第9話 ゴマフアザラシの権太とごん吉


(お前には負けられない)

ゴマフアザラシの権太は、同じゴマフアザラシのゴマ蔵を睨んだ。

(気に入らないヤロ~だ)

ずっと前から気に入らなかった。

お客の子供が黄色いバケツに、お魚を持ってくると、俺らのお仕事ははじまる。

前びれでおなかをたたいて、「ちょうだ~い!お魚~!」のポーズをする。

そのかわいいしぐさに、お客たちは一杯300円の餌の魚を買い、投げてくれる。

小さなホッケが宙に舞い、太陽の光で、光るお魚のうろこ。

「君がかわいいから~あげるよ~♪ハイ!ご褒美~♪」

眩しい太陽の光に目を細めながら、大きな口を開けてバクリにならずぅ~ぅ。

食べようとしたところで、ゴマ蔵が現れ、まんまと餌を横取りする。

(あの野郎~芸もできないくせに・・・、横取りしやがってバオウ~ぅ)

権太は、黒目を大きく開いて、目ちからで怒りをあらわにした。

ゴマ蔵の奴は、おまけに、食べ終わると涼しい顔をして寝ころんだ。



怪獣広場はあざらしと、トド、ぺんぎんたちの広場だ。

海とつながる野外水族館。

浅い海水プールには岩の上に、ゴマフアザラシがゴロゴロいる。

聞こえてくるのは、あちこちで泣く野太い声。


「ごぉ~ごこぉ~」怖い声がBGM.

アイスクリームが売っているような、可愛らしいワゴンの中に、一杯300円の餌バケツが売っている。

大きな魚はトド用。

小さな魚はゴマフアザラシ用。

黄色いライフジャケットを着た兄さんが、「いらっしゃ~い」と、話しているよ。

「一つくださいな」

「はい。どうぞ。すきなバケツを選んでください」

「これ」

「ゴマ用ね」

「うん」

小さなこどもが、餌入りの黄色いバケツを受け取ると、キョロキョロあたりを見わたす。

(だれに~あげようかな~?)

キラリ。

その目線の先は、かわいいゴマフアザラシの権太。

母親も、寝てばかりのデカいゴマフアザラシ達には目もくれない。

そう、ここからが、権太のお仕事だ。

一杯300円のバケツが売れると、ゴマフアザラシの権太の仕事が始まる。

海水をたたいておねだりするのだ。

「くれくれ。パンパン、バシャバシャ!」

海水をたたくと、水がバシャバシャなる。

ついでに声も出して催促。

「ゴーゴー」

デブ,ゴマフアザラシのなかで、体の小さな権太は人気だった。

人は黒目が大きく、体が小さいものに、惹かれる傾向にある。

餌をあげたくなるのだ。

だが、可愛らしい見かけとは裏腹に、泣き吠えは、熟練の坊さんか、

八百屋のおっちゃんか、もしくは、酒焼けしたスナックママといったところだ。

あんまり声を出し続けると、嫌われた。

なかでも、体のおおきいデブ・ゴマフアザラシは、とくに、嫌われていた。

岩のうえに寝ころぶ姿は、どうしょうもないグウタラ怠け者だ。

そんなデブには、餌もあたらない。

人間の心情とは、そういうものだ。

これ以上、デブを加速したくない。

しかし、デブは食べることが生きがいだ。

薄目をあけて寝るふりをして、

働き者の権太が餌にありつくと、横から奪う。

デブは人のものを奪うことは天才的だった。

昔から、ゴマフアザラシの社会では、稼がせるものに働かせて、おこぼれをいただく「横取り班」がいた。

人間社会でもそうだ。

かわいいギャルが稼ぎ、受け取る親玉はデブ婆。



権太は、腹がたっていた。


(いつもそうだ。ゴマ蔵が隣町の水族館からきてから、嫌なことばかり。)

(ゴマ吉ジジイのように、食べすぎと凶暴が原因で、独居プールへいけばいいのに・・・)

(そうだ!そうだ!)

先日、恐ろしいことが、権太の身に起きた。


虹色のズボンをはいた、小さな女の子が、餌を催促する権太のもとへ、近づいてきたときである。

女の子は餌入りのバケツをもち、中にはいる魚を、アルミのつかみばさみで、

挟んで、歩いてきた。

もちろん、権太に魚をあげようと思って。

魚をつかんだ、アルミばさみを、プルプルさせて、5匹入る魚の中でもひときわ大きな魚を権太めがけて投げてきた。

(さ~ぁ~うまく、とるぞ!)と、お口を開けていたら、な、なんと、いきなり、ゴマ蔵がきて、権太の口に牙をむけた。

「ごぉ~ごこぉ~」

長い牙は権太の唇にあたり、魚を奪っていった。

目は充血。

やばい顔つきだ。

そして魚を奪い取ると、その目は(また、頼むぞ!)と言っていた。

もちろん、魚を権太にあげようとした子供は泣きだした。

母親は怒り、ゴマ蔵にむけて「バカ!」と叫んだ。

権太は震えていた。

なぜなら、ガブリと魚をかむ音が怖かったからだ。

(次はお前を襲うぞ!)と脅されているようだった。

(もし、あの牙で、お鼻や、お目目を攻撃されたら)と、思ったら恐ろしい限り。

赤ちゃんだったころ、「横取り班」のせいで、片目を奪われた叔父のことを思い出した。

叔父はそれから、今までどうりの稼ぎはなくなった。

片目は失明である。

かわいくない。悲しい姿になってしまった。

叔父も(情けない)と話していた。

同情した客からは、たま~に魚をもらえるときもあったが、たいていは「気持ち悪い」と言われ、家族連れや、子供からは嫌われていた。

人間社会もアザラシ社会も同じ。

見た目が重視。

気持ち悪いと、嫌われる。

ましてや、たまにくる華やかな水族館である。こんな場所でも介護や病人の世話をしたいと思わない。

ダークな事情は隠すのが筋である。

それは水族館側も同じ。

お客様から離れた場所のプールに移り、余生をおくった。

アイドルから転落。叔父の口癖は「あの頃に帰りたい」

それにしても、虹色のズボンをはいた子供の母親は怒っていた。

よっぽど、腹がたったのだろう。

母親は、子供と一緒に、ゴマ蔵を追いかけて、職員の目を盗み、

足元にある小石を、ゴマ蔵に頭にぶつけている。

ゴマ蔵は、あまりにもしつこいと、場所を移動して小石の届かない岩へと移動しはじめた。

食べて寝る。

横取りして食べる。

働かない。

動かない。

仕事しない。

それは、仕事しても見た目重視の社会では、努力しても報われない結果からそうなったのである。

ゴマフアザラシも年をとる。

若いときはかわいいし、人気もある。

しか~し、中高年になると、賞味期限が切れる。

結果、餌がこない。

現状維持。

必ずもらえる朝晩の餌を期待する。

アルバイトはしない。

たまに来る「バケツ餌300円!」を買ったお客に期待しない。

どうせ、かわいいアイドルアザラシが得するのだ。

そのうちアイドルも食いすぎでデブになる。

そのときはリタイア。世代交代。

権太は、この仕組みを、なんとなくわかっていた。

し・か~しぃ、年々、凶暴になっていく「ゴマ蔵」が怖かった。

中高年になっても、顔に傷をつけられるのはゴメンだ。

稼いでも、稼いでも、奪われてお腹がすく現実。

たまには、たくさん、食べたかった。

(・・大嫌いだ!・・・ゴマ蔵!)

なぜだか、涙がにじむ。

アイツが無理やり奪い取った魚の尻尾が海に浮かんでいた。

じんわり、魚の血も出てる。

海水に口を近づけてスルリと食べた。

海に映った空の色は真っ青。

日差しはキラキラした波を光らせた。

眩しい海。

青い空。


(ギャングめ!)


悲しいくらいお天気のこの日、次々と人が押し寄せてきた。


「イルカのショーは午後1時からとなりました~。」あわただしい声がスピーカーから聞こえた。

館長の早口な声は、緊急事態を知らせていた。


(ザワザワしているな~。なにか?あったのかな?オタリア君が心配だ~)



「かわいい~。ママ~ちっちゃいよ~。」

腕にかわいいブレスレットをつけた女の子が、権太を指さし笑っていた。

商売柄、権太は反応する

平たい岩肌にお腹をのせて、岩と岩の間のある海水に手をかけた。

「バシャバシャ」「ゴーゴー」

(餌!ちょうだ~い)のポーズである。

「かわいい~ママ~」

波をかき回すしぐさに、近くにいた若いカップルも来た。

(野太い声はあげては嫌われる)けど、別の家族連れの手にも、餌のバケツがある。

思わず嬉しすぎて権太は叫んだ。

「ゴーゴー」

「すご~い声~だわ。」ベビーカーを押したヤンママは顔をしかめて笑った。

黒いピチピチのシャツを着た金髪の男性は「やべ~し」と、鼻くそをほじった。

「でも、かわいい。ハイ」と、優しそうな若い女性がお魚を権太めがけて投げた。

一瞬、奴が来るんじゃないかとあたりを見わたし魚をくわえた。

まだ、のどの奥に入るまで、安心できない。

もっと凶暴な「横取り班」だと、口元で奪うだけでは足りず、のどに噛みつき致命傷をおわせるとんでもない奴もいたという話だ。



そのとき、ゴマ蔵(悪い奴)は、遠くで見つめていた。

しつこく、頭に小石をぶつけてきた親子は、ようやくいなくなった。

すごいお客の集団が、権太を囲んでいる。

すぐに行きたい衝動にかられた。


(よし)


もちろん、奪い取るために、あのお客の波は、仕事が多いだろう。

働かなくてはならない場面で休んで、ど~する。

興奮するほどに声をあげたくなってきた。


「ご~ご~ごぉおおおおおおおお」


くねくね体を滑らせ、権太のいる場所へむかった。


(まってろ。いまいくぞ!)




(あの。おたけびは・・・。嫌な予感・・。)


権太はその声をきいて、背筋が凍った。

(くるんだ。きっと、こっちへくるんだ)


「ごぉ~ごぉ~ごぉ~」


野太い声は怪獣館のおたけび。

ゴマフアザラシたちを見ようと、石段の階段を降りようとしてた小さな子は、その声を聞いて耳をふさいで泣きだした。

「ママあ~怖い~」母親にしがみついて泣いた。

権太はその姿をみて、さらに、ゴマ蔵が嫌いになった。

(バカ。加減を知れ!デブ!怠け者!ぐ~たら、詐欺野郎!)

でもでもね。


それにしても、今日は実入りがいい~♪


飛ぶ飛ぶ~!飛び回る!

お魚がキラキラした日に照らされて!空を飛んでくる。

権太目指して!大盛況!

(わ~い~!わ~い!大盛況!ハッピータイム~♪)

パシャパシャ海水を尾ひれを使って鳴らす。

そして「ゴーゴー」と優しく鳴く。

すると「きゃ~きゃわゆい~」

大成功!

権太はしだいに芸をすることに生きがいを感じていた。

いつのまにか、周りに大先輩のアザラシいっぱ~い。

みんな魚目当てに、忙しく魚を食べまくっていた。

そんなの、どんでもいい。

自分の芸で、喜んでくれるお客様の笑顔は最高である。

(こんな~簡単な、海水をたたいて「ご~」と声を出すだけで、先輩たちからは、喜ばれ、水族館のお兄さんからも「よくやった!」と褒められる。なんて、気分がいいなだろう~)

(こうなったら、稼げるだけかせごう~。アイツ(ゴマ蔵)も襲ってこない。アイツもたくさんある魚を拾い食いするだろう)



そうこうするうちに、奴が(ゴマ蔵)が来た。

ゴマフアザラシの中でもひときわ巨大なその姿。

見た目も悪いが性格も悪い。

日頃の癖は治らず、権太の横にピタリと、くっいた。

お客が権太に餌を投げると、すばやく口でキャツチした。

「なに!あのデブゴマ!」と剥きになり魚を投げるお客。

権太へ届かないもどかしさから、「また!買ってくる」と、餌を買いに走る男性もいた。

餌箱バケツは、300円。

500円。

と、二種類あった。

ゴマアザラシのプールの先には、体重380キロの巨大トド達がいるプールがある。

トドは現在、17匹いる。

これがまた怖い。

トドの餌は、体にあわせて大きな魚だ。

500円。

トドは基本的に、アイドルではない。海の獣だ!

怖いもの見たさという言葉がある。

そう。

それだ。

体がデカい、あの巨大なつるつるはげ頭の、目が年中、充血トドは怖かった。

けしてアイドルにはなれない。

そう、だから、ゴマアザラシが存在する。



「さ~稼げ~!いいぞ!権太!そしてゴマ蔵!」


餌の売店の怪獣飼育課の佐藤君(32歳)は、燃えていた。

このもどかしい、すっきりしない展開は、お客に購買意欲をそそいだ。

(なんとしても、あの小さい体のゴマアザラシに餌をあげたい~)

餌バケツは、飛ぶように売れた。

あの巨大トドだって、野太い声をあげて、餌の催促をしている。

みんなやる気・・全開!

この二人の戦いは大切な収入源につながる。

売り上げは、餌代への貯金に回されるのだ。

病気で独居プールにいるゴマちゃんや、目の悪いトド。

歴代の喧嘩が原因でけがを負った仲間たち。み~んな~の餌につながるのだ。


(イケイケ。ゴマ蔵!悪やくはドラマには必要なのだ!)


しか~し、佐藤はこの作戦の長いことは続かないと思っていた。

(ゴマ蔵はいずれ、権太と離さなければならない・・・・。)

歴代の戦いは、すざましい歴史絵巻に包まれていた。

歴史はいつも繰り返す。

「餌バケツ戦争」は、ゴマフアザラシを傷つけ、戦わせ、負傷した。

また性格も変えた。

怠け者と、働きもの、体が小さいゴマフアザラシは人気がある。

動かなくとも、かわいいだけで、あたりがいい。

体がデカく、容姿が悪いというだけで、餌をお客からもらえなくなる中年になると、やがて悪に染まる。

巨大な体と、牙を武器に相手を威嚇して奪い取る。

暴力はエスカレート。

魚を奪おうと相手の口やのどを噛みつくこともある。

佐藤の目が、独居プールの方へ泳いだ。

お客の入りがいいと、たまに離れたプールへ足を運ぶ客もいる。


(珍しく。行ったな~。)


小さな男の子と父親らしい男性が、興味本位で、離れたプールへ歩いていった。

人目のない独居プールには、ごん吉がいた。

歴代アイドルである。

大きな体をコンクリートの床につけて、目をつぶって寝ていた。

お客の入りが多いのは、スピーカーから流れる館長の鼻息で、わかった。

でも、こっちに人は来ないので関係ない。

そんなことよりも。

お天気がいいし、風も気持ちい。

春の日差しも、暖かい。

ようやく長い冬をこえて、北国にも春がやってきた。

暖かい日差しに感謝して寝ていた。

ゆったり、まったり動かないで寝る。

ときどき、飼育係のお姉さんが、バケツで海水を体にかけていった。

「元気?」と話すが、薄目をあけて(うっす)と返すのがやっとだった。

もう、命の炎は長いことないと、思っていた。

ときどき昔を思い出す。

アイドルだったころ、権太のように、お客は、ごん吉を追っかけた。

一眼レフカメラで、写真撮影会もあった。

新聞に何度か載ったこともある。

かわいいアイドルとして、水族館に貢献した。

(思い出すな~あのころ。お腹をパンパン、パン。イてぃ!)

「イた~!いな~」ごん吉の背中に大きなお魚がぶっかった。

目を開けると、そこに小さな男の子と、若い父親がいた。

「パパ!死んでる?」

「イヤ。生きてるよ」

「なんで?片目のお目目白いの?」

「ふ~ん。わかんないけど?白内障?」

「なに?はくなはいしょうって?」

「う~ん。お年寄りの病気」

「ふ~ん」

(・・・・・・・。なんだ?おまえら?)ごん吉はゆっくり体を動かすと、商売柄魚を鼻でごかし口に運んだ。

「パパ?なんで?このゴマフアザラシだけがここにいるの?」

「さあ~。病気?かも」

「ふ~ん」

(・・・・・。うるせーあっちえいけ!)

独居プールは逃げ場がない。

ただ、ただ、この場にいるしかないごん吉は、寝たふりをするのであった。



「パパ~?こんなところに、おじいさん。ゴマフアザラシがいるよ~。」

「どれどれ」

(・・・・。また、厄介な連中が来た)

ごん吉は、いつしか、たくさんの人に囲まれていた。

300円の色バケツが風船のように見えた。

「元気?」

通り過ぎる飼育係りのお姉さんは、ごん吉の乾いた体に、たっぷり海水をかけて容姿を整えた。

(・・・・・。はやく。帰ってくれ!)

ごん吉は目をつぶることにした。。

(かまわないで・・・いけ!)とつぶやきながら。































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