第3話

「なんだそのガキは?」

 ルーを見た相手の第一声はそれだった。


 応対したのはソルではなく、別の男。胡散臭そうな目で小柄なルーを睨みつけていた。


 場所はタウンにほど近い、もはや廃墟となった一画。貧困街とタウンとの緩衝地帯として手のつけられていない地域だ。


 一応、お互いが不可侵条約のようなものを結んでいる地区であり、これによって双方から迷い込むような人種が出ないように、また勝手な行き来がしにくいようになっている。


 しかしてその実態は、お互いに相手側へ何かをする時によく利用する地域という、紙面上とはえらい違いの使われ方をする区画だ。


「弟子のルーといいます」

 我が弟子は視線に動じず、いつも通りの調子だ。何故かこの娘、胆力だけはある。


「おい何でも屋、こいつは使えるんだろうな」

「ええ。俺が現場に出たのは七つですよ。そこらの護衛傭兵よりは動けます」


「ならいいが」

 答えた男は何だろうか、何処か頼りない。


 場馴れしていない、というようには見えないが、大仕事を前に浮足立っているといったところか。いずれにせよ仕事のパートナーがこれでは困る。

 とりあえずこの男の緊張を解さないとならない。


「ソルさんは来ないんですね」

 と、俺が周囲を見つつ水を向けると、相手は目をひんむいてこちらを見た。


「馬鹿を言うな。ソルさんがこんな末端に来るわけないだろ。調子に乗るなよ何でも屋風情が」


「はぁ、すみませんね。こちらとしては全権を任されているわけでもないので、ここまでの事前準備がどの程度だったのか、確認したいところでしたので」


「俺で十分だろう。だいたいソルさんに会えただけで感謝しろ」

「では確認を」

「おう、こっちだ」


 どうやらソルという人物はエルフランでも結構上の立場の人間らしい。いずれにせよ、これで男の緊張は解れたようだった。


 廃墟の一室から壁の穴、通路の床から下の階へ、ドアを開いて階段の途中から横穴へ。まるで迷路のように入り組んだルートを進む。最終的に通された一室は狭く、窓すらなかった。


 唯一の光源は机の上に置かれたランプのみで、暗過ぎて隣のルーの顔色すらわからないほどだ。


 部屋の中には男が一人。俺たちは机を囲むようにして向かい合った。


「ルイスさん連れてきました」

「御苦労様」


 どうやら案内の男は現場監督ですらなかったらしい。なんであんなに緊張していたんだか。


 俺と視線があったルイスは、にこりと笑いかけて来た。

 どうやらたるんでいたのは特殊メイクだったようで、今ではすっきりどころかやせ過ぎな印象を受けるほど細い。


「その節はどうもシオンさん。概要は既に聞いていると思いますが、確認いたしますか?」

「お願いする」


「ターゲットはタウンにおける右翼派オーフェル議員の一人息子、ヒーフ君九才。写真は既に見てもらったと思いますので、ここにはありません。彼はいつも学校まで自動車で送り迎えされていますが、今日だけは遠足でして。家から徒歩十五分の集合地点まで、本人たっての希望で歩くようです。当然護衛はつきます。シオンさんは、タウンでの武装についてはどの程度知っていますか?」


「特殊合金の警棒だったと記憶している。それ以上のものは兵や警察の役割だろう」


「その通りです。流石に警察以上が動いた時点で我々の兵力では太刀打ちできません。奴らはそのランクですら自動拳銃を所持していますからね」


「それはあんたらもだろう」


「……まぁ、今回エルフランは動きません。事前準備や裏工作までなら動けますが、実働となるとどうしてもタウン側に感知されてしまう。実力の伴わない下級兵や装備では感知されなくとも成功しない」


「だから俺たちに依頼がきたと。で、具体的に俺たちは何をすればいい?」


「こちらのルートをご覧ください」

 ルイスは一枚の地図を取りだし、机へと広げる。

 地図はタウンの詳細を描いたもののようで、所々に描き込みや線が引かれていた。


「凄いな。これの写しだけで一財産築けそうだ」

「覚えてもらって構いませんが、これを使った商売はご遠慮ください」

「殺されたくはないからな。信条的にもやらないさ」


「それともう一枚、下水の地図です」

 重なるように出された半透明の地図は、どうやらタウンの治水に関わる地図のようだ。


「下水のこの地点より侵入してもらいます。で、ルート通りに通ってもらって、ここから上がってください。この地点なら周囲から見つかることはないと思いますが、一応の用心は忘れずに。時刻六時十五分ほどでターゲットが通りかかるので確保し、速やかに撤収」


「警備はどうなってる?」


「タウンの方は巡回が居ますが、時刻的にこの付近には現れません。よほど大立ち回りをして騒いだら別ですが。ただ、下水には多数のボットが巡回しています」


「厄介だな」


「ええ。なのでそれはこれから詳しく」

 と、ここまで話したところで横合いからコートの裾を引っ張られた。

 見ると、ルーが難しい顔をしてこちらを見あげていた。どうやら用語がわからないらしい。


「ルー、あとで教えてやるからとりあえず聞いておけ」

「お弟子さんは初タウンですか」


「ええ。ですが肝だけは据わっているので大丈夫です」

「流石あなたの弟子、と言ったところですね。では続けます」

「頼む」


「巡回ボットの装備は電磁式ショックガンが一丁。電磁ネットがないのが救いですが、見つかると警備ネットワークに情報が飛びます。一応、浮浪者を装って、うちの若いのを送り込んで調べた結果ですが、ルートと時間はこんな感じですね」


 更にもう一枚の紙が机へ並べられる。

 こちらは地図に対しては小さく、表形式で接触時間とポイントが羅列されていた。


「まず接触はA、B、Cの三ポイント。それぞれ、五時五十分、六時、六時五分、になります。水に沈むか何かしてやり過ごしてください」


「となるとこいつは使えないか」

 俺は懐からパーカッションリボルバーを抜き出し、机の上へと置いた。


「それについては考えがあります。こちらをお使いください」

 リボルバーの上に、透き通った袋のようなものが置かれた。生地は非常に薄く、ガラスのように向こうが見えるほどだった。


「これは?」


「ビニールといいます。タウンの一部で使われるものですね。基本的には自然に還らないので一般の利用は禁止されていますが、これに包んでおけば浸水を防げます」


「なるほど。しかしこれは、一介の何でも屋が持っていてもいいのか?」

「まぁゴミを漁れば稀に手に入る事があるので、大丈夫だと思いますよ。タウンだろうと規則を破る人間は居るということです」


「ではありがたく使わせてもらおう」

 俺は早速ビニールでリボルバーを包み、口をしっかりと結んでみた。


 どうやらこのビニールという生地は伸縮性があるらしく、ある程度のたわみや引っ張りの力には耐えられるようだ。


「もし撃つなら、なるべくビニールを外してください。撃鉄がビニールを噛んだり、内部の空気量が燃焼に足りなかったり、と色々と不安要素がありますので。何分我々の中にもパーカッションをそういう使い方で運用する人間はいませんので、信頼性という意味でも」


「このビニールというのは燃えるのか?」

「まぁ燃えますね。どちらかというと溶けるというか」

「溶ける?」


「試した事がないのでわかりかねます。技術部の報告ではそうありました」

「うーん、ちょっと不安だな」

「ええ。ですので、あくまで運搬用の袋とお考え下さい」


「で、帰りはターゲットを抱えているわけだが、ボットの巡回はどうなっているんだ?」


「そこは大丈夫です。引き上げを楽にするためにタイムシフトを組んだので、二十分に下水道からスタートすれば、どれだけ早く動こうと出会いません。なのでターゲットの護衛を、いかに静かに早く片付けるかが問題ですね。まぁ不測の事態という可能性もありますので、一応こちらのルートと巡回表をよく見ておいてください。作戦開始までまだ時間がありますので」


「不測の事態が起きた場合、落ち合う場所はどうする」


「その場合は、あなたがソルさんと会合したあそこでお待ちします。では我々は隣に居りますので、何かあれば声をかけてください」


 ルイスたちは連れだって部屋を出て行った。残された俺は早速地図とにらめっこだ。


「あの、師匠。それでですね」

「ああ、地図を見ながら答えるから訊いてくれ」


「では失礼して。まず学校ってなんですか? っていうか誘拐って何?」

「そこからかよ。まぁ思惑は見え見えだが、誘拐自体は良くある仕事だ。だいたいは身代金といって、連れ去った子供の身柄と引き換えに現金を得るんだ」


「はぁ、え? それはその子の自衛能力の欠如の問題では?」

「根本的な考え方が違った。だからまぁ、偉い人の子供は、その子供のレベルに関係なく狙われるわけだな。弱みとして」


「なるほど、弱点から攻める。基本ですね」

「で、相手は大権力だから本気で攻められても困る。相手としても子供は大事なので無事に取り戻したい。なので、お金のやり取りで子供を返し、見逃してもらう。そういう仕事だな」


「要は親が強いと、子供は身の丈に合わない自衛力を問われてしまい、親はその弱点の補強をお金で解決すると。有名税みたいなものですね」


「なんか違うがまぁ良い」

「今回はお金ではないですよね目的」


「そうだな。まぁ大権力同士の争いで、一枚のカードとして使いたいんだろう。その辺は俺らが首をつっこむことじゃない」


「はい。で、ええっと。学校、遠足とは?」

「タウンってのは特殊でな。子供は基本的に全員、まとめて教育を受けることができる。お前みたいに戦闘訓練はないが、数学やら識字やらの知識に関する部分だな」


「え、それは無料ですか」

「そうだ。何と無料だ」


「意味がわかりません。対価として労働を課せられたりは?」

「当然ない」

「なんですかそれ」


「いや正確には親が払っている。子供の負担にせず親が負担することで、より一層教育の時間を増やし、それによって成長したあと使える技能や知識をため込ませる。労働という余計な時間がない分、他よりも多くの事が学べるわけだな」


「効率的です」

「そうだな。何人もの人間が一生を賭して得た成果を、子供自身は対価を払わずに学ぶ事ができる。そして親としては投資にあたるかな」


「なるほど、理解しました」

「いやまぁ、何かあれだな。その辺は帰ってからゆっくり教えてやる。今は仕事に関わる事だけにしよう」


「はぁ、そうですね。確かに、今の説明聞いても仕事とは関係ない事だったようなので、要点だけお願いします」


「なんかイラッとしたがまぁいい」

 俺はルーに地図を見せつつ説明を開始する。


「ともかく、俺たちのターゲットは偉い人の弱点、ヒーフ君九才。この子が学校に向かっているところを襲撃して連れ去るのが目的だ。タウンというのは要塞みたいなもので、所々に警備兵がいる。当然今回侵入する下水にも巡回兵がいて、この表の通り巡回している。あとで説明するが、まずこれをやり過ごしたら次は護衛だ。ヒーフ君に自衛能力がないため、偉い人があてがった戦力だな。これを騒ぎにならないように倒し、ターゲットを奪取。あとは来た道を戻るだけ」


「なるほど」


「で、この巡回兵が厄介でな。人間じゃない」

「え、化け物ですか……?」


「違うが、まぁ似たようなものだ」

「なんと」


「第一に浮いている。風船のようにだ」

「そんなバカな」


「第二にこのリボルバーの上位種、しかも弾制限のない連射可能な武器を持っている」

「本気ですか?」


「第三に、こいつらは瞬時に他の化け物へメッセージを飛ばす事が出来る」

「本当に化け物だったんですね」


「そう、だから見つかるわけにはいかない」

「なるほど。って、そんなの相手にどうやってやり過ごすんですか」


「まぁ待て。ここが重要なところだ。こんなに化け物じみた巡回兵には更に第四の要素がある」

「更にあるんですか!?」


「うむ。第四に、こいつらは考えるということをしない木偶の坊で、基本的に巡回は決められた通りにしか動かない。しかも浮いているから、水に潜っていれば気付きもしないで素通りだ」


「……衝撃の事実ですね。なんでそんな馬鹿に、侵入されそうなところを任せてるんですか」


「まぁその代わり疲れ知らずで不平を一切言わない。しかも給料を出さなくて済む」


「それは大きいですね。いや、タウンの人たちも切実なんですね」

 ルーは一人、うんうんと頷いている。こいつは本当にわかっているんだろうか。


 いや、自分のこれまでの教育を信じよう。弟子は信用できないが、それは信用できるはずだ。


「で、次は護衛だな。警察という単語は覚えてるな?」

「あ、はい」


「警察っていうのは、俺らでいうところの自警団だな。兵はわかるだろ?」

「なるほど。兵は流石にわかります」


「タウンの自警団が持つ武装は、俺らでいう上級クラスの更に上だったりする」

「最悪ですね、それ」


「そう。だから自警団が出てくる前に撤収しなければ失敗となる」

「だから護衛を瞬時に倒さないとまずいわけですね」


「そういうことだ。幸いにも護衛が持ってる武装はたいしたことない。とても硬い棒っきれだ」

「そんなもんなんですか」


「タウン内部は治安維持のため、むしろ一般人に武器を持たせない方針なんだ」

「なんと。それじゃぁ出歩けないじゃないですか」


「いや、自警団が強力だから、よほどじゃないと捕まってしまうのさ。だから武器なしでも安心して出歩ける」

「ふむふむ。その隙を我々がつくわけですね」


「そういうことだ。じゃぁ概要を把握したら細かい部分をやるぞ」

「わかりました」

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