第2話

「朝ですよ師匠」

「起きてる起きてる」


 ドアを勢いよく開け、一人の少女が侵入してきた。赤い髪を後ろで結び、その結び目を動きに合わせて上下に揺らす、十四歳程度の小柄な少女だ。


「流石です師匠」

「何が流石なんだか」


 俺は横目にちらりとそちらを見ただけで手を動かしていた。

 部屋は六m四方程度。衣類ケースが一つ、作業机がひとつ、ベッドがひとつ、金庫がひとつしかない一室だ。そのうちの机に向かって、俺は武器の手入れを行っていた。


 今回、特にリボルバーを投げつけたせいでちょっとした整備が必要だった。フレームが曲がっていないかのチェックやら何やら。


 机の上にはそのための工具が並べられ、リボルバーの各種パーツが点在している。

 幸いバレルとフレームの接合部、シリンダピンも曲がっていなかった。


 この点は非常に心配だった。これらが曲がっていたら赤字どころでは済まなかったところだ。

 銃器は強力であるがゆえに、多くがエルフランの管轄である。


 彼らの兵になれば強力な武器と、衣食住が保障されるという利点から、多くの若者が彼らの元へ集っていた。まぁ掲げた自由、というのも良かったのだろう。


 一般で手に入れるにはコネと大金が必要で、もし壊れでもしたら、これまた大金が必要になる。

 弾薬関係も裏ルートのエルフランから更に裏ルートで流れてくるので、これまた大金が……。


 そんなわけで、取り上げられるわけにはいかないものの、昨日の策はなかなかに肝が冷える行為だったといえる。


「師匠も貧乏性ですね」

「寄りかかるなルー、重いぞ」

「やだな重くないですよ」

 少女、ルーは頬を膨らませて離れた。


 言いながら俺はフラスコから火薬をシリンダへと送り込む。


「あれ、なんでそれ二つもあるんですか?」

「ん? シリンダのことか。これはまぁ緊急用と、通常用かな」

「はぁ」


「火薬も高い。弾も高い。雷管も高い。ゆえに、いつもは仕事が入った時だけ火薬を入れる。入れっぱなしで湿気ったらいざという時にも困るしな。が、急に襲われた時や通常用を撃ち終わった時にもう一方を使う。こっちが湿気る可能性もあるが、ないよりマシだ」

「つまり予備ですね。相変わらず貧乏性です」


「おいルー、俺がこの予備シリンダを手にするためにどれだけの仕事をこなしたと思っている。お前では一生かかっても無理かもしれんぞ」


「やだな、だから師匠に色々教えてもらってるんじゃないですか」

「色々、ねぇ」

 シリンダを組み込み、鉛弾をローディングレバーでぐいぐいと押し込む。


 思い出すのは自分の小さかった頃の事。

 俺を拾ったシェットはお世辞にも良い親父というわけではなかった。


 自分の手足として信用でき、使える人材を得るために子供を拾った男。最悪なのは何人も拾って育てるだけの財力があった事だろう。


 便利屋シェットと言えばこの界隈で知らぬ者がいないほど腕が良かったせいだが、おかげさまで俺自身、身に付けたイロハでここまできている。


 シェットの教育方針は極端なスパルタで、要領の悪い奴は問答無用に切り捨てられる仕組みだった。


 そんな世界よりは、もうちょいマシな教育を、俺はこの子に与えられているのだろうか。


「どうしたんですか師匠、手が止まってますよ珍しい」

「いや、別に。そんな事よりお前、日課はこなしたんだろうな?」

「ばっちりです」

「嘘だろ」


「いきなり疑うとは酷い。師弟の信頼関係が問われていますよ」

「これも一種の信頼だよ。お前はやった試しがないからな。そしてやらないのなら師弟関係は解消だ。他の子と同じように他所で生きていけ」

「はい、やります」

「お好きにどうぞ」


 パーツを当てがい、ネジを回しながら後ろを見る。

 ルーはその場で伏せ、腕の力だけで身体を上下に動かしていた。


 筋力、持久力、柔軟性の鍛錬と基礎的な反復運動。技術的なことや、知識などは仕事のない日にやり、去る者は追わない。それが俺の示した教育方針だ。


「っと、ルー。走り込みのついでにこいつをクズ票にしてきてくれ」

 ベッドにかけてあったコートから銀色のプレートを二枚取り出し、ルーへと放った。


 ルーは器用に右手で二枚のプレートを受け取り、左腕で運動を続けながらそれを見る。


「ノーマル二枚からクズ十枚。また情報収集ですか」

「ああ、近々どうやら大きな仕事を任されそうなんでな」


「よし、連れて行ってください」

「うん、いいぞ」

「ですよねー。全くいつも師匠はケチなんだからって、えぇ?」


「こら、トレーニングは続ける」

「え、え、本当に連れて行ってくれるんですか?」

「まぁ情報収集次第だけどな」

「なんだー」


 なんだーとか言いながら嬉しそうに速度が増したあたり、こいつは単純過ぎて今後が心配になってくる奴だった。


 ルーは下積みだけならしっかりやってきた子だ。他の子は全員、きつい事を続けた上で、常にうまく立ち回らなければ命が続かない、という仕事を選びはしなかった。


 細かい仕事をさせてはいるし、そのうちいくつかは修羅場もあったはずだ。

 それでも独立しないあたりこの子の精神構造は謎だが。いずれにせよそろそろ大舞台や山場を迎えさせるべきだろう。


 乗り越えれば一人前。更にエルフランとのコネを得られる。まぁ流石に、危険度が高い仕事なら自宅待機だ。そのためにも、今日は情報収集にあてようと考えていた。


 エルフランは近いうちに何かやらかそうとしており、俺たちはそのための前準備をやらされる。

 エルフランと無関係で、腕のある人種を選ぶということは、前準備の中でも表だって動くタイプの依頼が回されるのだろう。


 そして、こういうものは時期をばらして動いているはずなので、それらはもう起きていると考えられる。一応情報はまわって来ているが、それを前提に洗いなおせば何かが見えてくる可能性があった。


「情報収集次第って事は、何か懸念の残る依頼ということですか?」

「そうなる。まだ具体的な内容は一切聞いてない」

「えぇ? なんですかそれ」

「こら、動きを止めない」


「ひぃ、続けます続けてます。でも、師匠が内容を聞く前に、大きい仕事と言うほどで、事前情報を収集しようなんて考えてるとなると、依頼主はよほど大きな組織とみました」


「ん、良い読みだな」

「やだな当然の事ですよ」

「なんかイラッとするが、まぁその通り。普通に考えればわかるレベルだ」

「ですよねー」


 ルーは言いながら姿勢を変え、仰向けになると足をベッドの下へと差し入れた。そしてそのまま上体を起こしては戻すを繰り返し始める。


「となると、この辺りでは屋敷の奴らかエルフランしかないですよね」

「いちいちこちらの様子を見ても反応しないぞ」

「やだな、私がそんな姑息な真似するはずないじゃないですか。なんたって師匠の弟子ですよ?」


「そりゃするな間違いなく」

「そうでした。そういう師匠でした」

 酷い事を言う弟子だった。


 そしてこの弟子、どうやら俺から情報を引き出すつもりらしい。まぁ隠すような事もないのだが、挑まれたからにはそれに応えるのが師匠の務めだろう。


「ばれたくない内容なら内々に処理しますよね。私が同行できるかもってことは、大きい仕事なのに危険性が薄い? 矛盾してますよこれ」

「こういう場合はどうする?」


「依頼主とその周辺状況から考えます」

「ということは?」

「クズ十枚も使って情報を集めるってことは、周囲に大きな影響力を持っているか、よほど大きな行動だと考えます。そんな事を考えそうなのはエルフランの方です」


「では結論を残り三十秒で出してみろ。三十、二十九、二十八……」


「ひぃ、いきなり過ぎる! ええっと、エルフランならたいていの事は自分たちで出来そうですが、敵対組織的に考えて、タウンでの行動が制限されます。で、大きな行動をする相手もタウンしかいないので、外注するような仕事といえばタウンでの活動だと考えます。危険性が少ないのは、大事の前の小事、という事だと思います!」


「ギリギリかな。ま、それが正解かどうかは確認してみないとわからないが、俺もそう思う」

「ぜぇはぁぜぇはぁ、いきなり酷いですよ師匠」


「はいはい、運動は止めない」

「鬼畜過ぎますよこの人」


「まったく、お前は相変わらず追いつめられないと発揮しないな」

「ひぃ、そんな加虐性たっぷりの目で見ないでください!」

 ルーは動きながら防御姿勢をとった。身をかばうように手をこちらに向けながら、上下に揺れている。運動をやめないあたり、この師弟関係も板についてきたという感じがする。


「まぁ、そんなわけで情報収集に行ってくる」

「あれ、票は?」

「前回の残りでまかなうさ。多分それでクズを使い果たすから、補充だよ」

「わかりました。では続けます」

「ああ、昼頃には戻る」



 自宅へ戻った頃には、既に日が暮れ始めていた。

 というのも、情報収集の途中でエルフランの連中から伝言を預かり、その指示に従った結果、裏道の先で例の男、ソルと再会。そこで一通り仕事内容を聞き、あれこれの確認と意見のすり合わせの後、契約を結んだ頃には、昼なんてとっくの昔に過ぎ去っていた、というわけだ。


「戻ったぞ」

 扉を開けると、ルーが居た。俺のベッドの上に。腹を出して寝ていた。


「お前は何やってんだ」

 俺は丸出しの腹にかかと落としを決めた。


「ぎゃー、何するんですか師匠!」


「こっちの台詞だ。まさか昼から寝ていたんじゃないだろうな」

「そんなわけないじゃないですか。いくらなんでも」


「じゃぁ何してたんだ」

「一通りメニューもこなして、票も両替してきて、今ここに至る私ですよ」

「いやそんなかかるわけないだろ」


「ばっちりかかります」

「嘘だろ」

「酷い。私の心は幾度となく師匠に傷つけられてばかりです」

「よし、俺は今から加虐性たっぷりな目でお前を見るぞ」


「はい嘘です。すみませんでした。トレーニングのあと師匠の帰りを待っていたら、ついウトウトと。師匠の匂いのせいです」

「どんな言い訳だ」


「ほら、昔師匠の背中で寝ちゃってたじゃないですか。だから師匠の匂いがするベッドに横になると、その頃の習慣のせいでつい。だから悪いのは師匠です」


「よし、わかった。ではこれより組打ちの稽古を行う」

「ひぃ。でも多分私寝ますよそれ!」

「どんな宣言だよ全く。とりあえず仕事の話をしてきた。お前も来ていいぞ」


 俺は馬鹿な掛け合いをとりやめ、コートを脱いで放り投げた。アホ弟子に背中を向け、短剣二本が吊られたベルトを外す。


「え、え、本当ですか師匠!」

「ああ、そうだよ。明後日の未明に決行する。出発は明日の夜だな」

「で、で、仕事内容は?」


「誘拐だ」


「へ?」

 背中側で何やら間抜けな声があがった。

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