第10話 カリスマ健司とカワハギ
「この魚、かわいいよな~ファイティングニモのクマノミだよ~。めんこいな~。」
今年46歳。「二十年以上長距離運転手をしてるから、出会いがなくて婚期が遅れた。」と言い訳する宮原健司は、目を細めた。
長身、細身、薄毛隠しのキャップ。
よくいる俺。
「ほんとうに、かわいいよな~」を連発して明美にちかづくと、明美は肩が触れると嫌な顔をして睨んだ。
健司はその表情を見逃さなかった。
(カワハギ、ソウハギ、ウスバハギ、逆立ちカワハギ)
水槽には小さなクマノミが二匹泳いでいた。
楽しそうにこっちを見ていた。
二人の出会いはある日突然、リサイクルセンターの工場だった。
大手家電店からテレビを数台、大型トラックで運んだ時だ。
トラックをバッグさせながら、窓を開けて、のぞくと「お~けんじぃ~」と呼ぶ声がした。
「おっ」
そこにいたのは、白髪とカラーブリチが混雑した友人だった。
小太りになっていて、一瞬、誰だかわからなかった。
しかし、面影はある。
ボロボロの歯と、笑うと下がる目じりが当時のままだ。
「元気だったか?」
「おまえこそ」
「ここにいんの?」
「おぅ」
大きなリサイクル工場だった。
トラックが何台も、受付を済ませて中に入る。
中はスクラップの山で、溢れていた。
友人はひと昔前は、もて男だった。
健司だってま~ま~だ。
あれから30年たっても、よくみるとぉ~昔のまま。
友は、鼻毛に白いものが混じりながら嬉しそうに話した。
汚れた作業服はお互い様だ。
「ところで、健司は結婚したのか?」
「いや、まだ。お前は?」
「俺はバツイチ。いま二番目の奥さんと子供がいるよ」
「そう」
「うんだ。いろいろだ。」
友は笑いながら頭をかいた。
作業服は、お互いに汚れていたけど、彼の方がひどい状態だった。
首の後ろ襟が破けていた。
なにか、事情がありそうな、声のトーンに、健司は話を変えた。
いつも話す、ご挨拶言葉。
「誰か?彼女?紹介してくれる?」
たいていこういったことを話しても、高校生じゃあるまいし、紹介してくれる友はいなかった。
しかし彼は違った。
「おう。いいよ。いま紹介するわ」
「ほぉ?」
「おう。いま。」
「いま?」今は、勘弁してほしかった。けど、友達に言った手前、断りにくい。
「あ~。今は、荷物積んでるし。」
「じゃ。帰り寄りな。おれ、そこの事務所にいるから」
指さした先は、自転車のチューブやワイヤーが積まれた小さな箱型コンテナだった。
「わかった」
返事したものの、ビミョーだ。
けど、春が近づくこの季節になると、ちょっと、ワクワク気分になる。冒険心もすこしだけ芽生える。
高校生に戻ってふざけてみるのもいいかもしれない。
鉄くず、家電、自転車、原型のとどめない鉄の山、乱雑だけど、同じ種類のものが置かれていた。
普段は長距離運転手をしている。
いまは、トラックの整備中。知り合いの会社に頼まれて、トラックが地元に来るまでの間、こずかい稼ぎをしてる。
健司は彼女を紹介してくれるという。思ってもない出来事に動揺しながらも、てきぱきと荷物を下ろした。
洗濯機、テレビ、ワープロ、電気配線。電気屋からの依頼の品々だ。
ゴロン、ゴロン、買った当時は高価だったんだろうな~家庭の中で活躍していた家電たちが、墓場に運ばれてくる。
家電に貼られた「ビックリマンチョコのシール」が、活躍した日々を思い起こさせる。
ここは墓場。
けど、終わりではない。使えるものは外されて、第二の人生のスタートの場である。
鉄くず、配線、アイシーチップ。アルミ。
どこで、どうやって使うのか?知らないが、麻袋に入れられ仕分けられる。
「終わったか?」
「あ~あ~。」
友人は、缶コーヒーをくれた。
冷たい缶の口に、鉄の屑があった。
ざらついた鉄くずを、冷えた水滴でまとめる。
缶の口を開けて一気に流しこんだ。
友は笑い。
「ついてこい」と話す。
健司は彼のあとを歩いた。
まるで、薄暗い売春宿にでも連れていかれるかのような気分だ。
(やっぱ、ことわるか)という気持ちにもなる。
複雑一直線だ。
鉄くずの並ぶ、細い道を迷路のように進む。すると、コンテナ事務所があった。
薄暗い事務所に彼女はいた。
一瞬、「こわっ」と、声が出た。
スターウォーズの映画に出てくる廃品回収所の爬虫類に遭遇したようだ。
髪の長い、顔の長い、口元がとんがった。消して美人ではない。ちょっと、こわっ顔の女がいた。
「うっす」と健司は頭を下げる。
彼女と目と目があったが、はっきりと、彼女は目を伏せた。
友人が、ニヤけた顔をして話した。
「近藤明美さんです。」
名前をつげると、彼女は赤面した。
そして、立ち上がった。
「・・・。」直立不動に。
定規で90度、彼女は頭を下げた。
年齢は同じくらいだろうか?
グリーン色の制服が似合っていた。ただそれだけ。
健司は困った。
昔の俺だったら、軽く「ね~ちゃん、デートしょう」と話したはずだ。
そういう昔の俺に、友は期待していた。
それが完全にわかる。
視線は「はやく。なんか、言え!」と話してた。
「す~っ」隙間のある前歯から息がもれた。
健司は意を決して落ち着いて話した。
「お姉ちゃん。ゴールディンウィーク?ひま?・・よかったら、俺と、水族館でも、行かない?」
健司は(言っちゃった)と、後悔した。
すると彼女は「ハイ」と小さく返事をした。
(ちょっとぉ。まってぇ、心の準備が・・・・。)
ナンパが決まるのは20年以来。
「え!いいの!」
「・・・。はい」
「マジ?」
「・・・。はい」
「ふざけてない?」
「・・・いいえ」
「え?・・今日会ったばっかりだよ?」
「・・・・はい」
と、いうことで商談成立になった。
これには、さすがに健司も動揺した。
携帯番号の交換をしたあとに、友に興奮しながら話した。
「あの子?おかしいの?」
「いや、なんにも・・。」
「大丈夫?」
「あ~たぶん。」
「そう~」
「どうせ、付き合うとか、本格的に思ってないでしょ。お互い」
「だな。」
「そう。彼女、身が固いから、しかも彼氏歴なしだし」
「真面目か?」
「お局様さ」
「わかった。」
「ま~頑張れ!これもなにかの縁さ」
「ほぅ」
こんなんで、始まった。
あの日、あの時、あの場所で、の・出会いだった。
帰ってから顔もよく見ていないことに、気が付いた。
仕方がないこともある。
この年になると、孫までいる友もいる。
バツイチでも一度は結婚したいもんだとも思う。
しかし、現実は、あきらめていた。
長距離運転の仕事が始まると、トラックと健司は一体化。
リアル「トランスフォーマー」だ。
年中、日本一周する。
北海道の札幌からスタートして、荷物を積んで、苫小牧からフェリーへ乗る。
仙台、東京、大阪、四国、北上して荷物を積みなおし再び、北海道。
荷物は空になることはない。
北海道からアイスクリームを運び、仙台からは野菜。冷凍品もあり、お花のときもある。ハム、チーズ、大根、肉、ヨーグルト。
つねに車の荷物は変わり、日本中の市場を走る。
トラックの中は、冷凍車になったり、ならなかったり、トラックも忙しいけど、健司も、忙しかった。
気温の差もある。
トラックの中には着替えが入ってある。
小さなお昼寝布団と、一週間分の着替え。風呂道具。
中には、運転席の隣に、机を作ってパソコンをしている運転手もいる。
ここは自宅。
年中暮らす場所。
だから、家に帰ることはなかった。
実家には73歳になる母が一人で暮らしていた。
独身の健司を心配していた。
「長距離乗っていると、しゃ~ないでしょう」の口癖の健司。
年々髪は薄くなり、仲間に「まだ?髪あるのか?」と、からかわれ帽子を脱いで、自分から河童ハゲを見せた。
女と付き合うのはこりごりと思ってた。
傷がいえたのはここ最近。
昔、付き合っていた女の借金がなくなり10年目のことだった。
最後に付き合った女は、健司に借金を残し、嫁にいった。
今思うと、男は盛りがつく最強の年頃は、判断能力も低下する。
騙されているのにも気が付かず、いいカモになっている。
車も売って、働いたお金をかき集め渡し、それでも足りないと借金をして金を工面して捨てられた。
高い娼婦との付き合いだった。
男は騙されているのも気が付かずに、うそを信じ込む。
「父がガンになった」「母も・・。」
女の涙に弱かった。
すぐに泣く女はあやしいとも、知らずに。
いつもきれいに化粧して、男受けする、妖艶な服装、朝になると子供のような表情とよれたスエットのギャップが、男心をくすぐる。
部屋の中は汚くとも、目ばっかりいじっていても、気がつかない。
若さと肉体の魅力に吸い寄せられる。
そして健司が運んだお金の行方は、隠れ彼氏とのパチンコだった。
気がついたときの借金は、300万円を超えていた。
攻めるたび泣く彼女。
働かないとならない健司。
巻き上げたお金で彼女は着飾り、そして、身なりのきれいな男に貢いていた。
逃げる蝶を引き留めるお金も、精神力もなかった。
美しい妖艶な蝶は、本当は毒グモで、知らずに見えない糸に引っかかっていただけだった。
20代後半から、ずっと、ただ何も考えずに働いた。
思い出すのは懐かしい高校時代。
いまでは考えたらないが、当時はバイクで仲間と遊んでいた。
暴走族とは違う。
バイク好きの仲間が集まり、ツーリングや、彼女を連れてデート。
高校時代に付き合ってた彼女は、かわいかった。
17歳。
彼女をバイクに乗せて、水族館へ行った楽しい思い出がよみがえる。
細い彼女の指が、健司のお腹にしがみつく。
わざとバイクを倒し走る。
(海辺にバイクをと~め~てぇ~♪いっしゅん~マジにおまえ~をぉ~♪抱いたぁ~♪ふぅ~んんん。ラブリナイトォ~)
イヤイヤ違う。
(おいでカモンカモンカモン暗い目をして~♪走りだそうぜ~♪カモ~ンンン、カモン♪)
楽しかった。春の日の水族館。
あの日を思い出し生きてきた。
当時の彼女に未練はない。
女は怖い。
つぶらな瞳のカマトトぶっていた彼女は、いつの間にか、他校の男と付き合っていた。
雪が解ける3月に、「春なのに・・・」振られた。
いろいろ思い出すのは、久しぶりのデートだからだろう。
思いがけない数十年目のデートの約束の日が、いよいよきた。
昨日は、まる一日かけて、洗車場で車を磨いた。
普段、自家用車を乗ることはないので、型式古いクラウンを乗っている。
80年代が大好きだからだ。
ワックスは欠かさない。
香水は20年以上前から、エアースペンサーのレモン。
足回りや車内など、たっぷり時間をかけて洗う。
男というものは、意外と神経質なものなのだ。
ピカピカの車だと安心する。
(水族館か~。久しぶりのデートだな~。)
車の中はきれいだけど、着ていく服は、昔の「JUN]の黒のトレーナーと、ジーパンだ。意外ときれいなので、よく見ないと古さを感じない。
髪と車が綺麗ならよかった。
明美は、待ち合わせ場所に、ソロソロ細い体を隠すように現れた。
明るいところでみると、思った以上に顔が細長かった。
だが、そんなのは、どうでもよかった。
健司はデートをしたかったのである。
ワクワクする水族館に誰かと行きたかったのだ。
「おはようございます」と、健司が車から降り、彼女に話した。
「あ・・・・?はい。おは、おはようございます」
明美はオドオドしたように落ち着かない目の動きで話した。
まっすぐ人の目を見れないようだ。
オドオド、イソイソ。
車に乗り込むと「ハハハハイ。」と首を縦に振った。
「シートベルト。つけてください」
健司の声で、さらに首を縦にふり返事をした。
車はいよいよ発進。
景色が変わる。
FMラジオからは、明るい声の女性が何度も「ドライブ日和になりそうです~」と話した。
軽やかな外国のポップスが流れ、休日らしさを演出した。
話すのは健司ばかり。
明美は「は~。は~ソッ。」と合図をうつだけで、話がドンずまり気味だった。
車から見える景色は、街の中から離れ、海が右手に見える。
むかしと、変わらない緩いカーブ。
朝日に照らされた海は、キラキラしていた。
20年前の面影残す、古い商店のあと。
色あせた看板。
あの頃のことが走馬灯のように思い出される。
前に走る友達のバイク。
後ろから走る健司。
彼女を乗せた日。
男の友達だけで行った日。
バイクの音。
ツーサイクルのオイルのにおい。
スケベな女の話。
本当は悪だった元カノ。
新聞配達とスーパーを掛け持ちで、稼いだ膨らんだ財布。
車を走らせ、水族館へ近づくほどに、思い出の幕が開く。
水族館へ着くと、健司の心は、感動でいっぱいになっていた。
20年以上来ていないのに、水族館入り口のイルカの置物は、そのまま。
塗装はしているんだろうけど、当時のまま。
車から降り、高台を目指し歩くごとに、「あ~なつかし~いぃ~」を連呼していた。
気が付くと、しばらく入り口のタコ君の像を見ていた。
「あ!まずい」と思ったのは「タコ君の前でチーズ」と、写真を撮り始めた家族連れが来たからだ。
明美はタコの像の後ろに隠れていた。
「ごめん。行きましょうか」
「はい」
「・・・こんな、日差しの中にいたら肌がやける・・」と、明美が話した気がした。
健司は空耳?と思い返事は、しなかった。
券売り場は、長蛇の列。
若いカップルは人目もはばからず、指を絡めている。
なかには腰に手を回して意味深な目で見つめあっているのもいる。
付き合いが浅いのか?距離を置いて歩くカップル。
なにか別の世界へ飛んでいる者までいる。
売り場まで来ると小さな宝くじ売り場のようなところから、女性が話す。
「何名様ですか?」
「大人、ふたり」
「はい」
健司の声は震えていた。
久しぶりに二名と話した。
いつも、どこへ行っても一名様なのに。
「2600円です」
「はい」
厚い財布の札入れから三枚千円札を取り出した。
払い終わると健司はパンフレットを明美に渡した。
一瞬「おごられた」という声を聞いた?気がした。
健司は、並んでいるときからテンションが高くなりつつあった。
いつもはお一人様なのに、今日は相手がいる。
正式に付き合ってないにせよ、他人から見たら、カップルか?夫婦にみえるだろう。
よくいる当たり前の普通の人たちに、なれたようで、嬉しかった。
しかも、支払いを終えた後に、パンフを彼女に手渡すのだ。
普通に見えることが何をしても楽しい。
混みあう入り口には、歴代のトド君が剥製が、お出迎えしてた。
人の波が、水族館の案内に従って進んでいく。
流されそうになる明美の細い腕を掴んだ。
とっさに、明美が前かがみで倒れそうに見えたからである。
彼女のひとえの目が、力一杯、見開いて、健司を睨んだ。
「ごめん。たおれそうだったから」
「ふぅうううううん」明美の鼻の穴が、馬太郎になった。
「・・。」
「すぐには倒れません」
「?」
顔の長い明美を、通り過ぎる若い男が笑っていた。
「・・。」
彼女はついでに、その男の顔もにらんだ。
パノラマ水槽の前にいくと、なぜか?抱き合うカップルがいた。
いまの時代。人、それぞれ。
健司も明美のそのそれぞれの一組。
二人は、魚の説明文を読み、水槽を眺め、「ハイ次。」と、移動した。
魚の説明、見る、移動。
この繰り返しで、話すタイミングがなかった、。
健司はチャンスをうかがっていた。
なにも話さないのは、ふたりで、来た意味がない気がする。
そこで「クマノミ」にたどり着いたのである。
「映画?ファイティングニモって?わかるか~い?めんこいな~。」
(よし。彼女を呼んでこようっと)
明美に駆け寄ると、彼女は、ある水槽を眺めていた。
すごく寂しそうな表情で見つめていた。
見ていた水槽には、すっとんきょんな魚、カワハギが住んでいた。
目は絵で描いたように「シロ、マル、テン。」
口はあごの下についていて「なんだ!文句あっかぁ!」の顔をしている。
健司は驚きのあまりに、ショックで、声がでなかった。
カワハギの人間バージョン。
そう呼んでも通じる明美。
周りにいる若いカップルは、こっそり笑っていた。
人間は海の生き物から進化をとげているという。
たしかに、明美をみるとうなずける。
しかし、笑ってはいけない。
明美は健司に近づいてきた。
真剣な表情で、目をそらさずに話した。
「私、カワハギに、似てますよね」
言葉、詰まる。(by健司)
「そうですね」とは言えない。
一瞬の動揺を見逃さなかった明美は、はっきりとした口調で話した。
「似ているから、何も言えないんでしょう」
健司は、明美の正面切った言い方に、つい声を高らかに話した。
「たとえ似てたところで、どうなの?」
「俺だって、見てみ~ハゲ隠しに帽子手放せないし、どんな見かけきれいな女だって、あいさつ出来ない。人を思いやる気持ちが欠ける女なんか、最低だと思うっぺ!つねにハートさ」
明美の顔からみるみる剣が、取れてくるのがわかる。
「クマノミ、カワハギ、イソギンチャク」
「次は、海獣公園でもいきますか?」
「・・・・。」
明美の目は、引きつりながらも、笑顔を引き出そうとゆがんだ。
「あんた。意外としっかりしてんだね」独り言を話した気がしたが・。わからん。
いまどき珍しい先のとがった青のヒール。
ミニスカートからみえる、細いお右脚足。
細かいソバージュの髪は、ときどき顔を隠すアイテム。
後ろ美人。正面。ドキリ。
紺色のブレザーの肩パット、80年代流行のクレージュの肩掛け巾着。
明美の顔から笑顔がこぼれた。
同様に健司もまた笑顔が連鎖した。
通り過ぎる40代後半の女性は「なんか・・。懐かしい香りがする~二人だわ。みて、みて。パパぁ?」と、二人を指さした。
「わたし、まさか?80年代にタイムスリップした?」と叫んだ。
中年になると、声もデカくなるようだ。
連れの夫は指を口に当てて顔をしかめた。
二人は歩き出した。
健司は、振り返り、「クマノミ」に手を振った。
「サンキュ~」
それを見た貝細工売り場の野口さんが、目を細め笑った。
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