような超能力にしか見えないんですけど、どう違うんですか?」

「あの女は開拓時代の名残とか言ってたが、要は今の技術で造れるか造れないかの差だな」

「替えがきくかきかないかの差ですか」


「それもあるが、造れないということは匹敵する物を自前じゃ用意できないってことだ。例えば、俺らの界隈に自動拳銃が一丁転がって来たとしても奪い合いになるし、手にした奴が圧倒的な力を持つ。まぁエルフランが居る以上そこまでじゃないが、傭兵の間じゃ絶対的な差だ。そしてこれのもっと規模のでかいのが、俺たちが関わろうとしてる話だな」


「はぁ。隣国の狙いとかいうのもそれですか?」


 ルーには隣国の事まではかいつまんで話してあった。あの女個人の闘争ということはまだ伏せているが、今のところはそれで十分だろう。


「隣国が狙ってる、この国の自動拳銃が何だかわかるか?」

「わかりません」


「きっぱり言うなよ。前にも少し話した気がするんだが。一応タウン側の支配力の元だから覚えておけ。今食ってるこれも、大元を辿ればそれから来ているんだが。食糧を合成する装置だ」


「このお肉は超能力で生みだされてたんですか師匠。私、そっちの能力が欲しいです」


「タウンの生命線をくれるわけがないだろう。あの女が言うには、食糧生産プラントが稼働している街は希少らしい。他の街はとっくの昔に失ったものだそうだ」


「なるほど。確かにご飯は重要です。隣の国がわざわざ狙いに来るのもわかります」

「そういうことだ。んで、そこまで大規模なものじゃなくても、さっき見せた外套や靴なんかを狙って、今でも裏で発掘作業が行われてるらしい」


「ということは、もっと便利な超能力が出てくるかもしれませんね」

「地道に技術を磨いてきた俺からすると少し複雑だが……。と、聞こえてきた」


 耳に入ってきたのは布擦れ音。それと少音量の会話。


 実は人質を受け渡す際に、こっそりと手下の衣服に集音装置をつけてきていた。流石にソルにつける事は出来なかったが、それにしたって破格の効果だ。


 ルーは興味津々のようだったが、その手と口は止まらない。その手は、鳥肉にあんを絡めた料理へと伸びる。ルーの机にはいくつもの骨の残骸が転がっていた。奴は骨髄もすするのだ。


「こちらシオン。聞こえるか?」

「どうしたんですか師匠。聞こえてますよ」


「お前じゃない。通信って奴だよ。あと、お前は肉を食い過ぎだ」

「やだな師匠。今食べないでいつ肉を食べるんですか」

 っと、ザーっという耳障りな音がおさまり、声が聞こえ始める。


「――お願いだから、通信中に咀嚼音はさせないでくださいね」

 声の主は管理局局長、シェリー・ワッソン。


「やってるのは弟子の方だ」

「なら良いんですが」


「それで、これでこっちの声は聞こえてるのか?」

「ええ、大丈夫です」


「まて、今集音の方をそっちに通す」

「やり方は覚えていますか?」

「ああ、大丈夫だ」

 カチカチと、左のボタンと右のボタンを操作する。


「あ、聞こえました」

「それは何よりだ。一応手下の一人につけた」


「なるほど。それで、ソルから話は聞けましたか?」

「聞けた事は聞けたが、演説されただけだな」

「そうですか。でも早いですね。まさか帰ってすぐにエルフランのリーダーと接触するなんて」


「え?」

「うん? どうしました?」


「いや、何でもない。まぁ演説の方はあとで話すが、多分参考にもならん。今はこっちの音に集中しよう」


 あの男がエルフランのリーダーか。確かにたいした迫力だった。

 俺自身、アヴァンという姓は聞いていたが、名は知らぬままだった。わざと別物扱いしているのかもしれないが、どちらにせよあれがリーダーなら話は早い。


「では私の方で操作してみますので、食事の続きをどうぞ」

「操作?」


「そういえば説明していませんでしたね。遠隔で、発信機自体を動かします。地下に居たボットの小型版みたいなものとお考え下さい」

「なんでもありだな」


「そこまで万能では。長距離を移動するとバッテリーが持たなくなって、肝心の集音時間が減ってしまいますので」


「まぁそういうことなら俺は食事を取っておこう」

「はい。何かありましたら知らせますので、バイザーはそのままで」


「わかった」

 ふと視線を机へと向けると、運ばれていた料理のうち八割が既に消費されつくしていた。


「おいルー、ちょっと食べ過ぎじゃないのか?」

「やだな師匠。私を買収するための食事を、私が食べないでどうするんですか」


「流石に気付くか」

「そりゃまぁ、師匠の弟子ですからね。こんな高級料理まで振舞うなんて」

 ルーが手を休め、こちらを真剣な目で見てきた。仕事の目だ。


「師匠、何か隠してますよね」

「まぁな」


「その内容次第では、今回の仕事は考えさせて頂きます」

「おりるってことか」


「そうです。私は師匠に、命を大事にしろと教わってますので」

「今回の仕事を見過ごすと、この貧困街自体が消えてなくなる」


「なら私たちは別の街に行きましょう。なにも生まれ育ったからって、その最期に付き合う必要なんてこれっぽっちもないじゃないですか。らしくないですよ師匠。なんでそんなに視野が狭いんですか。解放の条件だとしても、もう解放してもらっちゃってますし、雲隠れして逃げれば良いじゃないですか」


「なら、まぁしょうがないな俺一人でやるさ」

 俺は肩を竦めた。二人居たほうが確実性は増すが、何も無理強いしてまでやらせることはない。

 気の進まない仕事、という状態で命をかけるには、今回は特に分が悪すぎる。


「なに心配するな。お前がタウンに入る話は決定済みだ。数日経てばそこそこの身分があっちで用意されるだろうから、荷物をまとめてのんびりしてろ」


「師匠、いいですか」

「ん?」


「どうして師匠はそうなんですか!」

「あぶねぇ!」


 いきなりナイフが飛んできた。


 目の前で、俺の教え通り、ナイフの持ち手を重り代わりとした投擲方法をとったルー。

 素早く投擲されたそれは、俺が身をよじった結果、椅子の背もたれへと突き刺さっていた。


「おい、避けなかったら当たってたぞ。っていうかどうすんだこれ、この椅子だって絶対高いぞ」


「当てようとしたんだから当たり前です。師匠の考え方とか、それを教わってる私にはよくわかりますし、その私ですから、今回の件は危ないって感じてます」


「あ、ああ。だから別におりても良いって」

「だからっ、どうしてそうなんですか」

 やばいわけがわからん。見れば、ルーの目には涙が溜められている。


「私は、これでも感謝してるんです。悪いですか? 仕事に対する考え方なら、確かに今回は、おりるのが正しい、師匠の教え通りの反応です。でも、私は嫌ですおりません」


「おいおい、言ってることがさっきと違うぞ」


「水臭いって言ってるんです。なんなんですか。何か隠して、一人で勝手に、私のその後の手配なんてしちゃって。いざ突っ込んだら、おりて良いだなんて。私、これまで何してきたんですか? そんなに頼りないんですか? 今までの生活はなんだったんですか? 私は、こんな時に安全な所に送られるために、師匠の元に居たんじゃないんです。全部話してくださいよ。私、そんな薄情そうですか? 師匠が助けてくれたから、今の私はあるんですよ?」


 ルーは、拳を震わせ、涙をぽろぽろとこぼしている。

 沈黙が、部屋を満たした。


 防音なのでいくら騒いでも良いのだが、こうなると外の音が入ってこないというのが息苦しい。


 本当に、音がなかった。


 まるで部屋ごと全てが俺を責めているかのようだ。

 ルーの方は俯いてしまったので、もう顔は見えない。


 何と声をかければいいのやら。俺は少々視線を彷徨わせ、

「あー、すまなかった。どうやら、お前を見くびっていたらしい。その、なんだ。これからも宜しく頼む」

 と、なんとか頭のぐるぐるを台詞にした。


「……はい」

 ルーは答え、鼻をすすりながら顔をあげる。


「ええっと、とりあえずちょっと。顔洗ってきますね」

 そしてそれだけ言うと部屋を出て行った。


 俺は頭をかいて、とりあえず背もたれのナイフを引き抜く。

 背もたれにはくっきりと傷が残っていた。


 これは弁償させられるだろうな、やっぱり。

 黙っていたらせっかく得たここの利用権がなくなりかねないし、仕方がない。


「まいったね、まったく」

「どう考えてもあなたが悪いですね」


「……聞いてたのかよ」

「音量は下げていたのですが、すみません」


「最悪だ」

「そうでしょうか。私としては、仕事相手の人間性が知れて、大変良かったのですが」


「どうせ薬で知ってたんだろ」

「シオンさん、私は言いましたよ? 人間性を踏みにじるほど踏み込んではいません、と。あなたは信じていなかったようですが」


「じゃぁ一体何を聞きだしたんだよ」

「知りたいのですか?」


「いや結構。永遠にあんたの胸の中にでも仕舞っておいてくれ」

「そうします」


「で、こっちの話なんか聞いてて、集音の先を聞いてませんでした、とかなってないだろうな」


「流石にそこまでもうろくしていません。その気になれば四つくらいの音源まで、同時進行で分析処理できますよ、私は」

「そいつは凄い」


「更に不眠不休で一週間は働けます」

「流石にそれは倒れるだろう」


「どうでしょう。試した事がないのでわかりません」

「だろうよ」


「今回必要となれば、そのくらいしますけどね」

「それは、仕事の質が落ちそうだから、是非やめて欲しい」


「それはあり得ませんね」

「おいおい、随分きっぱり言うな」

「あなたたちとは違いますから」


「どうかな。あんたと違って、こっちは現場で動いてる分、体力ならあるぞ」

 と、話していると、戻って来たルーが俺の隣へと進んで来た。


 涙は拭いたが、まだ少しだけ目が赤い。

 そしてその目でこちらを威嚇、とまではいかないくらいの半目で見てくる。


「ん? なんだルー」

 おかしい。

 先ほどので和解したと思っていたのは俺だけだったのか?


「随分、楽しそうですね師匠。お相手は誰でしたっけ」

「今回の依頼主、管理局のシェリー・ワッソン局長だ」


「シェリーさん、ですか。女の人ですよね、それ」

「そうだな」


「綺麗な人ですか?」

「どんな興味の持ち方だよ。まぁこっちでは見ない、細くて色白な感じの人だな」

「ふーん、そうですか」


「なんだよ、含みがある言い方だな」

「やだな。なんでもありませんよ、なんでも」


 ルーはまだ不満顔だったが、そのまま席へと戻って行った。


「なんなんだ」

 今日は弟子の行動がいまいち読めない日だ。


「まぁ、色々言いたい事はありますが、食事が終わったのなら仕事の話を続けましょう」

「そう、だな」


 全然食事などしていなかったが、椅子の修理代とルーの食事代だけで結構いきそうだったので、俺はこれ以上の食事を諦めた。


 そんな師匠の事などお構いなしに、我が弟子は残った肉を凄い勢いで口へと放り込んでいる。


 今日は保存食だな。

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