ロスト

草詩

第1話

 ズズッと少し音を立て、熱い液体を口に含んだ。濃い苦みと強めの酸味が口内に広がり、一気に眠気を吹き飛ばしてくれる。仕事中にしか飲まない、いつもの不味い珈琲だった。


「効くねぇ」

 目の前の男が顔を歪めてコップを傾ける。


「まぁ、そのためだからな」

 軽く応えながら、俺は男を観察した。

 無精ひげを生やした、まだ若い男だ。多分二十代前半。


 足りない迫力を無精ひげでどうにかしようというのだろう。力が入り過ぎていて、動作の端々がぎこちない。先ほどから落ち着かず、しきりに珈琲を飲んでいた。


「そちらさん、随分慣れてる感じだけど、こういう仕事長いの?」

「さて、ね。力の抜きどころがわかる程度にはそうかも」

「若いのに大変だな。俺はガイルってんだ、宜しく」

「多いでしょう。少なくとも俺らのような奴は。シオンで通ってる」

「それは確かに」


 男、ガイルはまずい話題に触れた、とでも言いたげに苦い顔をして話を打ち切った。

 孤児なんて珍しくもないと思うのだが、彼にとっては違ったらしい。


 どうやらタウン的な生活をしている人種のようだ。

 ガイルが横を向いたので、こちらもそれとなく横を向く。

 現在、もうすぐ明け方に差し掛かるだろう頃合い。軽く空が白んできている。


 双子月が消えかかり、浮かび上がるようにして、黒いシルエットとなった遠くの山々が見えていた。


 ここは岩がちで、あまり見晴らしの良い場所ではなかった。ただ、キャラバンが休める休憩小屋が建っている事から、多くの人々がその道中でお世話になる場所となっている。


 今回参加したキャラバンは中規模。二十名弱で荷馬車を管理していた。

 その多くが今は就寝中で、起きている者は数名。全員武装している。

 つまるところ、俺も目の前の男も、そして周囲に散っている奴らも、このキャラバンの護衛ということだ。


 報酬自体は中の下だったが、正直依頼主がなっていない。

 ここ数日目にした限りでは、たいした武装を持っている人間は一人として居ないし、配置も何が狙いかわからない。


 なので現状、自主的に起きてまで警戒している。


「なぁあんた、今回の仕事についてどう思う?」

 俺は試しに目の前のガイルに訊いてみた。

 木箱に座り、珈琲を見つめているこの男も、実は何かを感じて起きているのかもしれない。


「んー? よくわからんが、明日には街に戻れるだろ。そうしたら後払い分の札も貰える」

「それで?」

「それでも何も、それが全てだろう。変なことをきくなぁ」


 駄目だなこいつ、と素直に思った。

 護衛の仕事は良くも悪くも命の危険があるから報酬があるのだ。自分の命がかかっている以上、頭を働かせる事を止めるなんて真似は、俺にはとてもじゃないができない話だ。


 行きはよいよい帰りは怖い、というのは、多くの場合帰りの方がさばきやすい現金に変わっているからだ。目をつけてからの動向で色々とあたりをつけられるというのもある。


「じゃぁ逆にきくけど、シオンはどう思うんだ?」

「まず人数が多すぎる」

「多い方が安心だろ」

「ある程度の武装を持った人間を立たせておけば相手は諦める。でもそういう奴らは高い。俺らのような低賃金をこれだけ揃えられるなら、普通そういうのを雇う」


「へ、へぇ。それって経験からわかるの?」

「まぁね。隊列が長いならともかく」

 俺は小屋の隣に停まっている荷馬車を顎で示した。その数二つ。

「あとローテーションを素人が組んでる」

「はぁ」


「配置と交代のタイミングがおかしい。だから俺は自分から起きてる。死にたくないしね」

「え、死にたくないって、そこまで、やばいのか……?」

「おいおい、マジに取るなよ。冗談だって」

「な、なんだよ。脅かすなよ」


 ガイルは安心したかのように、また不味い珈琲に口をつけて顔を歪めた。

 冗談ではなく本気である。そろそろ警戒すべき夜明けなのだ。

 と、白んだ空を背景に、動く影が一つ。


「おい、隠れるぞ」

「は?」

 ガイルの反応は待たない。


 俺はカップを放って、椅子代わりにしていた木箱の裏へと身を滑らせた。

 直後に風を裂く音が一つ、二つ、三つ。

 トスッという軽い音と、何かが震えるような音。軽いうめき声と倒れ込む音。


「ひぃぃ」

 ガイルはどうして良いのかわからないのか、その場に身を伏せていた。


「身を隠せ馬鹿。木箱の裏だ」

 一応声をかけてやってから状況確認。


 東側から弓による攻撃。

 現在、丁度あがってきた太陽によって視認不可能。


 まぁ直前に反応できたのは、警戒して常にそっちを見ていたというのがある。

 ここからでは見えないが、やられたのは歩哨一。多分東側に立っていた奴だろう。


 西側は身を隠し中。で、何をしたいのかわからん男が一人慌てているところ。


「敵襲!」

 西側の奴が叫んだ。

 まぁこれならそんなに心配する必要もあるまい。

 一番手の奇襲で一人しか仕留められずに終わるなら、夜盗崩れといったところか。


 丁度道がカーブしている内側に小屋がある配置だ。

 山から下がっている道なので、東の高台を取られた以上弓の独壇場である。反撃するには道をこえなければならず、その間は当然無防備だ。相手は交戦よりも、少人数で囲んでの脅し専門の奴らだろう。


「荷物と金品を差し出せば、命だけは助けてやるぞ!」

 東側からの声。まぁチェックメイトかな。


「おい、おいシオン。どうなるんだこれ」

「そんなに慌てんなって。雇い主様がお金を払っておしまいだよ」

「え、俺ら護衛じゃないのか?」


「護衛だけど、無能な雇い主様のために命張るのか?」

「そ、それはやだけど」

「なら大人しくしとけ。一人殺されて弓が高台にいる。これで抗戦しようってのが間違いさ」


「な、なるほど」

 怯えていたガイルは俺と同じく木箱に隠れていた。多少はこちらの言葉で安心したようだが、まだ腰が抜けている。


 あれなら位置的に命だけを優先して逃げる標的は追えない。

 当然はじめから荷物が目当てなので追う気もないのだろう。滞在の前後で何かを仕入れた事と、前より容量が少なくなっているのを確認されたというわけだ。


 そろそろうちの雇い主も起きたところかな、と思ったところで声があがる。


「断る。そちらがその気ならうちの護衛が相手になるさ」

 俺は耳を疑った。やばい、ここまで無能とは思わなかった。


「おいシオン。こ、断ったぞ。どうすんだ」

「ここまで無能なのは計算外だ」


 まいった。ここ数日の同行で、護衛能力やら管理能力やらで見切りをつけて、思考能力を放棄していたのは俺だったか。よもやこの戦力で戦う事を考えなければならないとは。


「た、戦うしかないのか」

 ガイルが腰を抜かしたまま斧を握りしめている。


「冗談だろ。矢が切れるのを祈るかな」

 さて相手はどう動くか。

 またも風切り音。


「これは警告だ。次断ったら命はないぞ」

「何度も言わせるな。お前の耳は飾りなのか?」

 東と西のやり取りは平行線。


 ああ、終わった。


「駄目だこりゃ。おいガイル、腹をくくれ」

「ああ、そんな」

「泣いても喚いてもしょうがないさ。雇い主がああいった以上、流石に無警戒に出たら弓に射られるだけだ。あっちも命が惜しい以上、脅威があるなら容赦しない」


 しかもここは位置的に小屋より敵側だ。弓の睨みで動くことも出来ず、一方的な展開になるだろう。西は俺たちを時間稼ぎに使うだろうし、助けは見込めない。


 稜線に敵が現れたらすぐわかるように、と思ったのが間違いだった。こうなったら。


「あー、夜盗さん夜盗さん。こんな雇い主のために命は捨てたくないので、投降したいんだが」

 力の限り声をあげてみた。


「護衛か」

「はい。中規模護衛でちょっとおいしかったんで欲を出したんですが、裏目に出ちまいました」


「おい。俺も、俺も投降するぞ!」

 斧を握ったままガイルも叫ぶ。いやお前はいいんだよ。


「よし、そこの奴ら。立って出てこい。ゆっくりだ」

 言われて立ち上がる。東側はまだ逆光でよく見えない。


「お、俺もだ。くそ、腰が……」

「いや、あんたはちょっと寝てろよ。悪いことにはならんさ」

「嫌だ。俺も行くんだ。置いてくなよ、なぁおい」

「悪いね。もう一人は腰が抜けて立てないみたいだ!」

 俺はすがってくるガイルを無視して歩みを進める。


「は、どうするんだい商人さん。あんたのご自慢の護衛が更に減ったぞ」

「なに、まだこっちには護衛が一ダースもいるさ」

 答える雇い主様の声色は全く変わらない。


 東の声は、うん、まだちょっと遠い。予想通り。

 これ以上距離を詰められていたらこの手は使えなかった。

 もう数歩、ゆっくりと進むと夜盗のリーダーと思われる人影が判別できた。

 少しやつれ、目が鋭い。乱暴に刈った短髪で無精ひげだ。


「よし、止まれ」

 ちょっと無視して進む。


「そこで止まれって、見えねぇのか」

「ああ、すみません。逆光でして。ようやく見えた」

「まぁそれを狙ったからな」

 夜盗のリーダーは少し得意気だった。


「さて、お金で雇われた護衛の皆さんは、こうして投降してくれりゃ手は出さない。命は保証すると約束するぞ」

 男が俺から視線を外し、西側へと呼び掛けた。


 その隙に弓手の位置を確認する。左前方の丘に二人。

 先ほどの攻撃は三つだったから、あと一人は居るはず。

 視線を走らせると、リーダーの脇に控える男が弓を持っていた。弓を外し、既に近接戦闘の構えだ。


「おいお前、護衛は全部で何人だ?」

「俺を除いて八人は居ます」

「一ダースはハッタリか」

「元は、という意味でしょう」

「よほど渡したくない荷と見える。何時まで持つかな」

 男はにやにやと楽しそうだ。


 とりあえず、こうなるともはや拘束され、武器その他の没収は免れまい。

 先ほどまでなら、荷物と商人様の懐だけで済んだだろうに、なんてこった。


 夜盗も低賃金の護衛も本質的に差は少ないため、彼らは護衛人の商売道具に手を出そうとしない。もちろん、状況が許せばの話だ。

 今回のようになるとそうもいかず、そしてそれは俺にとって困った事態だ。


「まぁあんた。悪いが一応武器は没収させてもらうぜ」

「ああ、構わない」

 俺は言われてコートを開く、そして腰に吊ってある大ぶりのダガーを左手に、もうひとつ鉄の塊を右手に引っ張り出した。


 俺は男がそれを認識する前に、右腕を弓手へと向けた。


「ああん? なんの真似だ。てめぇ――」

 右手で握ったそれの引き金を引く。

 硬い金属がぶつかり合う、鋭い手応えの直後、乾いた音と強い衝撃。右手は煙で満たされた。


 撃ち出された弾丸はまっすぐに手前に居た弓手の胸を貫く。

 それを確認するよりも早く、右手の銃をリーダーへと投げつけ、左手に持った短剣を即座に右へ。一歩踏み出し、鉄塊の衝撃から立ち直る前にリーダーを左手で掴み寄せる。


 抵抗しようとするので一旦手を放し、自らの反動で体勢を崩したリーダーを、更に一歩踏み出して後ろから押さえ込んだ。

 あとは右手の短剣をリーダーの首元へ置いて出来上がり。


「が、てめぇ!」

「はい、崖上の弓手さん。撃つと君たちのリーダーが死んじゃうね」

「てめぇ、銃なんて何処で手に入れやがった」

「はぁ、本当は使いたくなかったんだけどね。弾代に火薬と雷管代、赤字になりかねない」


「くそ、てめぇみてぇな若造に」

「はいはい、御託は良いから、部下をまとめてねっと」

 悔しそうに睨んでくるので、後ろから膝蹴りを入れておく。

「とりあえずあんたらは武器を捨てな」


「頭ぁ、俺らどうすれば」

 状況は五分五分。

 向こうがリーダーの命を気にせず行動すれば、現状こちらの戦力が立て直していないため負けかねない。弓手が止まっている間にこちらの護衛たちが動くことを願う。


「取引だ小僧。兵を一旦引かせるから、俺の身柄だけで勘弁してくれ」

「頭の回転が速くて助かる。ある程度距離を行って安全とわかったら解放、それで良いか?」


「おいおい、舐めないで欲しい。距離は五百メートルだ」

「ダメだ。荷馬車の鈍足じゃ追いつかれかねない。二㎞はもらおう」

「一㎞」

「1.5」


「良いだろう」

「良い取引だった」

「おいおめぇら、兵を引け。俺が無事に戻るまで動くな。いいな?」

 リーダーの指示がとぶと、弓に手を置いたままだった崖上の一人が構えをといた。


 一番距離の近かった、弓を背負った男が頷く。

「そこのお前が副リーダーか?」

 俺は弓を背負い、今まさに剣を鞘へと戻した男へ声をかけた。


「そうだ」

「あんたら、小規模のキャラバン相手の脅し専門なんだろ? 悪い事は言わないから、距離を置いてついてくるなんて真似はするなよ?」

 言うと、押さえ込んでいたリーダーが舌打ちをした。


「お見通しかよ全く、くえねぇ小僧だ」

「そりゃどうも。これでも何でも屋のシオンって名で通ってるんでね」


「……シェットのせがれか」

「知ってるなら話は早い」

「わかった。なら中立を信条とするお前を信じよう。ってことだレイ、こちらの旦那相手には分が悪い。撃たれたゴルドには悪いが、今回は諦めようぜ」


「わかりました頭。どうかご無事で」

 それを合図に夜盗どもは引きあげていった。


「解放までは宜しく頼むぞシオンの旦那」

「ああ、それは構わない。中立を信条とする、何でも屋シオン。取引にのっとり、解放まであんたの命を預かろう」

「いや解放してすぐ撃たれてもかなわんから、やっぱり見えなくなるまでにしてくれ」

「はは、違いない。あんたの名は?」

「ミゼットだ」



 夜盗のリーダー、ミゼットを後ろ手に縛ってから陣営に戻ると、陣営は既に出発準備を終えているようだった。荷車と馬が繋がれ、全員がすぐ動けるようになっていた。


「ああ、あんた。シオンさん、凄かったな!」

 早速ガイルが走り寄って来た。


「いや普通だろ」

「俺、感動しちまったよ」

 どうしようこいつ。俺はなんて返せばいいのか思案する。


「何でも屋シオン、ちょっと小屋までこい!」

 答える前に呼び出しがかかった。

 報酬の話だろうか、何にせよタイミングばっちりだ。俺はガイルに一言断り、小屋へと向かった。


 小屋へ入ると、中はまだ薄暗かった。見ると窓の木戸は閉じられたままで、そこから漏れる朝日だけが唯一の光源となっている。外との差に目が慣れるまで少しかかった。


「こっちに来て座れ」

 部屋の中には簡素なベッドが二組に、机が一つ。椅子が三脚並んでいた。

 そのうち一つに跨り、机越しにこちらを見ていたのは、我らが雇い主様だった。


 俺は言われるまま、向かい合うようにして座る。

 部屋には商人様以外にも護衛だろうか、体格の良い男が一人いた。

 そいつは常に商人様と一緒に行動していた覚えがある。多分商人様の右腕なのだろう。


 あまり接触の機会がなかったため詳しくは知らなかったが、いつもフードをかぶっていて、めったに前にでないという印象にあった。

 それと、俺の後ろには夜盗のリーダーであるミゼットもついてきていた。


「まず働きは見事だった」

「は、ありがとうございます」

「投降すると言い出した時は殺そうかと思ったぞ」

「はぁ、そりゃ殺されなくて良かった」


「で、だ。何故夜盗のリーダーを生かしたままなんだ?」

 商人様はたるんだ顔で、ミゼットへと凄む。


「身柄の安全と引き換えに兵を引かせたからです」

「リーダーを押さえた時点で勝ちも同然だったろう」


「はい。護衛が全員瞬時に動き、弓が戸惑っている間に距離を詰めていればそうなっていたでしょう。しかし立ち直りは敵の方が早かった。よってキャラバンの安全を考え、敵が動く前に彼と取引をしました。身柄を押さえていた私は無事でも、そうなっていたらキャラバンは落ちていたでしょう」


「では、もうそいつは殺してしまって構わんのではないかね」

「取引は彼を解放し、見えなくなるまでの命の保障です」

「そんなもの、破ってしまえばいい」


「取引は信用が第一。それは商人様が一番知っていることでは?」

 変だな。いくら戦闘関係に無能だとしても、ここまでのキャラバンを率いている以上、それなりに商人としての腕前はあるはずだが。


 そこで商人の後ろに立つ男と目があった。その目は半分笑っている。

 なるほど、そういうことか。


「失礼。どうやら私は雇い主を勘違いしていたらしい」

「な、何を言っているんだ」

 商人が酷く慌て、一瞬だけ後ろの男に視線を飛ばす。

 俺は商人に構わず続けようとしたが、その前に後ろの男が口を開いた。


「合格だ何でも屋シオン」

「し、しかしソルさん」

「十分だろう。もうその下手な演技は止めて良いぞルイス」

「は、はぁ」


 どうやら商人役をやっていた男はルイスというらしい。

 言われてソルと呼ばれた護衛の男と、ルイスというたるんだ商人は場所を交代した。


 ソルはフードを取ると、唇の端を上げ、楽しそうに話しかけて来た。

 左頬から口にかけて大きな傷跡があり、友好的に笑いかけられても迫力があった。


「まずは試してすまないと言っておこうシオン君」

「いえ、何かおかしいとは思っていました」

「その若さでそこまでとは、流石といったところか」

「俺を知ってるんで?」


「何でも屋シオン。推定十七歳、姓はなし。孤児だったが便利屋のシェットに拾われて育つ。前線投入は7つの時か。得物はダガーによる格闘術。パーカッションリボルバーの購入履歴が一つ。弾薬が二百、黒色火薬は三百発分。予備弾倉一つ。相当買いこんでいるようだな」


 俺は一瞬黙り、きつめにソルという男を睨んだ。

 ここまで情報が漏れているというのは驚きだったが、同時に詳細な購入履歴を洗える立場といえば、心当たりは一つしかなかった。


「あんたら、エルフランの連中か」

「もちろんだ。しかし、そちらの夜盗の方は運が良い。あのままうまく襲えていたら、エルフランの伏兵が殲滅する予定だった」

「……そりゃ、シオンの旦那に感謝しねぇとな」


 エルフランと言えば、この辺の者なら逆らっちゃいけない、というか逆らう発想も抱かない相手である。俺たちの住む街を取り仕切り、弾薬や銃器を管理し、果ては食糧や衣服までも流通を押さえている組織。簡単にいえば我らの街はエルフランの街なのだ。


「その、エルフランさんが一体何をしてるんだ?」

 なんとなくきな臭い匂いがしてきた。こうなると地を出して警戒するしかない。


「荷物の運搬だよ」

「私兵を使えばいいだろう。いつものルートもある。なんでわざわざ、こんな一般商人が通るルートで、護衛なんか雇って」

 そこまで言って背筋が寒くなった。


「あー、要はあれか。タウンに知られたくなく、大規模で動いて警戒されるわけにもいかない代物を、運んでいるのか。このキャラバンは」


 男が口笛を吹いた。当たりらしい。

「最悪だな」

 思わず口に出していた。


 エルフランは兵力を持ち、武器を持つ。その目的は治安維持だけではない。彼らには敵対組織が居るのだ。その組織は俗にタウンと呼ばれる存在で、向こうは俺たちの住む街を貧困街と称している。いや、事実そうなのだろう。


 もともとタウンの外壁が崩落し、流れ出た貧民たちが集ったのが今の俺たちが住む土地だ。今でこそ規模はタウンに匹敵するレベルで大きくなったが、もとはタウン側が保護すべき対象として見ていたほどのちっぽけな存在だったのだ。


 そしてその保護、はまだ続いている。


 どれだけ大きくなろうとも生産力が低い俺たちは、タウン側からの配給を頼りに生活している部分がある。というか、向こうとしても俺たちを自由にさせないために生産力を封じ、配給という形で縛っている、という方が正しい。


 その縛りに反抗しようと組織されたのがエルフラン。


 あくまでもタウンにとっては非合法で、ごく一部の反乱分子に過ぎないが、貧困街の七割は既にエルフランの管理下である。その彼らが警戒する相手は、当然タウンしかいない。


「で、俺らを試験した理由は?」

「その前にいくつか聞きたいことがある。シオン君、君は気づいていながら進言しなかったようだが、何故だ?」


「賃金の問題だ。そこまでする義理のない値段だったし、キャラバンの規模的に襲ってくるならやり慣れた人種だろうから、必要以上に護衛に手を出すことはないと判断したまで」

「と言うと?」


「お互い命は惜しいし、要らぬ恨みを買っては生きていけないってことさ」

「なるほど。では君の質問に答えよう。我々はこの度、少し大きな動きをしようとしていてね。そこで、手足となってくれる優秀な人材を探しているのだよ」


「エルフランの仕業とわかっちゃ困る仕事か」

「その通り。それと、君は仕事の性質上、中立を守るというのは本当かね?」


「ああ、それは当然だ。時には対立勢力の間をいったり来たりするからな。仕事に関することで得た情報は秘匿する。それを使った商売もしない。だから一層、さっきも言った取引内容や条件に関しては譲らない」

「いいだろう。ここでは何なので、この仕事が終わったらまた連絡を入れる」

「わかった。で、こちらは取引通りあとで解放しても良いのか?」


「構わん。だが、我々の事を口外したらどうなるか、わかっておけ」

 ソルはミゼットに対して睨みをきかせた。


 やはり、先ほどの笑顔よりも、こっちの方が性にあっているのだろう。

 ソルの睨みは直接向けられていない俺でさえ、鳥肌がたつほどの凄みがあった。

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