第4話

 ドーム状になっている管の中、というイメージがタウンの下水道にはぴったりだった。

 排水を行っている部分、正確には崩落によって断ち切られた部分、から侵入。


 金網がかけられてはいたが、下準備の段階で細工がされていたらしく、簡単に外す事が出来た。


 通路の幅は二mほどで、中は薄暗い。点検のためか数m置きに赤暗いライトが点灯しているのだけが頼りだった。


 円状の通路のうち半分は水に浸かっており、顔だけ出す形で俺たちは歩いている。

 現在はポイントC。既に二回ボットをやり過ごし、三度目の接触まで残り一分といったところ。


はじめの接触こそ緊張していたルーだったが、すぐに慣れたか、二回目は余裕を持って隠れていた。


「くるぞ。右前方の通路からだ。カウント十秒。九、八……」

 軽い駆動音を響かせ、ボットは姿を現した。卵を横にしたような形をしており、下部にライトとショックガンが装着されている。大きさはだいたい一mほどで、色は錆びた灰色だ。


 カウント零で俺とルーは潜る。


 水中から、ボットが真上を通り左後方の通路へと消えていくのを見送った。静かに顔を出し、更に駆動音のおんおんという反響が遠ざかるのを確認してから動き出す。


 ほどなく、上陸ポイントである梯子が見えて来た。通路と通路の間に脇道があり、そこだけは水がなく、点検整備用の梯子が上へと延びている。


「変な奴でしたね」

「ああ、だが戦闘力は高いから油断するなよ」

「やだなわかってますよ」


 手早く服に染み込んだ水分を絞る。今回はコートなしだ。


 ルーも同様に、動きやすいように身体に密着する衣類を選んでいた。肌の露出がないあたり、抜け目なくやれているようだ。あれなら突起物で肌を切る事もないだろう。


 俺はダガーの鞘を傾け、水を追い出す。一応刀身のチェックをし、ベルトへと戻した。

 次にパーカッションリボルバーを袋から取り出しチェック。


「よし、いけるな?」

「はい」


 見ればルーも自前の短剣を持っていた。そこまで俺の真似をしなくても良いと思うのだが、まぁ基本となる格闘術を教えたのが俺である以上、仕方のないことかもしれない。


 梯子を先に上がる。梯子の終わりには蓋がなされていたが、軽く押すと横へスライドすることができた。そのまま目線まであがり、地上の様子を確認。


 左右に高いレンガ造りの建物。ここは丁度建物と建物の間、下水管理用にスペースがとられているだけの区画のようだ。先に見える道路は開けており、人通りがあるのが見えた。


 幸いにも、道路との境目あたりに、大きな箱のようなものが置いてあり、それが死角を作ってくれている。俺は音を立てないよう、ゆっくりと蓋を横へとずらし、身を滑らせた。


 次にルーが出てきて、物珍しそうに周囲を見ている。流石にここで声をあげるようだったら突き落としていたところだが、杞憂に終わったらしい。


 そのまま箱のある左手の壁へと寄る。


 ターゲットとの接触までは約五分。表の様子を確認したいところだったが、流石にこの格好で表に出ては不審がられてしまう。


 この通路の幅は一mほど。その半分を埋めるように出入り口に大きな箱が置かれているため、表を行き交う人たちに注目されることはなかった。


 手信号で前へ向かうと合図し、そのまま箱の真横まで身をかがめながら移動する。もし移動速度の算出が違っていても、ここなら表から見つかりにくい。あとはターゲットが通りかかるのを待つだけだ。






 待つ事数分。予定の時間より一分ほど早く、ターゲットは現れた。


 身長百十㎝ほどで、金色の短髪に青い瞳。仏頂面だった写真とは違って、今は楽しそうに護衛の一人と話していた。


 護衛は全部で三人。子供の相手をしていない二人は周囲を警戒している。

 前方に一、後方に一。隊列は少し横へとずらしているセオリー通りの陣形だ。


 ルーに手信号。ターゲット確認、準備をしろ。

 カウント、三、二、一。


 護衛の三人目が通路を通り過ぎたタイミングで一気に飛び出す。


 まず、すぐに反応した、最後尾の男の足をひっかけた。転倒こそしなかったものの、そいつは無視。体勢を崩し、こちらに気を取られている時点で後続のルーに任せて大丈夫だろう。


 俺は脇を走り抜け、話しこんでいて反応が遅れた二人目の後頭部へと、抜き放ったダガーの柄頭を叩き込んだ。


 手応えは十分。二人目の護衛はそのまま倒れ込んだ。

 次に先頭の護衛へと走り込む。


 相手は既にこちらを向いており、警棒を振り上げてくるが、遅い。

 そのまま組みつき、右足を引っ掛けて転ばせにかかる。


 相手はそれを回避。

 俺はその隙に左手で相手の右手を警棒ごとひっつかみ、攻撃を止める。


 そこから相手の右腕を引き込みつつ、こちらの右手で相手の鼻へとダガーの鍔を叩き込んだ。


 鼻へのダメージは直接的な効果は薄いが、鈍痛と呼吸困難は以後の戦闘に結構影響する。

 まぁ今回はそこまで長引きそうにはないが。


 相手が鼻のダメージに一瞬気を取られたので、そのまま脛を垂直に踏みつける。

 軽い手ごたえと小気味いい音がして、相手は声にならない声をあげながら座り込んだ。

 脚を折っての無力化完了。


 振り返ると我が弟子が、見事にターゲットの手足を縛り、猿ぐつわを完了しているところだった。


 手際が良くて何より。


 言葉なく、俺とルーは撤収。

 再び下水への梯子に辿りついた頃になって、ようやく事態に追いついた誰かが悲鳴をあげていた。


「あっけなかったですね」

「まぁ実戦のない護衛なんてこんなもんだろ」

 言いながら俺は使わなかったリボルバーを再びビニールの中へ。


「ちょっと早すぎたくらいだな」

 俺はさきほど確認しておいた巡回表を思い浮かべ思案。


「一分したら動き出すぞ。ポイントCで一度やり過ごせば、あとは予定通り遭遇しない」

「はぁ、相変わらず師匠の時刻管理は見事ですね。頭に時計でも飼ってるんですか?」

「訓練してるだろお前も。命がけで時間を計る機会に何度か会えば、勝手に身につくさ」


「あんまり遭遇したくないですね、それ」

「確かにな。で、だ」


 俺はルーが背負っていた子供へと視線を移す。

 ヒーフ君は目に涙を浮かべ、鼻水を垂らしながらこちらを見上げて来た。その目はどう見ても怯えている。これが普通の身代金目当てなら身の安全は保障されるが、今回はなんともいえない。


「これから君を外へと連れ出す。大人しくしていれば危害は加えない」

 ヒーフ君は全力で首を横に振った。何度も何度も。


「しかし師匠、凄く重いんですが」

「身長差全然ないもんな。まぁ大丈夫、重心の位置に気をつければ何とかなる。訓練しただろ」


「あのくそ重い土嚢を運ぶ奴ですか。あんまり思い出したくありません」

「思い出さなきゃ死ぬ。そういう仕事だよ。じゃ、行くぞ」

「はーい」


 進行開始。ポイントCで再びカウント。

「ヒーフ君、今から潜る。君が嫌がろうが何しようが潜る。なので、息を止めないと君は死ぬかもしれない。頑張れ。ではカウント、十、九、八……」


 一斉に俺たちは水へと潜った。


 特に、今回はターゲットが暴れて見つかる可能性があるので、ルーはより深く、底の方まで潜っていった。浮かばないように底にある突起物まで掴んでいるようだ。その背中、ヒーフ君もしっかり息を止めているのが見て取れた。


 俺は二人を確認し終えてから上を見る。水面越しにボットが通過していき、ライトが見えなくなった。ゆっくりと顔だけだし、反響音の確認。


 手信号で弟子への合図。今回はヒーフ君が呼吸の際に音を出しそうなので少し慎重に。


「長いですよ師匠。結構ターゲット背負って泳ぐのも大変なんですからね」

「お前ならやれる」

「いやそんな普段見せないような輝く笑みを見せられても困りますが」


 ヒーフ君はそんなやり取りも聞く余裕がないくらい、げほげほと苦しそうにしていた。

 これで難関は終わった。あとは普通に行けば任務完了ってところだ。






 ポイントAを通過したあたりだった。まだ遠いがおんおん、というボットの駆動音が響いてきた。


「変だな。駆動音がする」

「え、まさか師匠が記憶違いを?」


「それはない。まずいな。通報でボットの動きが変わったのか?」

「でもルイスさんは、警察にボットへの命令権はないって言ってましたよね」


「ああ、だからこれはまぁ、不測の事態だな」

「どうします?」


「ちょっと待て」

 音の再確認。ダメだ、さっきより近い。


「あ、私にも聞こえました」

「ダメだな。急ぎつつ、追いつかれたら俺が囮になる」

「え、逆の方が良くないですか?」


「ダメだ。お前はもし追いつかれたらすぐに潜って限界まで泳げ。なるべく顔を出さずに逃げること。ヒーフ君、そういうわけだから、もしボットが来たら、すぐに息を吸い込んで止めろ。じゃなきゃ本当に溺れるからな」


 と、話しているタイミングだった。

 おんおんという駆動音がいきなり大きくなり、そいつらは姿を現した。数にして五。

 右前方の通路、横脇、後ろから三、同時に現れた。


「いけ」

 俺はすぐさまリボルバーを手にする。ビニールを外す余裕はないが、この際仕方がない。

 ボットは俺を囲むように浮遊し、動きを止めた。

 ルーたちは既に水の中。あとは息の続く限りルート通りに泳いでいくだろう。


「警告。ここは一般市民の立ち入り禁止区域です。市民IDを提示し、すぐに引き返しなさい。繰り返します」


 ボットからは女性のものと思われる合成音声が流れた。

 市民IDなんて俺が持っているわけがない。


 一目で不審者とわかる俺相手に、こんなことをしなければ攻撃行動が取れないところがボットの悪いところだ。


「あー、すまない知らなかったんだ。今IDを思い出すから、ちょっと待ってくれ」


「警告。十秒以内にIDを読み始めてください。従わない場合あなたを拘束します」

 十秒もくれるのはありがたい。時間を稼げば稼ぐだけ、ルーたちは逃げ切れる。


「カウントを開始します。十、九、八……」

 活路は一つだな。

 俺は考えながら、水中でビニールに包まれたリボルバーの撃鉄を、フルコック状態へ。ついでに投擲できるようにダガーを一本引き抜く。


「IDは四百二十七だ」

「警告。市民IDに該当がありません。もう一度読み直してください」

「ああ、なかった? それはすまない。とりあえずこれが俺の挨拶代わり、ということで」


 俺は水中からリボルバーを上げ、すぐさま引き金を引く。

 軽い衝撃と激しい音を響かせ、弾丸が放たれた。

 瞬間、ビニールは縮み、次いで焼け、更に溶け落ちる。


 溶け落ちたビニールは手へと絡み、痛みを呼んだが無視。

 すぐさま左手でダガーを投擲。

 弾丸は一番手前のボットを貫き、次いでその左側のボットにダガーが突き刺さった。


「ビービー、武器の所持を確認。これより規約三条にのっとり武力行使を開始します」

 口上を読み上げている間に、更に反転して後ろの一体を撃つ。


 もう一度撃鉄をフルコックにし、左手にはダガーを。

 その段階で、並んでいた二体が光った。正確には下部、ショックガンの銃口が光りを放つ。


 一撃目が右手に命中。強い反動で右手が後ろへと跳ねた。

 二撃目はわずかに肩口をかすめる。

 電撃に一瞬息を飲むが、一発なら耐えられないことはない。


 人命を損なわない兵器だ。食らうのは初めてではないし、覚悟を決めていれば耐えられる。

 俺は奥歯を噛み締めて痛みを紛らわしつつ、水中へダイブした。


 右腕を確認。やはり外傷はなし。ただ衝撃でリボルバーを落とし、電撃によってしばらく麻痺状態のままだろう。


 俺は底に転がっていたリボルバーを潜行し回収。今はもう戦力にならないが、流石に失うわけにもいかない。


 左手で拾ったそれを懐に仕舞いつつ考える。とりあえず移動だな。

 俺はもう一度左手にダガーを持ち、それを底にひっかけて身体を進めた。

 先ほど撃ったボットが目の前をゆらゆらと沈んでいくのが見える。

 これで感電だけは勘弁して欲しい。






 しばらく進み、周囲の様子を見てから顔を上げた。


「はぁ、はぁ。ここまで来れば何とかなったか?」

 と、安心した瞬間。


「警告。今すぐ武器を捨てて投降しなさい。抵抗は無意味です」

 冗談だろ。


 ゆっくりと声のしたほうを振りかえる。

 しかし、何体のボットが居るのかすら見る事ができない。


 というのも、向こうが臨戦態勢に入ったせいか、常にライトがこちらの目元へと当たっており、まともに目を開くことさえ出来なかったのだ。


 観念してまた潜ろうとした瞬間、ボシュッという空気の塊でも発射したかのような音が響いた。

 直後、強い衝撃と共に俺は壁へと叩きつけられる。身動きがとれない。


 辛うじて、身体にまとわりつく何かを見る。

 それは網目状のネットだった。

 俺はそれに絡めとられ、壁へと接着されているようだ。


 おいおい、電磁ネットは装備されてないんじゃなかったのかよ。

 最後の抵抗、とダガーを網に当てた途端、全身を貫くように電流が走った。


 その衝撃は強く、まるで身体を一気に、強い力で全方向へと引っ張られたかのような、そんなイメージ。


 そのまま、俺の視界は白く染め上げられ、意識は塗りつぶされるように沈み込んでいった。

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